【第20話】三種の神器。

文字数 3,013文字

【2034年、イバラキ。ヒト腹創】 
 それから、……緋色は独りになった。 

 理由は単純。彼は『ペスト』だからだ。 

 だから誰も彼に近づかなかった。ボクが近づかせなかった。 
 ある日の事だ。緋色は西の手勢が送りつけたキメラから女性を助けた。その女性の元に駆け寄る少女の姿が在った。 

 その子は目に涙を溜めて緋色へ手を伸ばした。 
黒いお手手のお兄ちゃん、由香の、由香のお母さんを助けてくれて本当に、本当にありが――
そいつに触れるな!
 ボクはその少女を押し飛ばす。ボクを怖がるその子へ笑いかけた。 
ごめんな。このお兄ちゃん、病気なんだよ。
……。
 緋色は申し訳なさそうに笑っていた。本当に申し訳なさそうに少女へ向けてその黒い腕を振る。 

 ……いつもの優しい緋色だ。 
 一瞬の出来事だった。止めようとしたボクを遮り、自身を『由香』と呼んだ少女を『タタミ』が平手打ちしていた。そのいつも眠そうな瞳に大粒の涙を湛えて。 
 由香という少女は母親に手を引かれ泣きながら去っていった。 
 気が付いた時には遅かった。タタミは緋色の腕に抱きついていた。 
……タタミ。緋色には、もう、
 タタミはみれいの手さえも振り払う。抑えつけようとする楽々とコージを腰の鞭で打ちそして叫んだ。 
みんな邪魔! 五月蠅いよッ! ペストが怖くて恋が出来るかッ! この好きな感情を止められるかぁあ!!
 タタミはただ独り、緋色を守るように彼のその黒い腕を抱きしめた。 
……。
 緋色はいつものように兄の顔で笑っていた。けれどその時その眼差しがいつもより優しいもので在ったように思う。 
 その後タタミは、緋色と皆の間に入ることで様々な障害を取り除こうとした。 
並んで〜。先生とお話ししたい人はわたしを通してからにしてね〜。あ、1回10円だよ〜♪
……負けたな。こりゃ。
 タタミの一途さにボクは肩をすくめた。みれいも大きなため息をついてみせる。 
そうだね。私じゃ、私じゃタタミに勝てない。私、タタミになら負けてもいいよ。
だな。
 ボクは農場校舎の庭に皆を集めて宣言した。冬を間近に控え冷たい風がボク達を追い立てた。 
チーム『化けクリ』のリーダーとして、ボクから命令だ。
 校舎の端にタタミとだけ居る緋色を指差し言った。寒風の中、緋色は穏やかに皆の背を見ている。 
泉緋色。副リーダーの彼と一緒に居たら遅かれ早かれ皆発症する。けれど、緋色はボク達チーム『化けクリ』の要だ。だから『ペスト』感染が怖いものはうちから抜けてくれて構わない。退職金なら望む額を払う。除隊は恥じゃない。自分の命が一番大事だ。遠慮なく、ボクか『みれい』に申し出てくれ!
 人間、そしてキメラの皆が張りつめた空気を解いた。人は眉尻を下げ、犬ベースの子は尻尾を振り、猫ベースの子は尻尾をピンと立てる。それは全て緋色に向かって捧げられていた。ボクの話を無視して皆が緋色とタタミの元へ奔った。 
まずは楽々ちゃんが一番ね! タタミ! 私もタタミの仲間に入れてよ! 一緒に居させてよ! 緋色副隊長に楽々ちゃん、一生ついてくから!
楽々さんや、退職金は、『望む額』だよ? ほんとにいいのん?
まぁ、未練無いとは言わないけどさ、
 楽々は皆を振り返り皆と一緒に破顔した。大小様々な生き物全てが笑顔で居た。 
あたし達、家族じゃん!
 楽々の言葉に皆が頷く。 

