第五章(二) 開眼ソース仙術

文字数 2,595文字

 小麦袋を手に、冥府まで走った。
 冥府に着いて仙徒済のダンボール・ハウスに行き、窓の下の呼び鈴を鳴らした。窓を開けて秋風道人が顔を出したので、礼を述べる。
「先日は、ご指導、どうもありがとうございました。小麦の入っていた袋を、お返しに来ました」

 秋風道人がドアを開けて出て来て、袋を受け取った。
「袋を返しに来たのはいいけど、また死んでいるようだね。下界は今、危険なの? ひょっとして、末法の世の到来とか。だったら、いよいよ世界終末保険が下りるかな」

「些細な手違いで、殺人事件に遭っただけです。世界の終末は、まだ先みたいなので、保険はまだ下りないかと」
 秋風道人は意外だといった顔で発言する。
「世界の終末は、まだかー。そろそろ、来るはずだと思ったんだけどな」

「保険の話はいいとして、実は探したい人がいるんですけど、見つからないんです。そこで、秋風道人に以前に作っていただいた、鳥をもう一度、作ってもらいたいんですが、どうでしょう」
「鳥の作成は簡単だけど、ワシは作らんよ。安易に人を頼ると、癖になるからね。天笠くんも仙人の端くれなら、自分でどうにか対処しなさいよ」

「他人の超能力を浴びて学習していますが、人を発見する能力は、浴びようがないので困っているんですよ」
 秋風道人がいささか驚いた顔で、感想を口にした。
「他人の超能力を浴びて学習するなんて、いつの時代の学習法よ。やっている行為が(ひど)く原始的だね。そういう古い方法で覚えると、修行が進んだ時に、わけがわからなくなるよ」

 明の時代の人間に「古い」とダメ出しされた。直接、超能力を浴びる方法は、間違ってはいないが、普通はやらない修行法だと知った。
 秋風道人が懇々(こんこん)と語った
「自力で屍解仙になったんでしょう。だったら、頭は悪くないんだから、もっと系統立てて、勉強しなさいよ。やればできるって」

「すいません、俺、なろうと思って仙人になったわけではないんですよ」
「どういうこと」と不審そうに聞かれたので、仙人になった経緯を話した。
 秋風道人が呆れと驚きが入り混じった顔で評した。
「天笠くんのケースは、聞いた記憶がないよ。料理を作るほうも作るほうだけど、食べるほうも食べるほうだな。いやー、時代は変わったね」

(おそ)れ入ります」と答えると、秋風道人の気が変わったのか、親身な態度になった。
「でも、仙人の力って悪行しているわけでなし。人のために働いているようだから、仙人修行の入口だけ手ほどきしてあげよう。仙人は得てして芸達者なのよ。わかる。(こだわ)りがあるのよ。美意識ともいえるね。ワシの場合は折り紙と書が趣味だから、組み合わせて仙術を使っているのよ。天笠くんの得意な芸は、なに?」

「食べることですね。どんな、不味(まず)い料理でも、喰えますよ」
 秋風道人が頷きながら鷹揚(おうよう)に話した。
「そうか、料理か。ならば、作った料理を食べて特殊な能力を発動させる技を、教えてあげよう」

「違います。料理はできますが、あくまで一般的な主婦並です。得意な芸は、食べて評価し、改良点を挙げる行為です。食べるでは、芸になりませんか」
「ちょっと待て」と秋風道人が二升ほどの容量がある(さけ)(がめ)を持って来た。
「これを評価してくれる」と酒甕から透明な液体を杯に入れて差し出した。

 一口そっと含むと、変わった酒の味がした。記憶を頼りに、評価を試みた。
「酒ですね。アルコール度数は、低めの十度。熟成年月は十年以上。酒の原料は、米ではなくて芋。糖度の高い薩摩芋ではなく、ジャガイモを使用していますね。あと、一つまみ、炒ったシナモンを加えています。少量の塩も、入っていますね。塩は精製塩ではなく、岩塩でしょうか」

 秋風道人が感心した口調で話した。
「だいたい合っているよ。確かに天笠くんの特技は、芸と呼べるね。よし、こうしよう。天笠くんは、超能力から味を感じるように心掛けるのよ。そうして、覚えた味を調味料で再現してみるといいよ。漫然と超能力を浴びて学習するより、うまくいくし、味を再現できたら、術も発動する」

 調味料を舐めて発現させる仙術なんて聞いた覚えがない。というか、本当にできるのか。
 天笠が疑っていると、「()いてきなさい」と、秋風道人が歩いて行く。
 どこに行くのかと思ったが、厨房だった。
 厨房に入ると、秋風道人は一人前用の小さなフライパンを出した。フライパンを強火に掛けた。

 秋風道人が手を打つと空中に紙と筆が現れた。筆を使って紙に手早く文字を書き、文字を書いた紙で鳥を折る。
 次に、加熱されたフライパンに鳥を入れた。鳥が燃え上がって、灰になった。灰に一合の水と混ぜて枡に入れて、天笠に差し出した。
「味を見るといいよ。人間の舌で味わうのではないよ。仙人の舌で味わうんだよ」

 一口含む。だが単なる水の味しかしない。飲み込むが、喉越しも水そのものだった。やり方が全然わからないと、秋風道人が助言をくれた。
「甘い、しょっぱい、酸っぱい、辛い、苦いを人間の舌は知る。仙人の舌も同じだよ。仙人の舌は、人の思いや記憶も、味として知ることができるんだよ。物の思いを、味に変えて感じてごらん」

 再び、水を一口含む。水の味しかしない。舌の上で水を転がして、水に篭められているであろう思いに意識を馳せた。
 水が、ほろ苦さと微かな旨みを感じた。ゆっくりと飲み込むと、舌の奥で、ほの甘い味を感じた。
 味を感じた事態を秋風道人が知ったのか、頷きながら指示を出した。
「どうやら、なにか感じたようだね。どんな味かわかったら、言ってみたらいいよ」

「炒った(かん)(ぞう)煎茶(せんちゃ)を加えて、浅蜊(あさり)出汁(だし)をちょっぴり加えたような味がしました」
 秋風道人が頷いた。
「ならば、味を再現して、みるといいよ。そうして、感じた味に天笠くんの思いを加えると、ワシの失せ物探しの鳥と、同じ効果が出るよ。あとは、超能力をどんどん味として覚えていけば、天笠くん独自の仙術が完成するよ」

 本当かどうか怪しいが、秋風道人が言うのなら本当かもしれない。帰ったら試してみよう。
 天笠は秋風道人に一礼すると、走って現世に戻った。
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