第六章(四) 始まらない授業と最強の超能力者

文字数 1,822文字

 翌日、教室に行くと、四人は授業時間よりも早く来ていた。されど、授業の気配はなかった。
「今日の授業は?」と聞くと、蓮村が澄ました顔で答えた。
「ありません。ただいま、資金集めの段階から計画を見直しています。教材の選定と教師の採用に関しては、執行部で準備しています」

 生徒が授業の準備をして、先生が待ちの姿勢は間違っている気がする。だが、蓮村に任せたほうが早く進む未来は必定。
「俺がする仕事、ないの?」
 蓮村が澄ました顔で、自然な口調で命令してきた。
「あります。天笠先生は外に営業に出てください」

 授業の準備を生徒に任せて外に営業に出る教師って初めて聞いた。既に教師の体をなしていない気がするのは、気のせいだろうか。営業の中身を聞く前に蓮村が淡々とした表情で教えてくれた。
「先生は学校に来ない生徒の家を回って、学校に来るように説得してくれればいいです。黄昏園と協議の結果、先生の一回の訪問に付き、手数料を得る契約に成功しました。もし、説得に成功した場合は、成功報酬がクラスの運営資金として入手できます」

「俺は、蓮村案に賛同した覚えはないが」
 蓮村が皮肉っぽく笑って問うてきた。
「嫌なら、いいです。別に資金を集める方法を考えます。ただし、そうなると、クラスの運営に天笠先生だけが貢献できませんが、先生の気分として、問題ありませんか」

 チクチクと嫌な言い回しをする。
「わかったよ。俺は営業に出るよ。どうせ、クラスの運営が始まるまで、やる仕事も全然ないし」
「賢明なご判断です。では、さっそくお願いします」
 不登校生徒の家を回る作業が始まった。
 やってみれば、天職だった。

 普通なら、超能力を持つ不登校生徒を見つけるまでに苦労するだろう。だが、手元に『第六感ソース』がある。
 黄昏園の狭い範囲なら不登校生徒を見つける行為は余裕だった。また、生徒からの超能力による暴力も歓迎だった。

 痛みは遮断できるし、死ぬほどの怪我でも、半透明状態から肉体に戻れば、たちどころに治癒する。
「さあ、俺にぶつかって来い」と熱血教師ばかりに超能力を浴びては、ソースのレシピを増やした。
 どんな攻撃に(さら)されても、何度も現れる天笠の前に、ある者は心開き、ある物は怯え、時には心酔(しんすい)され、生徒たちは次第に学校に来るようになった。

 ほぼ全員が学校に来るようになって、三日が過ぎた頃、蓮村に呼ばれた。
 敏腕会計士のように冷静な顔をした蓮村が、幾分か柔らかい口調で許可を求めてきた。
「先生の献身的な貢献のおかげで、潤沢に資金が調(ととの)いました。クラス運営規約の整備、教材の確保、教師役の選定と整ったおかげで、授業の再開が可能になりました。明日から早速、授業を開始したいのですが、よろしいでしょうか」

「わかった。よろしく頼むよ」
 生徒の多大な助けを借りて、やっと教師らしい仕事ができる。明日からの希望を胸に、学校から帰る仕度をしていると、職員室に大波が現れた。
「食事、まだでしょう」と大波から誘ってきた。

 大波からプライベートで食事に誘ってきた過去はない。断ろうとは考えなかった。
「明日から授業が始まるので、遅くならないのでしたらいいですよ」
 大波と一緒に一度、黄昏園の外に出た。

 外には、一台のリムジンが停まっていて、乗ると、豪華な三段重の幕の内弁当が用意されていた。
 食事に付き合ってといわれて、車の中で弁当を食べる状況は初めてだった。弁当に箸を付けようとすると、大波が真剣な顔で質問してきた
「天笠くん、黄昏園が勧めているアポカリプス計画って、知っている」

 食事の時にする話題ではなかった。
「ドミンゴ・犬飼と名乗る超能力者が対戦を希望してきた折に、アポカリプスBがどうのと口にしていた気がしますが、誰ですか、アポカリプスBさんって」
 大波は顔を少しばかり曇らせて、親身口調で忠告してきた。
「知らないなら、いいわ。ただ、アポカリプス計画には参加してはダメよ。あれは世界を破滅に導くわ」
 わけがわからんが「わかりました」と答えると、弁当を持ったままの状態で、リムジンから降ろされた。

 大波は言いたい言葉だけ言うと、リムジンに乗ったまま走り去った。
 いきなり呼ばれて弁当を渡されて、放り出される行為は、あまりにも酷い気がする。結局、一緒に食事をさせてもらえなかった。
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