【第9話】メリークリスマス。

文字数 1,966文字

【2033年、イバラキ。飼葉タタミ】
 わたし達は街で『コブタ』を拾った。コブタと言っても本当の豚ではなく、『コブタ』と呼ばれた人間の男の子だった。 
僕は子豚じゃない! 食おうとするな!
け、けど、すごく美味しそう!
 わたしが笑いかけるとその男の子は本当に怖がる。 
おい! あんた、コイツをどうにかしてくれ!
 助けを求める『コブタ』をわたしが先生に紹介した。 
先生。この子、弄られてないのにすごく頭いいの。きっととっても心強い味方になってくれる。
当然さ。僕は上流階級の生まれだからね。って、おい、お腹の肉を引っ張るな!
 その子はわたし達チーム『化けクリ』が保護することにした。彼も戦災孤児だった。わたし達と同じ名前を持たないただの『ジャンク』、わたし達と同じ『要らない子供』だった。 

 彼は高慢でヒトの話を聞こうとしない。たぶん、ヒトに拒絶され続けたからだろう。信じる事を良しとしない。その気持ちは痛い程分かった。 

 だからわたしは、『コブタ』の友達になれるよう、彼へ笑顔を送り続けた。 
 わたし、『飼葉タタミ』には秘密がある。それは、きっと誰にも話せない。そして、 

 ……誰も信じてくれないと思う。 

 けれど、わたしは意を決してその秘密を打ち明ける事にした。 
――先生、わたしの話、聞いてもらえる?
 それは一族の秘密。自分たちが『中立な立場の一族』だったから、だから誰にも秘密を話す事が出来なかった。だからわたしには本当の意味での仲間は居ない。 
わたし、本当は『タタミ』って名前じゃないの。飼葉コーポレーションの嫡女でもないの。
 先生は真剣な表情でわたしの話を聞いていた。
けどね、本当の名を、素性を知られてしまったら、わたしは外を歩くことが出来なくなってしまうの。知られてしまったら、それこそあの『フォーチュン』みたいに顔を隠して生きていくしかないの。
 先生は目を閉じ時間をかけてわたしに応えた。
よく分からないけど、使ったらいけない名前を持ってるんだな、タタミは。
 その時の先生は、何故かものすごく考え込んでいた。藁の椅子に座り眉間にシワを寄せずっと、何かを考えているようだった。 

 わたしは先生に余計な心配をさせたらイケないと思い、 
……うん。
って、ただそれだけを答え微笑んだ。 
 時間だけはただただ進んでいく。裕福なヒトにとって今日はクリスマスイヴ。わたしは『化けクリ』のみんなにケーキを配りたかった。けれどわたし達に余裕なんてあるはずが無い。 

 でもただ1人にだけは喜んでもらいたくて、わたしは日々の貯金をはたいて、たった1つ小さなケーキを買ってきた。 

 そっぽを向いてわたしがその品を渡すと、先生はその片方だけの腕を振り上げあからさまに驚く。 
お、俺に? こ、こんな高いものを?
 先生のあまりのびっくり様にわたしの方が困惑してしまう。思わず焦っていると、楽々が余計な事をチクった。言わなくていいのに先生へ話してしまった。 
それ、タタミが緋色隊長の為に! って鼻息荒げて買ってきたんだよ! どれがいいかすっごい悩んだ上に選んだ1個なんだよ!
な、何を言っているのかな、楽々さんや。べ、別に、せ、先生の為ってわけじゃ、
いいのか? 俺にだけ、こんな、
 ……ま、まぁ。そんなに欲しいなら。 
と、頷く。 

 先生は農場隅のテーブルに座り、スプーンで一口ずつ、ゆっくりと噛みしめてくれた。 
美味い。美味いなぁ。このチーズケーキ。
 先生は何度も、何度も、……美味しい。と繰り返した。 
こんな美味いの。俺、生まれて初めて食べた!
って。体格に似あわない切れ長な瞳に、大きな涙を浮かべて言ってくれた。 
 食事を終えた先生が、農場の裏にわたしを呼び出す。もしかしたらジャガイモのつまみ食いがバレタのかも。わたしはちょっとだけ身構えて、その場所へ向かった。 
前にタタミ言ってたよな。名前の話。
え? うん。
 意外な話だった。先生はわたしの前でその言葉を口にする。 
もしよかったら、俺からタタミに『名前』を贈らせてくれないか? タタミが人前でも堂々と名乗れる『名前』を。
 この世界で『名前』はもっとも貴重なモノの1つだった。何にも代えられない世界のただ1つだった。 
今日、このクリスマスに因んだ名前なんだ。魔を遠ざける聖なる飾り『クリスマスリース』から名をとって、
 優しい笑みで先生がその名を口にした。 
『柊真衣(ひいらぎ まい)』。って名前、どうかな?
 先生がこの胸に名前の書かれた黄色い札を付けてくれる。わたしは心の中でその『新しい名』を何度も反芻した。 
……
 初めて他人に誇れる名前が出来た。その事実に溢れるモノが抑えられない。わたしは先生の頬にゆっくりと唇を押し当てる。

 それがわたし、飼葉タタミの、いや『柊真衣』の、……ファースト・キスだったの。 
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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