『ペスト』のワクチンは未だボクらの手に無い。フォーチュンが扱う『ペスト』により強い耐性を得られるよう、ボク達はより良い食事を選んだ。その管理担当をボクは実の姉『祈(いのり)』に任せた。
姉の言葉と温かな食事に皆が喜ぶ。日々の少ない資金からひねり出した究極の贅沢が、姉の手料理だった。
祈(いのり)! 私の嫌いなの入れてないでしょうね?
姉は笑いながら『楽々(らら)』の疑惑を否定しない。
そしてボクへの報告(ちくり)だ。本を片手に『楽々』をあしらう。貴重な食料を味わう為にボクも自身の席へと向かった。
「えへん!」と、『タタミ』がその幼い胸部を強調する。
頑張った。みんなぁ、いっぱい食べて大きくなぁーれ!
タタミは寡黙な表情で手を大きく広げた。その頬に付いたチーズがつまみ食いの産物であることは疑いの余地がない。
楽々の言葉が聞こえたのか聞こえていないのか、手を広げたままのタタミは尚も頬を動かしている。
はい! ジョーカーさんも是非食べていってくださいね♪
ジョーカーが姉の言葉に寡黙に微笑む。ボクは前々から聞きたかった事を彼に問いかけた。
「まだ家族にも気づかれていなかったんだがね」と、義手を手直しジョーカーが困ったように微笑む。
少し時間をおいてジョーカーは答えた。
腕のいい技師にやってもらった。もうかなり昔の話だ。
良い人に直してもらったんだろう。思い出すようにするその横顔は、とても優しいものだった。
食事を終えたみれいを追って、タタミがバラック奥の薄汚れたPCを覗き込んでいる。
なになに、『……戦士は独りだった』って、 みれい小説書いてるの?
その反対側から楽々が覗き込む。みれいが必死に隠すがこんな小さな家では隠せるものも隠せない。
観念してみれいが手を上げる。
あ、うん。私バカだけど、ちょっと夢だったりしたんだよ。
「……小説家」と、か細い声で、いじいじと指を弄りながら『みれい』が話した。
それであのおっさんを主人公に? 何てタイトルなの?
みれいの背もたれを揺らし『楽々』が嬉々として訊ねる。その言葉に頭をかいてみれいは応えた。
乾いた笑い。バラック端の光在るダイニング、そこで黙々と食事を摂るジョーカーを見てみれいが話した。
たった1人で闘い続ける戦士を謳ったお話なの。……『独りの戦士』って云う。
それは幼馴染である、彼女の一抹の夢だったのかもしれない。自身の文を眺めるみれいの瞳は、PCの照り返しを受け誰よりも煌めいていた。