【第23話】最期の一撃。

文字数 4,246文字

【2034年、モンガル『ホビロン』。泉緋色】

 前方に剛おじちゃん? 顔をはがされた白衣の人がいる。

 この大陸に、こんな違和感ばかりの地におじちゃんが居る訳ない。罠だということは分かっていた。けれど! けれど見捨てるなんて出来なかった!
人魔(じんま)! みんなを頼む!!
 おじちゃんを同じ顔の少女達が囲んでいる。その手に銃剣を携え笑っていた。

 一斉にその銃口をおじちゃんへ向けていく。嬉しそうな声が聞こえた。
Fire(撃て)♪
 一心不乱に駆けた。おじちゃんに向かって撃ち放たれた銃弾を『ブロウ』の鉤爪で打ち払う。

 腕と腹に幾つかの銃弾を受けた。
た、剛おじちゃん、ですか?
緋色か? 創は? 創は何処に?
 ――助けられた! この人を。本物の剛おじちゃんを!
 八方を囲む10数人の女を見やる。全て同じ顔の少女だった。紫の衣を羽織りその手に同じ形状の銃剣を構えている。
若人(わこうど)たちよ、トイレ掃除も意外とバカに出来ないものだよ? ふへっへへへはぁ♪
 見上げた地でフォーチュンがその指を振るう。おじちゃんから剥(はが)した顔にその舌を這わせた。
行け。『パープル・クローンズ』
はい♪ フォーチュン様。
『パープル・クローンズ』と呼ばれた少女達が刀へと武器の形状を替え襲い掛かってくる。

 鋭角に迫る切り口を鉤爪でいなし、おじちゃんを守りながら鋼の棒で打ち払う。少女達の太刀筋は恐ろしい程正確に首を狙ってくる。
――フォーチュン。よくも『マム』を愚弄してくれたな。そして我が息子を撃った罪、死をもって替えさせよう。
 隣町のおじちゃん『ブラック・ダド』が後方で『パープル・クローンズ』の面々と刃を交えている。怖れながら見た更に後方、
 ――創は血の海の中に居た。顔を剥がされたおじちゃんが駆けていく。創の背に撃ち込まれようとした弾丸を、剛おじちゃんがその身を賭して受けていた。銃弾の嵐に、おじちゃんの身体が左右に揺れ、膝から崩れ落ちた。
【2034年、モンガル『ホビロン』。ヒト腹創】

 薄れゆく世界には幾つもの足音が響いた。銃弾の雨の中、幾つもの靴音が近づいてくる。


 何処か近くに居るはずの弟分に言い含めた。

――コージ。お前は最高に弱い。それが時には武器になる。それを活かせる才能がお前にはある。皆を頼むよ。
……。
 霞む視界でコージは頷いた。
――楽々。お前が緋色とタタミを支えてくれ。バカばかりやっててすまない。お前の演算能力は皆を必ず豊かにする。頼んだよ。
……。
 ボクの言葉に赤い髪が揺れに揺れた。
タタミ。
……なに。リーダー。
 涙交じりの声が聞こえた。
三種の神器は、ボク達『子供』の想いが詰まった武器だ。その真のチカラは3つを合わせた時に在る。神器を、みんなを後は頼むよ。
 タタミは震えて頷いた。もう自分が震えているのか? 世界が揺れているのか解らない。
……。
 あの人を見やる。あの人はうつ伏せに倒れ死んでいた。ボクには解る。彼はボクを守って最期を迎えたんだ。
父さん、
 その亡骸に言葉を掛けた。
 幾つもの記憶が巡る。高い高いの肩車、姉さんそして皆と一緒の朝ご飯、医療具を勝手に弄って怒られた事、それ以上に多く、彼に褒められた事、その優しい眼差しが巡っていた。
――ありがとう。いい子じゃなくてごめん。ずっと、ずっと父さんに言えなかったことがあるんだ、




 ――――ボク、父さんにずっと憧れてたよ。




 その言葉が言えずに、意識は黒く染まって――――
【2034年、モンガル『ホビロン』。泉緋色】

 何体の敵キメラを、『パープル・クローンズ』を倒しただろう。

 皆が地に倒れていた。銃に撃たれ刀に裁かれ、子供達は死んでいく。

 隣町のおじちゃん『ブラック・ダド』は『ホーム・ホルダー』の軍隊に指示を出し、自身も何千という敵キメラの屍(しかばね)を築いていた。

 足元にインコキメラ『スバリナ』が落ちている。その体は寒さのせいか、小刻みに震えていた。
大丈夫か? スバリナ!
 スバリナは倒れたまま力なく呟いた。
スバリナ、シニタクナイ、
大丈夫だ! 俺が必ず助ける! もう少しでこいつら全員、全て打ち倒すから!
……スバリナ、ユメガアッタ。バカダケド、マダヤリタイコトガアッタ。
 スバリナは人間のように涙を零した。
……スバリナ、アカチャンホシカッタ。
 心の底から、――――強い感情が湧いてくる。
 朝焼けの空を雷(いかずち)が割いた。身体を黒と金の光が覆っていく。高い空からその声は聞こえた。
【コノ世界デ1番強イ想イヲ感ジマシタ】
 体中にチカラが満ちてくる。無限に、底知れない感情が心の奥から噴き出す。
【ソレハ『憎シミ』ノ想イ。コノ『王留(オール)』ヲ呼ビ出ス程ノ想イ】

 知らず呟いていた。ドス黒い感情が言葉と成って漏れていく。




――殺してやる。一片残さず、この世から。
 左手に宿った黒金の太刀を振るう。『イノリキメラ』を、『パープル・クローンズ』を、目に映る全ての『イキモノ』を滅する為に。
【2034年、モンガル『ホビロン』。飼葉タタミ】
 金色に輝く先生を前に、幾千の命が消し墨へと姿を変えた。恐ろしい力だった。全世界の誰もが知りえない、未知の『暴力』だった。