 タタミがおもむろにその顔を伏せていく。喉を鳴らし、いつしか涙を零していた。 
 唯一駆け寄らなかったみれいの腕の中、そのノートPCを覗き込む。 

 みれいは物語の一節を打っていた。 
【――ジョーカスは独り孤高に生きていた。永久(とわ)に。しかしそれは彼を愛する1人の少女によって変化を迎える。 

 ……ジョーカスには家族が居た。信じてくれる皆が居た。彼の隣には彼を愛する少女が寄り添っていた。 

 ジョーカスはもう、――独りではなかった】 
【2034年、モンガル。フォーチュン・ファーザー】 
『フォーチュン・ファーザー』。貴方に命令があります。
仮にも『父』の名を冠する私に命令かい? まぁいい。なんだい? 『パープル・マム』
 先日夜の相手を断った小娘が『モンガル大帝国』首都に構えた私の屋敷へやってきた。自室はとても広い。かつ化学、医療に関するあらゆる知識を検索、行使する事ができる。平たく言えば実験工場が私の屋敷だ。 

 絹のベッドに横たわり、蚕(かいこ)の身をほぐしその中を調べながら、食す。蚕は栄養価の高い私のおやつだ。
家族(ホーム)における重要任務です。聞き入れてくださいますか?
『重要』という言葉に至極納得した。蚕をはみながら顎を頷かせてやる。 
言ってみたまえ。
 女、『パープル・マム』はゴミでも眺めるような目で観て私へ言った。 
『フォーチュン・ファーザー』。我が家(ホーム)のトイレが詰まってしまいました。命令です。ホームの便所掃除主任を兼任なさい。
……へ?
【2034年、イバラキ。ヒト腹創】 
 ボクは『黒い宝』に続き『赤い宝』と『青い宝』にも手を付けた。 

 緋色だけじゃない。ボク達皆が強くならないと緋色の足を引っ張る事になる。 

 みれいに頼み、赤い宝と青い宝へ電子パルスを撃ち込んでもらう。2つの輝石へ知識の種を植え付けるために。 
 2つの輝石は『ブロウ』と同様に際限なく、みれいの与える知識を吸収していった。 

 赤い宝は『一振りの剣』と一緒に錬成し『フリーシー』と名付けた。柔らかい感性で頭の固い奴とも付き合える神器と成るように教育する。 

 青い宝は『剣を矢として宛がう長弓』と共に錬成した。名前は『ファジー』。柔軟な対応が出来る神器として、その生成を目指した。 

 全ての錬成は金内さんの工房スタッフによって行われた。 

 工房の皆は、あの『市原剛』を恩人と呼んだ。「彼の為なら!」と惜しみなく際限なくチカラを貸してくれた。 
みんな、剛さんに命を救われた奴ばかりなんだ。剛先生の為なら何だって、喜んでやらせてもらうよ!
 工房の皆が自慢の腕で鋼を打ち、より強固で優秀な武具に仕上げてくれた。 

 作り上げた神器の核、赤い犬を模した耳飾り『フリーシー』と力持つ剣はボクが使うことにした。というより『フリーシーの話す言葉』を誰よりも早く理解したのがボクだった。 
フリーシー。ボクの言いたい事は解るね。歯車『フォーチュン』を殺す。それが最優先事項だ。
【Yes my master!】 
 青い猫を模した耳飾り『ファジー』と、対になる長弓・剣は『みれい』に任せた。『ファジー』と『みれい』の相性の良さが一番の理由だ。もちろん副隊長である『みれい』に箔をつける意味合いもある。 
『ファジー』。至らない所も多いかもしれない。けど私に付き合ってくれるかな? 一緒に親友の仇討ちを手伝ってほしいの!
【任せて、みれい。私が貴女の力になる。どんな敵でも2人一緒なら大丈夫!】 
 そこに緋色とタタミの『つがい』がやってきた。何に付けてもタタミは緋色の傍を離れなかった。それこそ嫌がられてもトイレにさえ付いていくくらいに。 
奈久留。俺に力を貸してくれ。俺がお前の、祈(いのり)姉ちゃんの仇を絶対に取ってみせるから……。
【うん、行こう緋色。歯車『フォーチュン』の根城、西の大国『モンガル』の首都『ホビロン』へ!】
 ボク達は夕日を前に並んで立った。そう遠くない決戦に向けて、海を越えた先に在る世界をじっと見据えた。 
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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