人魔(じんま)を連れてきた時と同じ、陽の落ちゆく頃に創は私達の農場へやってきた。
緋色、……懐かしいね。ボク達はいつもこんな闘いばかりしてた。
――ゲームのキャラに成りきって。オモチャの剣で、杖で戦っていたね。
創は背後に巨大なキメラを控えさせていた。真っ当なクマより遙かに大きなキメラだった。
緑の帽子に手を掛けて、その表情を見せずに創は声に出した。
歯に、そして拳に強い力が込められ、それが音を立てていた。目深に被った帽子から創は吐息を零した。
父さんからの果たし状だ。これは、キミがボクに勝てたら渡そう。
前へと足を踏み出したそれは、何がベースなのか解らない合成獣だった。ソレが口から白い液体を吐き零す。
創は指を折って私達へ教えた。
姉ちゃんの脳を持ち、クマの骨格へクマとカマキリの腕、名馬『ディープコンタクト』とクマの脚を得たモノだ。これに『ホーム』が作った、特注の鋼を着せている。
最強のキメラ『イノリ』に、お前ごときが勝てるかな? 緋色!
胸を一刺し。毒の塗られた刃で貫通の一刺し。ビクビク震えてボクの前で死んでいったんだ。
……知らなかった。創と共に何処かできっと生きている、そう信じていた。
――けれど、そのキメラの目を見て解った。
お前らにボクの、姉ちゃんの気持ちが解るかっ!! 無残に、残酷に、あの人は毒で貫かれたんだぞっ!!
祈の目をした巨大なキメラが100mの距離を一直線に緋色目掛けて突進する。大きな赤黒い鎌を構えてキメラは肉迫した。
上段に構えた緋色の前に躍り出た、そのおぞましい巨体が、走り体ごと大鎌を振り切る。その瞬間、
緋色は、
静かに、一切のブレも無く、左の足を踏み込んだ。
棒が『イノリ』をキレイに割いた。緋色の後方へ、その別れた2つが崩れ走り抜ける。すれ違った緋色にはおびただしい赤が掛かった。緋色には踏み込んだ一歩、振り下ろした腕以外、一切の乱れは無かった。
風がその緑の帽子を飛ばしていく。小高い丘に膝だけをついた創がただただ吐露していた。
ボクは、全てを使って、姉ちゃんの卵子、脳にまで手を付けてこんな結果? 無いだろ? 酷いだろ?
創の前で緋色は言った。鋼の棒を背の鞘に戻して、創の近くで地に膝を付ける。
5m弱の距離を詰めることなく緋色は呼んだ。優しい、兄のような言葉で声を掛ける。
創。戻ってこいよ。俺達が戦う相手は、違うだろ? 俺たち同士が潰しあうんじゃなく、戦うべき相手が居たじゃないか!
創。お前、俺たちの『リーダー』だろ? お前が指揮を執ってくれないと、俺達はきっと生き残れないよ。この世界じゃ。
その場を動くことなく緋色は片方だけの腕を伸ばした。
コージと、私も。
帽子を失った事で現れたそのキレイな緑の瞳で、創は、……私達を見ていた。
お前なら、俺たちを生かしてくれるよ。誰も疑っちゃいない。
やがて緋色の大きな胸板に、創の細い体が納まった。緋色は兄のような動作で創の背を撫でている。
タタミが、楽々が、コージが、キメラの皆が、そして私も口を揃えて創へ言った。
創。祈姉ちゃんと奈久留の仇、一緒に取りに行こうぜ。
震え涙零す創の背をさすって、緋色もやっぱり泣いていた。
私は創の懐から零れた封筒を拾い上げた。『ブラック・ダド』の果たし状、その外側には何も書かれてはいない。中に入っていた便箋には大きく太い筆文字で一文だけ、丁寧な字で書かれていた。
【私の息子を、グリーン・ブラザーをどうかお願いします】
【2034年、アラスカ『ホーム』。歯車フォーチュン】
その日、旧アラスカの『ホームホルダー』拠点に私は居た。朝靄の中、多くのキメラを控えさせ建屋の外で待っている。
『ブラック・ダド』は客をこんなに待たせるのかい? 寒いのだから早く中へ上げてもらいたいのだがね。
の一点張り。黒髪の娘は門の外に居る私達を、その一切の侵入を認めなかった。
私は、あの『フォーチュン』なんだよ? 手土産も持ってきているのに何て扱いだい!
これかい。これは時間の干渉から、全ての己を守る輝石『存在の石』だよ。それを4つも。これがどれほどの宝か、ホームホルダーの長なら解るだろうに。
――まぁ、お前ごとき小娘には解らないだろうがね。
とは言わずに、クツクツ、と仮面の中で笑ってやる。
一度屋敷へ戻った娘に更に30分待たされた。私はその帰りを門に尿をかけ待っていた。
ファスナーを素早く上げて黒髪の少女の答えを急かす。
『勝手にしろ。名も勝手に名乗るがいい』だそうです。貴方は、これから『ホーム・ホルダー』の技術開発の主任として活躍してもらいます。よろしくお願いいたします。
とりあえず名前持ちには成れたのか。
そして結果を出せば更に上が見える。そう判断しても良いのだろう。
小娘に、白の手袋をはめて言伝(ことづて)を言い渡す。
我『フォーチュン』は、お前と対等の地位を望む。才能、力、影響力、実績があるのだから当然だよ!
小娘は乳臭くは見えなかった。後で夜の相手をさせたいと思う。私は腕を広げ己の力を誇示して見せる。
仮面の先端をこすり夜の相手へ一礼、下からその大きな胸を見上げてやった。
『フォーチュン・ファーザー』。小娘、お前たちの上に君臨するものだよ。
自身のカッコよさに笑みが抑えられない。雪の大地を転げまわる。地面の汚れも『ホーム・ホルダー』の本拠地を前にしたなら勲章だった。
転がりながら今から夜が楽しみで、身体ばかりが疼く。
我『フォーチュン』はその日晴れて『ホーム・ホルダー』の一員となったのだ。