【第17話】帰還。

文字数 3,367文字

【2034年、イバラキ。言霊みれい】 
 人魔(じんま)を連れてきた時と同じ、陽の落ちゆく頃に創は私達の農場へやってきた。 
緋色、……懐かしいね。ボク達はいつもこんな闘いばかりしてた。 
 ――ゲームのキャラに成りきって。オモチャの剣で、杖で戦っていたね。
 創は背後に巨大なキメラを控えさせていた。真っ当なクマより遙かに大きなキメラだった。 
緋色、ボクは、
 緑の帽子に手を掛けて、その表情を見せずに創は声に出した。 
あの頃からずっと、キミをココロから憎んでいた。
 強い歯ぎしりを立てる。創の拳が軋んだ。 
キミが憎くて仕方なかったよ!
 歯に、そして拳に強い力が込められ、それが音を立てていた。目深に被った帽子から創は吐息を零した。 
父さんからの果たし状だ。これは、キミがボクに勝てたら渡そう。
 胸元から白い手紙をひらひら見せる。 
ボクに、
 そしてその後ろに控えた怪物を示した。 
『ヒト腹イノリ』に、キミが勝てたら、ね!
 前へと足を踏み出したそれは、何がベースなのか解らない合成獣だった。ソレが口から白い液体を吐き零す。 
 創は指を折って私達へ教えた。 
姉ちゃんの脳を持ち、クマの骨格へクマとカマキリの腕、名馬『ディープコンタクト』とクマの脚を得たモノだ。これに『ホーム』が作った、特注の鋼を着せている。
 背のマントを払って創は笑った。 
最強のキメラ『イノリ』に、お前ごときが勝てるかな? 緋色!
 その腕を震わせ語った。 
姉ちゃんはな、ボクの前で殺されたんだ。
 槍を突くような動作をして、創は奇声を上げた。 
胸を一刺し。毒の塗られた刃で貫通の一刺し。ビクビク震えてボクの前で死んでいったんだ。
 ……知らなかった。創と共に何処かできっと生きている、そう信じていた。 

 ――けれど、そのキメラの目を見て解った。 
……。
 その目は間違いなく――祈(いのり)のモノだった。 
お前らにボクの、姉ちゃんの気持ちが解るかっ!! 無残に、残酷に、あの人は毒で貫かれたんだぞっ!!
 その目が嘲るように煌めく。 
死ねよ。緋色!
 祈の目をした巨大なキメラが100mの距離を一直線に緋色目掛けて突進する。大きな赤黒い鎌を構えてキメラは肉迫した。 
 緋色は眼を閉じ静かに『鋼の棒』を構えた。 
姉ちゃん。痛かったな。守れなくてごめんな!
あ"あ"ア"!!
 上段に構えた緋色の前に躍り出た、そのおぞましい巨体が、走り体ごと大鎌を振り切る。その瞬間、 
……!
 緋色は、 

 静かに、一切のブレも無く、左の足を踏み込んだ。 
 棒が『イノリ』をキレイに割いた。緋色の後方へ、その別れた2つが崩れ走り抜ける。すれ違った緋色にはおびただしい赤が掛かった。緋色には踏み込んだ一歩、振り下ろした腕以外、一切の乱れは無かった。 
 木の葉飛ばす風を受け、創は膝から崩れ落ちる。
こんなバカな話があるかよ。
 風がその緑の帽子を飛ばしていく。小高い丘に膝だけをついた創がただただ吐露していた。 
ボクは、全てを使って、姉ちゃんの卵子、脳にまで手を付けてこんな結果? 無いだろ? 酷いだろ?
 創の前で緋色は言った。鋼の棒を背の鞘に戻して、創の近くで地に膝を付ける。 
創。そいつは、祈姉ちゃんじゃないよ。
 優しい、慈愛に満ちた面持ちで緋色は言った。 
そいつは、祈姉ちゃんじゃない。
 その目に涙を湛えて緋色は笑った。 
それはただの、……化け物、だよ。
 5m弱の距離を詰めることなく緋色は呼んだ。優しい、兄のような言葉で声を掛ける。 
創。戻ってこいよ。俺達が戦う相手は、違うだろ? 俺たち同士が潰しあうんじゃなく、戦うべき相手が居たじゃないか!
 創がただ淡々と呟く。 
歯車フォーチュン。
ああ。
 緋色はその5mの距離から手を伸ばした。 
創。お前、俺たちの『リーダー』だろ? お前が指揮を執ってくれないと、俺達はきっと生き残れないよ。この世界じゃ。
 その場を動くことなく緋色は片方だけの腕を伸ばした。 
創。
 遠く後方からタタミも創を呼ぶ。 
リーダー!
 楽々も呼んだ。 
総隊長ーーっ!
 そして、 
皆さんから聞いてます。僕、ちからぶそ、
コージは後でね!
 コージと、私も。 
 帽子を失った事で現れたそのキレイな緑の瞳で、創は、……私達を見ていた。 
ボクで、ボクなんかがここに居て、
 緋色は創を待っていた。 
いいだろ。当然。
 創が膝を立てその一歩を踏み出す。 
ボクなんかが皆の命を預かっても、
 緋色はずっとその手を伸ばしている。 
お前なら、俺たちを生かしてくれるよ。誰も疑っちゃいない。
 一歩、一歩。緋色との距離が狭まっていく。 
ボクの、ボクの居場所は、
 緋色がその片方だけの腕を広げた。 
お前の場所は、
 皆がリーダーの帰りを待っていた。 
化けクリのリーダー、そこしか無いだろ!
 やがて緋色の大きな胸板に、創の細い体が納まった。緋色は兄のような動作で創の背を撫でている。 
みんな、お前の事を待っていたよ。
 タタミが、楽々が、コージが、キメラの皆が、そして私も口を揃えて創へ言った。 
「「「おかえりなさい! リーダー!」」」 
 緋色が創の頬を押さえて、その瞳を見て言い募る。 
創。祈姉ちゃんと奈久留の仇、一緒に取りに行こうぜ。
 震え涙零す創の背をさすって、緋色もやっぱり泣いていた。
大丈夫。お前の背中は、今度こそ俺が守るから!
 創の背、そして緋色の背へ皆が飛びつく。 
 緋色が創のその耳へ語りかけた。 
だって俺達、
 きっとココロからの笑顔で、 
――親友だろ?
って。 
 私は創の懐から零れた封筒を拾い上げた。『ブラック・ダド』の果たし状、その外側には何も書かれてはいない。中に入っていた便箋には大きく太い筆文字で一文だけ、丁寧な字で書かれていた。 
【私の息子を、グリーン・ブラザーをどうかお願いします】 
と、皆が憧れた『ジョーカー』らしい言葉で。 
【2034年、アラスカ『ホーム』。歯車フォーチュン】 
 その日、旧アラスカの『ホームホルダー』拠点に私は居た。朝靄の中、多くのキメラを控えさせ建屋の外で待っている。 
『ブラック・ダド』は客をこんなに待たせるのかい? 寒いのだから早く中へ上げてもらいたいのだがね。
 しかし、
ダドは体調を崩して今は出れません。
の一点張り。黒髪の娘は門の外に居る私達を、その一切の侵入を認めなかった。 
私は、あの『フォーチュン』なんだよ? 手土産も持ってきているのに何て扱いだい!
 黒髪の娘は手土産の詳細を求めた。 
――ダドもそれを知りたく思うでしょう。
との事だった。 
これかい。これは時間の干渉から、全ての己を守る輝石『存在の石』だよ。それを4つも。これがどれほどの宝か、ホームホルダーの長なら解るだろうに。
 ――まぁ、お前ごとき小娘には解らないだろうがね。 


