ジョーカーは良い男だった。そこに憧れを抱いたのはたぶんボクだけじゃないと思う。
お~いみんなぁ~! 『ババ抜き』しよ! 『ババ抜き』!
ジョーカーさんも一緒にやろう! ほらほら、祈ねぇも!
――数少ない娯楽を、ジョーカーとボクらは共有した。春の高い空の下、皆で一緒に。
その日、ジョーカーが用で街を離れた時の事だった。
空を舞う船から黒マスクの軍団が一斉に降りてきた。手に持った火炎放射器が容赦なく街に火を点けていく。
『化けクリ』メンバーが各個撃破に向かう。その火を抑え込もうと皆が奔走した。言い知れぬ嫌な予感にボクは自宅へと足を走らせた。戻ってきたそのボクの前でソレは行われた。
崩れ落ちた我が家の上で『祈』姉ちゃんの胸に深々と剣が突き立てられている。死に逆らうように血の奔流が迸っていた。
脆いねぇ。軽く力を加えただけで、ヒトは命を垂れ流す。
姉を刺したのは、――鳥仮面の男『フォーチュン』だった。
笑い、のけ反り、彼は訴えた。仮面の下に大きな半円を描いて。
目を剥き姉はビクリ、と地を跳ねる。
たどり着いたそこに在ったのは、――ただの屍だった。
覆水盆に返らず。命とはそういうモノだよ。溢れた命は決して元に戻らない。
仮面の鼻を掲げフォーチュンが声を上げる。フォーチュンはボク達姉弟(きょうだい)を嗤っていた。
全てが燃えている。全てが、この世界から果てようとしていた。
終わりを告げる世界の先から、独りの影が歩んでくる。一歩ずつその逞しい身体を前へと進ませていた。
彼は全てを断ち切る刃でこの世界を終わらせた男を追い払った。その力強い、引き締まった腕は幼い頃から憧れていた『父さん』のモノ!
振り上げた顔の先へ『父さん』はその腕を伸ばした。
『父さん』は包容力を抱(いだ)いた笑みでボクを見ていてくれた。
『父さん』はキメラの血を浴び緑色に染まったボクを見て、こう言ったんだ。
街が燃えていく。私達の守ってきた街が、ほんの数時間前まで人の居た街が、全てを赤く染めていく。辺りには逃げ惑う人の姿すら無かった。
創の姿も祈ねぇの姿も見当たらない。
ヒタチナカの皆を救おうと燃え盛る街を奔走した。けれど救えたのは数人で、数匹で、それでも満身創痍、帰ってきた我が家に居たのは創でも祈ねぇでも無かった。
這いつくばり彼はただただ我が家を漁っていた。
創くんはアノ男が連れていったか。なら仕方ない。私はこれで我慢するとしよう。
クマ型のキメラが剛(たけし)おじさんを運んでいた。『歯車フォーチュン』はキメラ達におじさんと私達の家財を運ばせている。
奴は、冷凍保存された『奈久留』にまで手を掛けようとした。彼女の棺を持ち上げようとしている。
『化けクリ』全てのキメラは、『フォーチュン』のキメラと交戦し傷ついていた。黒マスクの軍勢によって、楽々も、タタミも傷を負い疲弊していた。誰も動けなかった。
思わずその名を呼んでいた。救いのヒーローの名を私は呼んだ。
おぼろげに、でも徐々にはっきりと紅い炎に人影が映る。『フォーチュン』の高い背に引けを取らないそのヒトが『フォーチュン』の厳つい肩に手をかけていた。
それは『ジョーカー』ではなかった。炎から現れたヒトは、右肩の付け根から完全に腕を無くしている。義手すら持たないその片腕のヒトを私は知っていた。
自身を押し退けた彼を見上げ『フォーチュン』が言い放つ。
彼は語った。炎の赤に負けない、優しさに満ちた笑みを浮かべて。その背に担いでいたのは農業用の鍬(クワ)だった。
『泉緋色(いずみ ひいろ)』。大した者じゃない。ただの、――『泉奈久留(いずみ なくる)』生涯の伴侶だよ。