――あの日交わした約束をアナタは覚えているだろうか?――
以前の創とどこか違っていた。それはその緑を基調とした服に限らず、
その隣に甲冑を着た男を連れゆっくりと私達へ歩を詰める。
けれど私達の答えは決まっている。創が生きていてくれたのは心から嬉しい! けど創が居るべき場所は私達の知らない其処(そこ)じゃないと知っていたから。
楽々は、タタミは、私は、そして緋色は創を、……信じていたから。きっと戻ってくると信じていたから。
私達が、私達の手で奈久留(なくる)の仇を取らないと! そうでしょ? 創!
その手は震えていた。薬害の患者のように、ぴりぴり、と肌を震わせていた。
いいじゃないか。もう。いいじゃないか。もういいじゃないか。
自分よりずっと高くなった友の顔を見上げ創は言った。
緋色は否定しなかった。ただ真直ぐに創を見下ろしている。創が緋色の隣りを駆け抜けていった。
タタミの腕に抱かれた赤子へ創が声を掛ける。タタミが優しい眼差しで自身の『リーダー』へ話した。
この子は、わたしの子なの。みれいに造ってもらった、わたしのクローン。
緋色! お前のせいだな? 全部、全部、お前のせいだ! そうだろ? 違うなら否定してみろよ!!
その腰を構えつつ後ろへ下がり、控えさせていた甲冑の男を自身の前へと送り出す。
一瞬で緋色が跳んだ。弾きとんだ緋色が地面を二転三転する。
真衣ちゃんをコージに預けたタタミが緋色を抱え起こすけど、それを払い甲冑の彼が何度も緋色の頬を両の鉄こぶしで殴った。
間に入ったイノシシキメラの『しまちゃん』が人魔の鉄拳で殴り飛ばされた。巨大ネコキメラ『みぃちゃん』、イヌキメラ『パブロフ』が、空へかちあげられる。
その人、人魔(じんま)の腕力はイノシシ、巨大猫、犬、あらゆるキメラの筋力を凌駕していた。
緋色は優先的に狙われ、一方的に殴られ、掴み起こされ殴られ地を転がった。
その手を払われタタミも地を転がる。その口の端が切れていた。
解るだろ? 緋色。この世界では『チカラ』が全てなんだよ。チカラのない正義なんて、ただの『キレイごと』でしかない。
陽の赤を背に創の目が笑っていた。口が歪に曲げられていた。
お前らが何に立ち向かうのか知らないが、お前たちのやってる事なんて、所詮『おままごと』でしかないんだ。
甲冑の彼、人魔(じんま)を指さし創は私達に教えてくれた。
こいつは、父『ブラック・ダド』のクローン。あの『ジョーカー』が20代の肉体と無くした右腕を手に入れたも同然なんだ。こいつが最強なのは緋色(おまえ)に負けないのは当然なんだよ!
『ブラック・ダド』。この世界の支配者たるモノの名称だった。創が吐いた台詞は創が地球を支配する『ホーム・ホルダー』の仲間になったという事と『化け物クリエイターズ』(ここ)へは戻らないという事を公言しているように思えた。
あとは、こいつに『確かな知性』と『豊かな経験』を与えれば、本当に父さんを超える! その為にも、みれい! タタミ! お前たちの協力が必要なんだ! ボクの元へ来い! みんな!!
いつの間にその背を取ったんだろう? 創の背に立つ影が在った。ケモノゆえの素早さに特化した彼の力だった。
チーム『化けクリ』の一員、タヌキキメラの『タマちゃん』が話しかけていた。小さな身と手を振って創を諭していた。
2人にしか解りえない会話。それは2人が『友達』だったから出来たもの。タマちゃんは数あるキメラの中で創が本当に心を許した1人だった。
タマ、キミも行こうよ! ボク達の家へ。とても温かいんだ。美味しい料理と温かな寝床がある! おいでよ、タマ!
創のその目は初めて、今日初めて優しい色を湛えた。すがるように伸ばした手を『タマちゃん』は自身の手で抑え創と目を合わせる。その後、ゆっくりと首を振った。そしてその小さな手を大きく横へ振っていた。タマちゃんのその目も優しげなモノだった。
――『タマ』が引け、と言うなら、今回だけは帰るさ。ただ、一言だけいっておくぞ、緋色。
横たわる緋色を見るその瞳は変わらず厳しいものだった。緋色は起き上がる無く、その片方だけの手で地に残っていた草を握りしめている。
『化喰人魔(クローン)』に勝てないキミが、『ブラック・ダド(オリジナル)』に勝てるのかい?
見下ろした緋色(モノ)へ冷めた眼差しで問いかけていた。
あいつに、『歯車フォーチュン』に、……キミなんかが勝てるのかい?
緑色のマントが裾をひるがえした。その背に『人魔』という最強の戦士を従えて。
そう言って私達の友は去って行った。跡に残ったのは私達弱者と傷ついた『キメラ』、そして地に倒れたまま動かない、
私達の『ヒーロー』だった。