町を1つ越えた地、闇色に染まった農場で緋色は語ってくれた。6年前から今日までの事を。鍬を肩に掛け、火の灯りで頬を染め話してくれた。
――それで、俺はアレから、この土地を手にしたんだ。みんなに、美味しいモノ食べさせてあげたくて、さ。
迎えられた緋色農場に彼は優しい眼差しを送っていた。
もう、誰にもひもじい想いはさせたくなくて。俺が食べ物をみんなに、創に、みれいに、……に食べさせてあげたくて。だから俺は農家になったんだ。
私の問いに緋色は首を振って応えた。焚火に木をくべながら淡々と話してくれた。
いや、奈久留を亡くした時に俺も少し感染してたんだよ。ペストに。腕を落としただけで済んだのは、きっと奈久留のおかげだよ。
私は思い出していた。魔女の格好が似あっていたあの子の事を。彼女の最後の笑みは、きっと誰もが忘れられない。
楽々と追いかけっこをしていたタタミがやって来た。緋色が腰に巻いていたそれを見て問う。
タタミと楽々は新聞を手にはしゃいでいる。初めて読むであろう新聞と睨み合いを行なっていた。
ああ。今の時代仕事は選べないからな。それに実際、色々学べるんだよ。この仕事。
そう言って緋色は余った新聞を掲げて笑ってみせた。
時間なんて関係無い。タタミも楽々もキメラの皆も緋色の事が好きになっていた。
陽が暮れる中、夕食の野菜スープを用意している緋色からその手のおたまを奪い取って楽々が味を確かめる。私も後に続いた。人参の青臭さがたまらなく美味しい。
農場の中央に在る火を前に屈んだ彼は、誰よりも骨太になっていた。筋肉が白いシャツから溢れている。
タタミが緋色の背に乗り問いかけた。
先生! わたしにいろいろ教えて! 先生! いろいろ知ってるでしょ? わたしの知らないこと!
緋色が振り返り頷く。片腕で器用に肩車をして、タタミのその手を上げさせる。
緋色のその肩が気に入ったのか、とても嬉しそうにタタミが笑う。
緋色も嬉しそうな表情をしていた。太く力強い片腕でタタミの腕を上下させる。
緋色農場の片隅で、私達は藁床(わらどこ)へ横になった。ずいぶんと懐かしい匂いがする。隣りで横たわる彼へおふざけで聞いてみた。
農場から見える空は星の光に埋もれている。世界中が星で煌めいていた。
真衣(まい)。それは、緋色の妹に付けられた名前だった。
真衣が生きてたら、きっとタタミくらいの歳になってたよ。きっと。……貧しかったからな。俺達。
真衣ちゃんは栄養失調で亡くなった。家も、苗字も無い私達は裕福な家(かてい)に寄生する事でしか生きられなかった。飢えた私達を宿らせてくれたのは、他の誰でもない。創のお父さん、市原剛(いちはら たけし)さんだった。
星空に街頭無線が流れる。農場の端に引かれた街頭無線は私達へ数少ない情報を流してくれた。インターネットとは違う、『ヒタチナカ』のリアル(現実)を伝えてくれる。
街頭無線の音で目を覚ましたのか、枕元へ寝間着姿のタタミがやって来た。
胸の前で手を組み、その目は小屋の外れから伸びる光を浴びて、うっすらと煌めいている。
タタミが、顔を破裂させちゃうんじゃないか? って、そんな真っ赤な顔で、星空の下で横になる緋色へ言った。
わたしとデートしてください! わたしが先生を幸せにしてあげるから! 約束するから!
タタミは声に出して大げさに項垂れる。
緋色は、肩を落としたタタミの頭を撫でて、寝たままの姿勢で言った。
ごめんな。先約が居るんだ。……俺の隣りには、6年前からずっと。
いつまでも落ち込むタタミを余所に、街頭無線はクリスマスソングを流している。
創たちを失って早3ヶ月が過ぎようとしていた。誰も祝えないイバラキの街に、イルミネーションの1つも無いこの農場に、「赤鼻のトナカイ」だけが陽気に流されていた。