とは言わずに、クツクツ、と仮面の中で笑ってやる。 

 一度屋敷へ戻った娘に更に30分待たされた。私はその帰りを門に尿をかけ待っていた。 
歯車フォーチュン。ダドからの通達です。
待たせたね。早く聞かせたまえ!
 ファスナーを素早く上げて黒髪の少女の答えを急かす。 
『勝手にしろ。名も勝手に名乗るがいい』だそうです。貴方は、これから『ホーム・ホルダー』の技術開発の主任として活躍してもらいます。よろしくお願いいたします。
 とりあえず名前持ちには成れたのか。 

 そして結果を出せば更に上が見える。そう判断しても良いのだろう。 
『ブラック・ダド』に伝えよ。黒髪の娘。
はい。
 小娘に、白の手袋をはめて言伝(ことづて)を言い渡す。 
我『フォーチュン』は、お前と対等の地位を望む。才能、力、影響力、実績があるのだから当然だよ!
 小娘は乳臭くは見えなかった。後で夜の相手をさせたいと思う。私は腕を広げ己の力を誇示して見せる。 
そして名乗ろう。新しい我が名は、
 仮面の先端をこすり夜の相手へ一礼、下からその大きな胸を見上げてやった。 




『フォーチュン・ファーザー』。小娘、お前たちの上に君臨するものだよ。
 自身のカッコよさに笑みが抑えられない。雪の大地を転げまわる。地面の汚れも『ホーム・ホルダー』の本拠地を前にしたなら勲章だった。 
 転がりながら今から夜が楽しみで、身体ばかりが疼く。 

 我『フォーチュン』はその日晴れて『ホーム・ホルダー』の一員となったのだ。 
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登場人物紹介

『ヒト腹創』(ひとはら つくる)


168センチ、60キロ。

18歳。男性。


体細胞クローンを、ほぼ完璧に生み出す事が出来る「クリエイター」。

理知的だが、高慢な性格の持ち主。

チーム「化け物クリエイターズ」のリーダーを務める。

『言霊みれい』(ことだま みれい)


170センチ、56キロ。

18歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の副隊長。創の造り出した生き物に知識を与える『エンチャンター』。

『独りの戦士』という作品を執筆している。

『泉緋色』(いずみ ひいろ)


192センチ、82キロ。

18歳。男性。


創、みれいの幼馴染。いつも笑顔で『化け物クリエイターズ』の皆に振る舞っている。6年前に『ペスト』で右腕を失った。

『飼葉タタミ』(かいば たたみ)


144センチ、38キロ。

13歳。女性。


『化け物クリエイターズ』の飼育兼お茶汲み隊長。調教技能に長け『化けクリ』のキメラを鍛えている。緋色の事を『先生』と呼び慕っている。

『楽々』(らら)


155センチ、45キロ

16歳。女性。


チーム『化け物クリエイターズ』の諜報兼採取担当。タタミの親友的な存在。何事にも直感で動くタイプ。

『ジョーカー』


190センチ、88キロ。

52歳。男性。


謎の戦士。片腕を失っており義手を付けている。その剣の技術に並ぶ者は居ない。

『歯車フォーチュン』


178センチ、68キロ。

50歳。男性。


鳥形の仮面を付けた男。6年前、奈久留を死に追いやった男でもある。チーム『化け物クリエイターズ』の永遠の宿敵。

『スズキコージ』


152センチ、61キロ。

13歳。男性。


タタミに名を与えられた男の子。『コブタ』と呼ばれ茨城を彷徨っていた際、『化け物クリエイターズ』に保護される事となった。

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