【第16話】緋色のチカラ。

文字数 1,868文字

【2034年、イバラキ。飼葉タタミ】 
これしか手に入らなかった。ほんと、ごめん!
 その夜先生は『棒』を持って帰ってきた。 
あ、あぁ。先生がついに、棒を。
ぼ、棒?
緋色隊長、鋼の棒だ!
 先生は隣りの隣りの隣町の工場(こうば)で、長さ1m程の太い『鋼の棒』を手に入れた。 

 数枚の紙幣で粘って交渉したという。それは鋼、その材質の値段だった。 
 それから、先生を強くする為にわたし達は皆で先生を鍛えた。 
 ――先生はてんで弱かった。 

 本当に弱かった。 
 巨大猫キメラの『ぶっち』相手に、一撃も与えることが出来なかった。巨体ながら俊敏な彼女に触れる事が出来ない。 
弱いよ。先生!
 1日後。 
弱すぎるよ、先生!
 わたしの鞭をかわすことが出来ずに服をボロボロにした。貴重な服が1着無駄になった。 
 更に1日後。 
弱いよ!
 巨大猫キメラ『みぃちゃん』を含む3体と、みれい相手に『チカラ』だけで打ち勝った。 
 休んで、食べて、寝て、訓練して、訓練して、訓練して、訓練して、西の国の手勢を相手に戦って、戦って戦って、戦って戦って、守って、寝て、戦って、休んで、空いた時間は全て農作業に明け暮れた。 
 ――そんな1カ月が過ぎた頃、 
――ハッ!
 先生は強化した『キメラ』の全員を相手にして、誰も傷つける事なく、全てを『棒』で制した。 
てんで話にならないよっ。先生!
 そう。先生は話にならない程、……強かった。こと闘いにおいて先生は天性の才能を持っていた。 
 先生はあの『鋼の棒』に緩衝用の布を巻いて、皆、全てを圧倒するくらいに強かった。片手しかないことがその筋力を最大限に鍛えていた、としても強すぎた! 
……。
 みれいも、楽々も、あのコージさえもが泣いていた。先生の強さは、 

 たった1つ、……わたし達に残された希望だった。 
……緋色って、なんか『オーガ』みたい。
副隊長! 『オーガ』ってアレでしょ?
お話に出てくる化け物。先生、化け物!
な、ならさ、あの棒をトゲトゲにして『ペスティス』の菌を塗りたくれば!
楽々。覚えてるでしょ? 『フォーチュン』の大ネズミを。あの時、私達がどれだけの土地を焼く事になったのか?
 みれいの言葉に楽々がうな垂れる。 
 そうだ。あの時は、町を全て焼いて廻った。滅菌する為に何日も『わたし達の手で』街を焼く事になった。 

 タマちゃんは本当に例外だった。 

 タマちゃんは『ペスト菌』を自身で制御出来た。その知恵も有った。 
 あの地獄を思い出し皆が気持ち沈ませる中、……先生だけは冷静だった。 
使える、かもしれない。な!
 先生は言う。真衣ちゃんを背負いながら腕立て伏せを行って。 
タマの、あの一撃は『死の恐怖』を、刻み込んだはずだ。
 指3本での腕立てをしている。真衣ちゃんも嬉しそうに先生の背の上で笑っている。 
それはきっと、あの『ブラック・ダド』にさえも。きっと例外なく。
 そう言って先生は真衣ちゃんを下ろし畑へ向かった。今日は『トマト』と『キュウリ』を収穫できると言う。 
 畑へ向かう姿を追いかけて皆が朝陽の中を奔った。皆で大地へ、実りへ感謝し、その恵みを味わうのだ。 

 それが今のわたし達『化け物クリエイターズ』の姿だった。 
【2034年、イバラキ。泉緋色】 
 目を閉じ『鋼の棒』を上段に構える。 
『おじさん! お願い! 俺、何でも仕事するから! 奈久留(なくる)に苗字をちょうだい! 次の誕生日に、俺、奈久留にプロポーズするんだ!』 
『ヒイロ。ナクルと一緒に居たいなら、1回、離れないとダメだぞ?』 
『なんで? ずっと一緒にいたいのに! 何で離れないといけないんだ?』 
『自立しないと。自分だけじゃなく、大好きな相手も。お互いが、お互いを守れるように、強くならないと』 
 心、技、体。 
『ヒイロも、ナクルも、強くならないとな! 誰にも、どんな悪い奴らにだって、どんな不条理な現実にだって、負けないように』 
 記憶の海で剛(たけし)おじちゃんが笑う。 
『ほら、DDDだろ?』 
 脳の奥底で、おじちゃんの声が聞こえたような気がした。 
 鍬を『鋼の棒』に持ち替えて、町外れの巨木を前にした。
 心、技、体。 
どんな時でも、
 心を澄ます。 
どんな敵でも、
 心に音が収束する。
どんと来い。
 シン、と振り下ろした鋼の棒は、 

 樹齢千の巨木を2つに割いた――。 




『――北の魔女『ナクル』よ、この聖なる剣に裁かれるがいい!――』 
 心、技、体。 

 熱く、清く、――ココロよ、――沈め。 
 泉緋色(いずみ ひいろ)、誰よりも、どんな事にも強く在れ。 
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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