 それはフォーチュン配下のキメラだけで無く、『ホーム・ホルダー』の人間達も、巨大兵器も無差別に壊し、全てを滅ぼしていく。
 けれど、

 フォーチュンは倒れても斬られても、潰されても焼き溶かされても、その身を泡(あぶく)のように復元させた。
タタミ! こ、こいつ、無限に再生する! イノリと、キメラと、全てと同化して、何度も何度も再生するよっ!
 楽々が表情を凍らせ、悲鳴を上げた。
 その前方で、ありったけの泡(あぶく)の中から這いだし仮面を拾い『ソレ』は再生した。
……当然だよ。
 泡状の液体から形状を哺乳生物のそれに変え、幾つもの生き物と混ざり混然となった形で『ソレ』が歩んでくる。
私の身体は『万能細胞マイティ』で出来ている。私は無限に再生し、取り込み、その全てと同化できるのだから。
 泡の中で鳥形の仮面をつけてその『化け物』はわたし達を笑った。
その恐ろしい『ヒーロー』もこの身に取り込んでやろう♪
ぶっち!! ダメっ!!
 巨大猫キメラの『ぶっち』が先生を押し飛ばし、代わりに取り込まれていく。『ぶっち』が苦悶の表情を見せながら生きたまま溶かされ『フォーチュンの中』へ入っていった。
あれ? ゴミでも取り込んだかな? お腹がとても居心地悪い♪
 先生の黒金の武装は消えていた。その身に多くの黒い斑点を残し先生は地に膝を付けていた。
……。

 無我夢中で先生を引きずる。
 フォーチュンから遠ざけその傷だらけマダラ模様の体を揺すった。先生はその瞳から光を消し去っていた。
先生! 先生が負けたら! 誰がリーダーの、みれいの、みんなの仇を取れるの! 諦めないで! 先生!
 わたしはその口を自身の唇で塞いだ。その弱り切った黒い体を抱き留める。
 先生に本当の強さを、ヒトの強さを伝えたかった。愛するこの想いを届けたかった。ヒトの愛を伝えたかった。優しさの強さを思い出してほしかった!
先生。……大好き。
 深く深くその唇を絡ませた。わたしは人が人を愛する意味を初めて知った。きっと、この瞬間がそうなんだと思った。
タタミ! 緋色隊長にこれを!
 楽々が飛び散ったフォーチュンの欠片から『赤い宝』を拾ってきた。
タタミさん! これも!
 転びそうになりながらコージが『青い宝』を持ってくる。わたしは2つの神器を受け取り、愛する先生に手渡した。本当に最後の賭け、化け物クリエイターズの命(すべて)を賭ける。
先生。一か八か、わたしに先生の全てを預けて? そしてもう一度だけわたし達にチカラを貸して!
『フォーチュン軍団』、『ホーム・ホルダー』、双方からの銃弾の雨の中、キメラの皆が盾となり、死して肉塊と成って尚守ってくれている。わたしは先生に説明した。
リーダーが最後に言っていた三種の神器の本当のチカラ、それはきっと、こういう事だと思うの!
 先生の左手に『ファジーの弓』ラ・ピュセルを握らせる。
青い宝『ファジーの弓』に、赤い宝『フリーシーの剣』をつがえ、
 青い弓に『フリーシーの剣』ゲイボルグが収まった。ゲイボルグが螺旋渦巻く鏃(やじり)へとその姿を代える。
黒い宝『ブロウの籠手』で射る。きっと、これが三種の神器の本当の姿!
……。
……。
……。
……。
……。
……。
!!
……。
 いつの間にか、わたし達『家族(ばけもの)』はその身を寄せ合っていた。先生のその黒く染まった右手に生き残ったキメラの皆が、楽々が、コージがその手を添える。

薄汚い小娘どもめ。私が全てを、お前たち全てを喰らってやろう。ありがたく思うがいいよ。一片残さず噛み砕いて、あ・げ・る♪
!!
『フォーチュン』の両手の大鎌を、残った敵キメラの何十、何百という攻撃を、全て人魔(じんま)が受け止めてくれた。彼は闘いながら経験を積んでいた。刃こぼれを起こした大剣と、大きな鋼の盾でその身全てを賭してわたし達を守ってくれた。
 3つの神器から声が聞こえる。
【――私達は全ての元に成るモノ。全ての元を断つモノ】
【――Please rescue monsters all over the world!(どうか、この、世界中の化け物を救って!)】
 奈久留さんも言った。
【――誰よりも、世界中の誰よりも優しい緋色。貴方に、全てを裁くチカラを!】
 最後にわたしがその右腕に自身の手を重ねた。
先生行こう。皆の、未来の子供達の希望の為に!
 わたし達は皆でファジーの弓『蒼弓ラ・ピュセル』を引き絞る。途方も無く膨れ上がった『フォーチュン』のその小さな仮面を狙い、光り輝く神器の先に在る希望と未来を信じた。
 神器の煌めきと共に世界が鈍色に染まっていく。赤い陽を除いた全てがほの暗い色へと替わっていった。
 三種の神器がわたし達『ジャンク』以外の全ての『時間と空間を固定』する。
負けるもんか!!
そうよ! 楽々ちゃんは絶対に負けない!!
 わたし達はわたし達の正義を放つ!
いわれもなく散っていった世界中の子供達! わたし達『ジャンク』にチカラを貸してッ!!
 解き放ったチカラは光となった。『歯車フォーチュン』の額を貫き、遠く、高い、あの燃えるような陽を目指して飛び立った。
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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