第七章(三) 動き出す黄昏園

文字数 3,093文字

 車に乗って、付近に何もない道路を飛ばすこと、三十分。途中に設置された検問を抜けて車は走って行った。車が小高い丘に差し掛かったところで停まった。
 車から降りる時に、叔父が双眼鏡を渡してくれた。丘から前方を見ると、二十㎞先に小さな施設があった。施設の前には扇形に十台の戦車が展開しており、空には二機の武装ヘリが飛んでいた。

 戦車や武装ヘリを投入して停められないほどの兵器なら、天笠に止められるとは思えなかった。
 出る幕がないのでは? と疑問に思っていると、叔父も車から降りて話し掛けてきた。
「本部の大波さんと、連絡がついた。施設内部からは連絡が途絶えているそうだ。アポカリプスBは地上に向けて、現在、進行中。このままでいけば、十分以内に地上に出現するとの情報だ」

 叔父の言葉が終わると、地上施設から爆発音が聞こえた。想定より早く、アポカリプスBが地上に出て来た。叔父がすまなさそうな顔で発言した。
「巻き込まれたらひとたまりもないので、ここで失礼するよ」
「俺のことは心配は要らないので、退避してください」

 叔父の車が去ると、戦車と武装ヘリによる攻撃が始まった。土煙の上がる方向を、双眼鏡で見た。 
 土煙の合間から断片的にアポカリプスBの姿が見えた。アポカリプスBの身長は二・五mほどで、真っ赤な色をした遮光器土偶だった。

 アポカリプスBに攻撃は命中していたが、傷一つついていなかった。なぜか、遠く離れたアポカリプスBから女性の声が聞こえた。
「攻撃中止を要請します。一度目の警告をしました」
 天笠に向かって発せられた警告ではなかった。舌に意識を集中して待つと、再びアポカリプスBから声が聞こえた。
「攻撃中止を要請します。これは二度目の警告です」

 アポカリプスBの声が聞こえたときに、舌に野菜スープの旨みと酸味の強いヨーグルトを混ぜたような味が感じた。
 仙人の舌で味を感じた以上、アポカリプスは、超能力を使って警告を発している。超能力によるメッセージの送信なら、戦車の中にいても、航空機の中にいても、聞こえているはず。
 攻撃が止んで、武装ヘリが飛び去り、戦車が向きを変えて後退した。

 アポカリプスBは歩くような速度を保ちつつ、黄昏園に向けて移動を開始した。戦車や武装ヘリの攻撃を寄せ付けないアポカリプスを停める方法は、思い浮かばない。でも、ダメ元でも挑戦するしかなかった。

 痛みを消して『激動のソース』と犬飼から学んだ『死を呼ぶソース』を舐めた。
 仙人歩きで、一気に距離を詰めて、アポカリプスBの十m前に移動した。音声を発したので会話できる可能性もある、まずは会話を試みた。
「アポカリプスBさんですよね。素直に研究施設に戻っていただけませんか」
「ターゲットを発見しました。排除します」

 殺人マシーンがする模範的な解答が返って来た。アポカリプスBの目が緑色に光った。
 攻撃を受ける前に、念動力でアポカリプスBの体を捻ろうとした。けれども、念動力はアポカリプスBを捉えると同時に消えた。

 超能力を打ち消されたので、右に仙人歩きで移動した。天笠がいた場所も光が通り過ぎた。光が通り過ぎた跡には高温で地面が数センチ熔けた跡があった。一撃を食らえば即死級の威力だった。
 背後に回り込んで、犬飼の『殺す力』を両手に込め、アポカリプスの足に打ち込んだ。『殺す力』は電気が絶縁体に防がれるが如く、アポカリプスに伝わらなかった。
 アポカリプスの頭が百八十度くるっと回転して目が緑に光った。

