【第6話】赤い炎の中に。

文字数 1,734文字

【2033年、イバラキ。ヒト腹創】
 ジョーカーは良い男だった。そこに憧れを抱いたのはたぶんボクだけじゃないと思う。 
お~いみんなぁ~! 『ババ抜き』しよ! 『ババ抜き』!
わたしもやる。
みんなでやろうよ!
ジョーカーさんも一緒にやろう! ほらほら、祈ねぇも!
はいはい!
ババ抜きか。懐かしいね。
 ――数少ない娯楽を、ジョーカーとボクらは共有した。春の高い空の下、皆で一緒に。 



 その日、ジョーカーが用で街を離れた時の事だった。 
 空を舞う船から黒マスクの軍団が一斉に降りてきた。手に持った火炎放射器が容赦なく街に火を点けていく。 

『化けクリ』メンバーが各個撃破に向かう。その火を抑え込もうと皆が奔走した。言い知れぬ嫌な予感にボクは自宅へと足を走らせた。戻ってきたそのボクの前でソレは行われた。 

 崩れ落ちた我が家の上で『祈』姉ちゃんの胸に深々と剣が突き立てられている。死に逆らうように血の奔流が迸っていた。 
脆いねぇ。軽く力を加えただけで、ヒトは命を垂れ流す。
 姉を刺したのは、――鳥仮面の男『フォーチュン』だった。 

 笑い、のけ反り、彼は訴えた。仮面の下に大きな半円を描いて。 

 目を剥き姉はビクリ、と地を跳ねる。 
 たどり着いたそこに在ったのは、――ただの屍だった。 
覆水盆に返らず。命とはそういうモノだよ。溢れた命は決して元に戻らない。
 仮面の鼻を掲げフォーチュンが声を上げる。フォーチュンはボク達姉弟(きょうだい)を嗤っていた。 

 全てが燃えている。全てが、この世界から果てようとしていた。 

 終わりを告げる世界の先から、独りの影が歩んでくる。一歩ずつその逞しい身体を前へと進ませていた。 

 彼は全てを断ち切る刃でこの世界を終わらせた男を追い払った。その力強い、引き締まった腕は幼い頃から憧れていた『父さん』のモノ! 

 振り上げた顔の先へ『父さん』はその腕を伸ばした。 

『父さん』は包容力を抱(いだ)いた笑みでボクを見ていてくれた。 
……私を父と呼ぶなら、おいで私の元へ。
『父さん』はキメラの血を浴び緑色に染まったボクを見て、こう言ったんだ。
緑色のキミ。私の、……グリーン・ブラザー。
【2033年、イバラキ。言霊みれい】
 街が燃えていく。私達の守ってきた街が、ほんの数時間前まで人の居た街が、全てを赤く染めていく。辺りには逃げ惑う人の姿すら無かった。 

 創の姿も祈ねぇの姿も見当たらない。 

 ヒタチナカの皆を救おうと燃え盛る街を奔走した。けれど救えたのは数人で、数匹で、それでも満身創痍、帰ってきた我が家に居たのは創でも祈ねぇでも無かった。 

 這いつくばり彼はただただ我が家を漁っていた。 
創くんはアノ男が連れていったか。なら仕方ない。私はこれで我慢するとしよう。
 クマ型のキメラが剛(たけし)おじさんを運んでいた。『歯車フォーチュン』はキメラ達におじさんと私達の家財を運ばせている。 
ついでにサンプルもモラッテいこうかな?
 奴は、冷凍保存された『奈久留』にまで手を掛けようとした。彼女の棺を持ち上げようとしている。 

『化けクリ』全てのキメラは、『フォーチュン』のキメラと交戦し傷ついていた。黒マスクの軍勢によって、楽々も、タタミも傷を負い疲弊していた。誰も動けなかった。 
助けて、
 縋った。世界の誰かと同じように私は命を乞うた。
助けてよ、
 思わずその名を呼んでいた。救いのヒーローの名を私は呼んだ。
助けてよ、『緋色』――!!
 おぼろげに、でも徐々にはっきりと紅い炎に人影が映る。『フォーチュン』の高い背に引けを取らないそのヒトが『フォーチュン』の厳つい肩に手をかけていた。 
そいつは俺のオンナだ。手を触れないでもらおうか。
 それは『ジョーカー』ではなかった。炎から現れたヒトは、右肩の付け根から完全に腕を無くしている。義手すら持たないその片腕のヒトを私は知っていた。 
――オマエは何者だ?
 自身を押し退けた彼を見上げ『フォーチュン』が言い放つ。 

 彼は語った。炎の赤に負けない、優しさに満ちた笑みを浮かべて。その背に担いでいたのは農業用の鍬(クワ)だった。 
『泉緋色(いずみ ひいろ)』。大した者じゃない。ただの、――『泉奈久留(いずみ なくる)』生涯の伴侶だよ。
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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