【第12話】世の中のキレイゴト。

文字数 2,433文字

【2034年、イバラキ。言霊みれい】 
 ――あの日交わした約束をアナタは覚えているだろうか?―― 
 光が落ち行く中、彼は私達の農場に姿を現した。 
創?
 以前の創とどこか違っていた。それはその緑を基調とした服に限らず、
……みれい。……楽々。……タタミ、
 その眼差しが虚ろなモノに見えた。 
迎えにきたよ。
 落ち行く陽を背に黒い影と腕を伸ばした。 
ボクと一緒に帰ろう。
 その隣に甲冑を着た男を連れゆっくりと私達へ歩を詰める。 
ボク達が居てイイ場所はここじゃないんだ。
 その手は、ゆらゆらと私たちへ伸ばされていた。 
ボク達に用意された世界。そこへ一緒に行こうよ。
 創の虚ろな眼差しが私達を観ていた。 
 けれど私達の答えは決まっている。創が生きていてくれたのは心から嬉しい! けど創が居るべき場所は私達の知らない其処(そこ)じゃないと知っていたから。 
私達は、一緒に行けない。
 楽々は、タタミは、私は、そして緋色は創を、……信じていたから。きっと戻ってくると信じていたから。 
私達が、私達の手で奈久留(なくる)の仇を取らないと! そうでしょ? 創!
 けれど彼は虚ろな瞳でそれを否定した。 
いいじゃないか? 奈久留(なくる)なんて。
 その手は震えていた。薬害の患者のように、ぴりぴり、と肌を震わせていた。 
いいじゃないか。もう。いいじゃないか。もういいじゃないか。
 自分よりずっと高くなった友の顔を見上げ創は言った。 
緋色。キミか? みれい達をたぶらかしたのは?
 緋色は否定しなかった。ただ真直ぐに創を見下ろしている。創が緋色の隣りを駆け抜けていった。 
その子は?
 タタミの腕に抱かれた赤子へ創が声を掛ける。タタミが優しい眼差しで自身の『リーダー』へ話した。 
この子は、わたしの子なの。みれいに造ってもらった、わたしのクローン。
 近づいた創は数歩後ろへよろけ、 
そうか、みれいが。なら、もう、
 背をのけ反らして世界へ吠えた。 
……ボクなんて要らないじゃないか!!
 緋色の白い襟首をつかみ何度も揺すった。 
緋色! お前のせいだな? 全部、全部、お前のせいだ! そうだろ? 違うなら否定してみろよ!!
……。
 その腰を構えつつ後ろへ下がり、控えさせていた甲冑の男を自身の前へと送り出す。 
ヤレ。人魔(じんま)。
……ハイ。
 一瞬で緋色が跳んだ。弾きとんだ緋色が地面を二転三転する。
先生!!
 真衣ちゃんをコージに預けたタタミが緋色を抱え起こすけど、それを払い甲冑の彼が何度も緋色の頬を両の鉄こぶしで殴った。 
……。
 一方的な『イジメ』だった。
 間に入ったイノシシキメラの『しまちゃん』が人魔の鉄拳で殴り飛ばされた。巨大ネコキメラ『みぃちゃん』、イヌキメラ『パブロフ』が、空へかちあげられる。 
……。
 その人、人魔(じんま)の腕力はイノシシ、巨大猫、犬、あらゆるキメラの筋力を凌駕していた。 

 緋色は優先的に狙われ、一方的に殴られ、掴み起こされ殴られ地を転がった。 
先生! 先生っ! 緋色さん!!
 その手を払われタタミも地を転がる。その口の端が切れていた。 
解るだろ? 緋色。この世界では『チカラ』が全てなんだよ。チカラのない正義なんて、ただの『キレイごと』でしかない。
 陽の赤を背に創の目が笑っていた。口が歪に曲げられていた。 
お前らが何に立ち向かうのか知らないが、お前たちのやってる事なんて、所詮『おままごと』でしかないんだ。
 甲冑の彼、人魔(じんま)を指さし創は私達に教えてくれた。
こいつは、父『ブラック・ダド』のクローン。あの『ジョーカー』が20代の肉体と無くした右腕を手に入れたも同然なんだ。こいつが最強なのは緋色(おまえ)に負けないのは当然なんだよ!
『ブラック・ダド』。この世界の支配者たるモノの名称だった。創が吐いた台詞は創が地球を支配する『ホーム・ホルダー』の仲間になったという事と『化け物クリエイターズ』(ここ)へは戻らないという事を公言しているように思えた。 
あとは、こいつに『確かな知性』と『豊かな経験』を与えれば、本当に父さんを超える! その為にも、みれい! タタミ! お前たちの協力が必要なんだ! ボクの元へ来い! みんな!!
 いつの間にその背を取ったんだろう? 創の背に立つ影が在った。ケモノゆえの素早さに特化した彼の力だった。 
……タマ。
……。
 チーム『化けクリ』の一員、タヌキキメラの『タマちゃん』が話しかけていた。小さな身と手を振って創を諭していた。 
ボクが間違っているって、そう言うのか? キミは?
……。
 2人にしか解りえない会話。それは2人が『友達』だったから出来たもの。タマちゃんは数あるキメラの中で創が本当に心を許した1人だった。 
タマ、キミも行こうよ! ボク達の家へ。とても温かいんだ。美味しい料理と温かな寝床がある! おいでよ、タマ!
……。
 創のその目は初めて、今日初めて優しい色を湛えた。すがるように伸ばした手を『タマちゃん』は自身の手で抑え創と目を合わせる。その後、ゆっくりと首を振った。そしてその小さな手を大きく横へ振っていた。タマちゃんのその目も優しげなモノだった。 
――『タマ』が引け、と言うなら、今回だけは帰るさ。ただ、一言だけいっておくぞ、緋色。
 横たわる緋色を見るその瞳は変わらず厳しいものだった。緋色は起き上がる無く、その片方だけの手で地に残っていた草を握りしめている。 
『化喰人魔(クローン)』に勝てないキミが、『ブラック・ダド(オリジナル)』に勝てるのかい?
 見下ろした緋色(モノ)へ冷めた眼差しで問いかけていた。 
あいつに、『歯車フォーチュン』に、……キミなんかが勝てるのかい?
 緑色のマントが裾をひるがえした。その背に『人魔』という最強の戦士を従えて。 
さよならだ。……親友。
 そう言って私達の友は去って行った。跡に残ったのは私達弱者と傷ついた『キメラ』、そして地に倒れたまま動かない、 



 私達の『ヒーロー』だった。 
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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