【第19話】ナクル。
文字数 2,297文字
――生まれて初めてデートをする。
この事態に胸の高鳴りが止まらない。
『……今日はどんなデートをしますか? アナタ?』
質店罵倒、違った。七転八倒する。草の葉の大地は冷えに冷えていたけど、……わたしには寧ろ心地よかった。
自分の胸に抱いた手のひらはやっぱり大きい。大きくてとても温かい。
ウィンドウ先、ハロウィンの予兆を感じさせるカボチャのオブジェがわたしへ笑いかける。箒に乗った魔女のリースが灯りに煌めく。
わたし達は街を、この世界を笑いながら歩いた。
何もない街を2人で笑い、語り廻った。
そんなわたしはデートの最後、先生にどうしても伝えたいことがあった。1つだけどうしてもお願いしたい事があった。
『ちゅー、していい?』って。
言いたいのにその一言が言えない。声にならない。
街の灯(ひ)を背に、あの月を背に先生が腰を屈めてくれた。
爪先立ちわたしは静かに目を閉じる。寝静まった町の片隅で月を背にした彼のおでこに、大好きの『ちゅー』をした。
久方ぶりに白衣へ身を通す。
皺の無いキレイな執刀着だった。きっと、みれいが大切に持っていてくれたんだろう。圧倒的感謝しか無い。
手術のメイン、緋色に繋げる生体金属の錬成には可能な限り火を加えないことで話が進んだ。接合部を鋼で覆う形とし、その型となる鋼の方に火を入れることにした。
型、土台の鋼板の加工、錬成には隣町の金内さんが協力してくれた。
『剛さんの息子の頼みなら』と彼らは陽気に微笑む。
鋼を打ち終えるまでにボクは緋色の身体を弄る。それを始めるのが手術日決定の翌日、つまりは今日だ。
緋色の気が冷める前に決めておきたかった。
間に『黒い宝』の一部を挟むとはいえ、緋色が奈久留に、ペスティスに馴染む必要があった。
その抗体を撃ち込む作業が今日の肝(メイン)だ。
『緋色』。そして執刀担当の『ボク』。補助に『みれい』と『楽々』。タタミは呼ばなかった。
寝せた緋色の肩口を殺菌する。奈久留の黒い腕を定位置に設置。その腕と腕を繋ぐ型を間に挟める。
電子メスで奈久留の腕を切開。神経を仮型に詰めていく。マチューとヘガールで肉を肩型へ収めていく。
麻酔で眠る緋色のその肩も切開、鑷子(せっし)とヘガールを用い鋼糸で縫いつけていく。
疑似神経を幾つも埋め込む。ホームから持ち帰った人工筋肉をその外側に幾重にも植え付ける。
一番恐れたアレルギー反応が『想定内』で収まった事が大きかった。
手術が始まり1時間と32分、びくり、びくり、と『暴れ大きくのたうつ』くらいだった。
みれいは涙を零しながら、緋色の身体を抑え込んでいた。弾き飛ばされ、その拘束から逃れようとする生物(ひいろ)の本能に逆らいマスクの中で嗚咽を漏らして、楽々と2人がかりで抑え込んだ。
交替で緋色を見守る。
時に、みれいから「人殺し!」と罵られ、楽々の涙を見ることもあった。
緋色を好いている『あの子』をこの面子に加えなかったのは正解だった。
金内さんが届けてくれた金型、『黒い宝』を核に埋め込んだ鉤爪を、満を持して緋色に接合する。
強靭な肉体にペスティスの毒性を宿す最強の生き物『真・泉緋色』が此処に完成した。
疲弊し寝ていた彼が目を覚ます。緋色は自身の新しい腕を視て感慨深く呟いた。疲れ眠った『みれい』と『楽々』を起こさないように、優しく穏やかな言葉で口にする。