 仙人歩きで回避しようとすると、アポカリプスBから機械的な声が聞こえた。
「命中補正プログラム作動」
 躱せないなら学んでやれと、天笠は舌に意識を集中した。
 天笠が移動した先をアポカリプスの攻撃が捉えた。味はなかった。アポカリプスBの光線は超能力ではないので、学習できなかった。熱で大半が蒸発した足だけが残っていた。

 足だけの体に戻っても、体が再生するかどうかわからない。それでも、何度でもやるしかない。
 近代兵器も超能力も、通じない超兵器アポカリプスBを、生徒の前に立たせるわけにはいかない。
 体に戻ろうとすると、背後で「ついにやってしまったか」の男の声が聞こえてきた。
 振り返ると、冥府の裁判官である、秦広王(しんこうおう)が立っていた。

 秦広王は暗い顔で静かに話し出した。
「アポカリプスBを停めてようとしても、無駄だよ。アポカリプスBは天が傲慢に成りすぎた人間を成敗するために仙道に作らせた超兵器。一度、起動したら、止められない。見みなさい。もうじき、本当の顔を見せる」

 アポカリプスBが急に膝を突いたと思うと、体が全面、真っ黒になった。アポカリプスBに一本の大きな角が生えた。アポカリプスBは立ち上がると、前に進み始めた。
 秦広王が天笠に背を向けた。
「これから忙しくなるな。大量の亡者が冥府に送られてくる。何度も言うが、停めようと思わないことだ。アポカリプスBには人間界の武器はなに一つ通用しない。仮に、人間界にはない武器を人間が手にしても、人間には絶対に倒せない存在だ」

 秦広王が数歩だけ歩いて立ち止まった。
「本当に停めよう考えるなよ、本当にだぞ」
 再び歩き出したかと思うと、十歩ほどで歩いて立ち止まり「停めるなよ」と繰り返した。
 なんだか、お笑い芸人のようだが、気持ちはわかった。

 秦広王は、人間を滅ぼす行為はやりすぎだと胸を痛めているのではないのだろうか。だが、立場上、手助けができない。
 考えれば、冥府の御偉いさんが、下っ端を出せば済む用事を、わざわざ出向いて説明する態度は異例。
 試しに背中から声を掛けてみた。
「たとえばの話ですよ。俺がアポカリプスBを停めようとするなら、可能なのですか」

 秦広王は振り返って、優しい目をして答えた。
「仮定の話なら答えてもいいだろう。アポカリプスBは仙術によって人間の手では破壊できない仕組みになっている。世の理と言ってもいい。ただ、仙人は人間ではない。もし、天笠くんが、仙人界より強力な武器を持ち出した場合は、武器によっては止める行為が可能かもしれない」
 秦広王は人間を滅ぼしたくないのだと悟った。秦広王に一礼すると、武器を借りるために、仙徒済まで全力で走った。

 仙徒済の受付で、激しく呼び鈴を鳴らした。
 秋風道人が窓から顔を出したので、頼んだ。
「仙徒済に武器を置いていませんか。あったら、お貸しください」
 秋風道人が顔を顰めて応じた。
「いきなり、やってきて、武器を貸せって、ただごとではないね。どうしたの?」

「アポカリプスBが人間を襲い始めたんです」
 秋風道人がそっけない態度で発言した。
「悪いけど、武器は貸せないよ。ずっと昔に、偉い仙人たちの間で、議論の末にアポカリプスBが起動しても人間には手を貸さないと決めたからね。ワシだけが決め事を破るわけにはいかないよ」

「ですが、このままでは、世界がアポカリプスBによって滅茶苦茶にされますよ」
 秋風道人が全く気にしないといった様子で応じた。
「そうだよ。滅茶苦茶になるよ。だから、世界の終末が来た時のために保険に入っておきなさいって勧めたでしょ。入っておかなかった君が悪いよ」

 秋風道人は世界終末保険に加入していると明言していた。秋風道人は世界が滅んでも困らない仙人だ。
 仙徒済から武器を借りられないなら、どこかで調達してくるしかない。だが、そんなに時間はない。
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