【第13話】星の名を、数えましょう。

文字数 1,968文字

【2034年、イバラキ。言霊みれい】 
もう、戦いたくないなぁ。……創とだけは。
 一方的な暴力を受けた後、緋色は言った。夕闇が訪れる中、腰を落としてうずくまる。 
創とだけは、戦いたくないよ。
 私達のヒーローはさえずった。とても弱弱しい声で。 
こんな、子供たちが争う世界はもう嫌だ。他の子にはこんな思いさせたくないよ。
 私の胸の前でその距離を20センチ以上詰めることなく、彼は、……独りで泣いていた。 
キレイだなぁ。
わ、わたひ?
違う違う。空だよ! 星だよ。
そ、そうでしたか。あはは。……わたし、バカだ。
 その夜も空は満点の星で染まっていた。緋色はタタミを茶化して笑う。タタミは恥ずかしさに頭を盛んにかいていた。
それで、星がなんなの? 先生。
いやな。関係ないけど、これ隣町のおじちゃんに貰ってさ。
 緋色は納屋の奥からソレを持ち出してきた。昔から変わらない悪ガキの顔を見せる。 
お酒?
し、静かに! お、俺だってまだ未成年なんだから、そんな声出すなよ!
 あどけない表情で唇の前に指を立てる。 
 18歳、私と同い年の彼はお酒を、それは愛しそうに嗜んだ。
美味いなぁ。
って。初めて味わうソレをとても大事に口にする。 
お酒って、……こんなに美味しいんだ。
 緋色は緋色の願いを語っていたのかもしれない。あの広がる空を見て彼は謳った。 
美味しいなぁ。俺も、……早く大人になりたいなぁ。
 彼の夢だったのかもしれない。よほど美味しかったんだと思う。何度もため息を繰り返した。 

 緋色は自分を慕う少女を呼んだ。頰を朱に染め畑に腰を下ろす。 
タタミ。
なんですか? よっぱらせんせー。
 タタミの顔を見上げ、更に高いあの空を指さした。 
星の数、数え終わったか?
……先生、星の数なんて数えられるわけない!
そんな事はない!
 緋色は星の名を挙げていく。たった1つの腕の5本の指を折っていく。――シリウス。――ベテルギウス。――リゲル。
星には、1つ、1つ、名前があるんだ。だから、時間を掛ければきっと数えられるさ。だから、
 緋色は整った顔で笑った。贔屓目に見ているのは解る。だって緋色は私のヒーローだったから。 

 いつも夜は培養液の中に居る『真衣ちゃん』を抱いてタタミは緋色の言葉に耳を傾けていた。 
いつか、その数を数えられたら俺に教えてくれよ、タタミ。キメラのせんせっ!
 そのご機嫌な声を聴き、タタミは隣りに寄り添った。緋色の肩を自身の肩で支えている。赤子の真衣ちゃんと共にタタミは微笑んでいた。 
 2人を見ていたモノが私以外に在った。スズキコージ、元の名を『コブタ』と呼ばれていた彼がいつの間にか私の隣りに立っていた。 
解ってましたよ。初めから。出会ったその日には、もう。
 拳を強く握ってコージは私へ話した。 
好きな人の、好きな相手くらい。
 震えるその手を闇に隠してコージは苦しそうに吐き出した。 
いいじゃないですか。『コブタ』が夢を見たっていいじゃないですか。子豚が『ヒト』を好きになってもいいじゃないですか!
 そう言って『コージ』はシンシンと泣いた。 
はなから分かってましたよ。『コブタ』じゃ『英雄(ヒーロー)』に敵わない事くらい!
 鼻から水滴を零して、悔しそうに、その手のひらを握りしめていた。 
けどいいじゃないですか? 子豚の純情!
 泣きに泣いたコージを見て自身の恋を振り返る。 

『私の恋は彼(ひいろ)に届くのだろうか?』 

って。考えだしたらなんか可笑しくて笑えた。 
 ――1時間が過ぎただろうか? その時コージは動いた。 
緋色さん!
 コージは深く、深く緋色へ頭を下げる。 
た、タタミさんを僕にください!
 不思議そうに首を傾げるタタミを他所に緋色は聞いた。 
コージ、お前幾つだっけ?
たぶん、13。
なら、7歳サバ読んで、ちょっと、……呑んでみないか? 一緒に。
 ――男2人が農場の端、その丘に腰を下ろしている。 

 2人は杯(さかずき)を交わした。その日はいつにも増して星がキレイな夜だった。 
きっと、お前じゃないと出来ないことがある。
 私達女性陣を遠ざけ2人で御猪口(おちょこ)を舐めている。 
お前じゃないとタタミを守れない時がある。きっと。
……僕じゃ、僕には緋色さんの代わりなんて。
『代わり』じゃない!
 緋色は星に歯をさらして話す。 
『スズキコージ』にしか出来ない事がこの先、きっと在る!
 笑って緋色は語った。 
その時、……俺はここに居ないかもしれない。
 御猪口を掲げ得意げに笑ってみせる。 
その時はお前がみんなを、……タタミを守ってくれ。
 頭を下げて、緋色は『コージ』に頼んだ。 
コージ。お前は好きなヒトを守ってくれ。
 深く、深く緋色はコージに頭を下げた。 
俺には出来なかったこと、きっと、お前になら出来るから!
『ヒーロー』はそう言って『コージ』へ笑うのだった。 
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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