【第3話】出会い。

文字数 2,529文字

 奈久留が死んで10日後の事だった。 
俺、ちょっと修行に行ってくる。
 緋色はボク達に別れを告げた。よその町へ行くと言う。頭をかいて照れくさそうに彼が笑った。 
だって、いつまでも弱いままじゃ、創たちに守られてばかりじゃカッコ悪いもんな!
 頭をかいてぎこちなく笑う緋色は、いつもの緋色のように見えた。挙動不審なその表情を除けば本当にいつも通りの彼だった。 
奈久留はボクが冷凍保存しておいた。
 ボクの言葉に緋色の笑みが消える。空を見て、その後彼はまたボクへ笑った。 
ボクが、ボクがいつか奈久留を絶対に助ける! 約束だ、緋色。
 ボクと緋色は腕を絡める。『みれい』は頭を伏せて緋色の前に居た。ゆっくり振り上げられた顔の下で唇が狂おしく動いている。 
緋色は死なないよね? 私の所に戻ってきてくれるよね?
 みれいは胸の前で腕を組み緋色へ願った。 
ああ!
 緋色がみれいの髪を優しく撫でる。そして緋色はボク達に背を向けた。 
待ってよ! 私を置いていかないでよ、緋色。
 振り返らずに緋色は答える。 
助けてほしい時は呼んでくれ。何処からでも駆け付ける!
 ボクとみれいを残して緋色は旅立った。苗字を持たない幼馴染の緋色はその日、夕陽と共に赤茶けた山へと沈んでいった。 
創! どうすればいいの? 聞いてるの? 創!
 意識が6年前から帰ってくる。 

 皆が『ペストネズミ』に近づけず手をこまねいていた。果敢に近づこうとするキメラ(仲間)も居る。けれどその全てを、『みれい』と『飼葉(かいば)タタミ』が抑えていた。 

 背に『タタミ』が体を寄せる。そのミディアムストレートの黒髪がボクの肩に触れた。 
『飼葉タタミ』。彼女は飼育・調教兼、お茶くみ隊長である13歳の女の子だ。 
リーダー。『みぃちゃん』なら行けるよ。
『みいちゃん』とはボク達が作った猫ベースのキメラだ。体長11mの巨体で、うちのメンバーの中で唯一『ペスト』に強い耐性のある子だ。 
 しかし敵体液の噴出は免れない。いくら『みぃちゃん』が良くてもボク達が感染する。 
 けれど『みぃちゃん』しか安全に戦えるメンバーは居なかった。 
お困りのようだね、『化け物クリエイターズ』の諸君。
……誰だ? お前は。
 頭上を見上げると、民家の上に何者かが立っていた。黒い帽子鳥形の仮面を被った長身の男。そいつは高いそこからボクを見下していた。 
『歯車フォーチュン』と申します。キミたちには是非とも挨拶がしておきたくてね。
あんた、このキメラ(ねずみ)達のリーダーかい?
 鳥仮面のそいつが頷く。杖を突き、そのくちばしがボク達を前につり上がる。 
おいおい。こんなお粗末なものじゃなく、もう少し『格』のある奴らを連れておいでよ。ネズミ3匹じゃ、うちの『みぃちゃん』だって腹ぺこさ。
そうかい。失礼したよ。
『歯車フォーチュン』そいつが声を鳴らし笑った。表情は仮面の中で読み取れない。 
なら、うちの子たちは肩を借りようじゃないか。その『みぃちゃん』に。……それでは、皆さんごきげんよう。
『フォーチュン』はハットを手に頭を下げた。 
逃げるのか?
いやいや。世間に響く『化け物クリエイターズ』さんがどれほどのモノかと思ってね。……いや、とんだ期待外れだったよ。
 杖を振り屋根上で陽気に足音を鳴らす。その背がボク達から去ろうとしていた。 
最後に聞きたい。お前、……6年前この街に来なかったか?
 その背が止まる。ハットを目深に被り『フォーチュン』は言った。 
さぁ、どうだろうね?
「……あ」と。『フォーチュン』が顔だけを振り返らせる。 
そうそう。私もキミ達に言いたかった事がある。
 その仮面のレンズが煌めく。顔の角度を変えることなく『フォーチュン』はボク達に語った。 
――ネズミ肉、美味シソウに食べてたよ。あの子。
 喉を震わすその姿に、震える腕が収まることを許さなかった。 

 杖を鳴らしてその背が屋根を渡っていく。燃える夕日に向かい悠々とボク達から遠ざかっていく。追いかけようとするボク達を『フォーチュン』の僕(しもべ)である巨大なネズミが阻んだ。 

『みぃちゃん』が襲い掛かる。だが『みぃちゃん』と巨大ネズミの交戦はすぐに均衡が崩れた。3対1、しかも『みぃちゃん』はボク達に『ペスト』が感染らないように、ボク達を守りながら戦うしかない。 
みぃちゃんっ!
 みれいが悲鳴を上げる。みぃちゃんの巨体が民家を押し潰し倒れていく。 
――大変そうだね。
 知らない男が路地裏からボク達に歩みを見せた。それは、あの『フォーチュン』とは別の男だった。 
 齢は50くらいだろうか? フォーチュンより歳を重ねているように見える。幅のある肩、大きな体躯で、彫りの深い顔に幾つものシワを蓄えている。その目は無邪気に笑っていた。彼は自身の左手側に剣を携え居合の姿勢をとる。 

 一方的に、街を壊し、みぃちゃんを虐げた巨大ネズミたちはその剣に危険を感じたのか、男へと目標を変更し襲いかかった。 

 それは瞬きの間に起こっていた。 
 一瞬で大気に6つの太刀筋が奔る。本当に、見えないくらい一瞬の出来事だった。 
これも、……朽ちた世の綻びか。
 男の呟きののち、巨大ネズミ3匹はそのままの姿勢で前傾に倒れた。奥の建屋、『化けクリ』メンバー、全てを無傷に、巨大ネズミ3匹にも一切の傷が見受けられない。 
四肢の腱を切った。あとはキミ達が好きにするといい。
あなたいったい? いったい何者なの!
 みれいの声を受け、剣を納めた男が振り向く。
私に名は無いよ。どうしても名を呼びたかったら、……そうだね、『ジョーカー』と呼ぶといい。
 唖然とした顔でみれいが口にした。 
ジョーカー(切り札)?
 男、『ジョーカー』は優しい笑みをしていた。軽々とその逞しい身体を持ち上げ語る。礼節に満ち埃を払う所作(しょさ)すら無かった。
そうだ。キミ達が欲すれば私は文字通り『切り札』となろう。キミたちが私を、『ジョーカー』を手札に加える事が出来たら、だがね。
 ――『ジョーカー』と名乗る男が去っていく。茫然と立ち尽くすボク達を置き捨て、陽を背にして何処までも歩いていく。 
 それが、謎の男『ジョーカー』とボク達『化け物クリエイターズ』の出会いだった。 
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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