第三章(一) つまらない死に方

文字数 2,320文字

 北海道の原野の中に、黄昏園はあった。バスは、一日に二本が出ていた。最寄りの小さな街まで一時間は掛かる。
 超能力者の育成機関なので、他人目(ひとめ)につかない場所にある状況はいい。だが、施設を見ると、なんとも一言いいたくなるような外観だった。
 黄昏園は、壁で囲まれた円形の小さな街だった。

 施設面積は百七十万㎡、外周が巨大な壁で覆われていた。壁はコンクリート製で、厚さ二m、高さが七m。侵入を警戒しているのか、脱走を用心しているのか不明だが、威圧感が半端(はんぱ)ではなかった。
 壁の周囲には幅三mの堀が巡らされており、塀の上では無骨な監視カメラが、絶えず光っていた。入口は正面と西の二箇所、正面が人間用で、西は物品搬入用。どちらの入口にも警備員が立っている二重ゲート。

「超能力者育成施設ではなく、隔離施設ではないだろうか」
 携帯で地図情報を出して見ると、表向きは有料刑務所となっていたので、笑えなかった。
 とはいえ、施設に足を踏み入れる行為に問題は感じなかった。いざとなったら、一度、死んでから現世に戻れば、実家の仏壇の前だ。脱走手段があるとわかっていると、入るにも楽だった。

 入口で警備員に入園許可書を見せると、ゲートを開けてくれた。最初のゲートが閉まると、二つ目のゲートが開いた。二つ目のゲートを潜った。後方でゲートが大きな音を立てて閉まった。
 壁の内側に着いた。入口から右手には、アパートが立ち並んでいる住宅街。左手にはコンビニ、本屋、電気屋、靴屋、衣料品店、スーパーが、纏まって建っていた。壁の中で生活が完結する、小さなコミュニティになっていた。

 黄昏園の中央には、また壁が見えた。事前に貰った資料では、街の中央にこれから通う施設がある。施設には、入所後、五日以内に顔を出せば良いとなっていた。
 到着した日は夜中まで掛けて引っ越しを終えた。翌日、手続きをするために、十時に施設に顔を出すために移動する。町の中央にある壁の内側に入った。

 中心部にはドーム型の野球場を思わせる建物が南北に二つがあった。ドームは片方が黒で、もう一方が白。地図によると二つのドームが繋がっており、瓢箪型(ひょうたんがた)になっていた。瓢箪型の建物の周りは公園。公園には人が、ほとんどいなかった。
「おかしいな、規模からすると、もっと人がいそうなものなんだけど。みんな、時間に厳格に生活しているのかな。時間にルーズではないけど、笛で号令されるような生活だと嫌だな」

 近くの案内板によると、北の黒いドームがA棟で、南の白いドームが本館となっていた。
 手続きは本館でする。まっすぐに道路を進んで、白いドームの本館に入った。入口には上半身だけの赤いロボットがいて、無人だった。
 ロボットに身分証を提示すると、ゲートが開いた。本館の中は綺麗な近代的な建物だが、やはり、人がほとんどいなかった。

 入ってまっすぐ行くと、四畳半ほどの広さの五つの小部屋があった。
 小部屋の前には発券機があり、ボタンを押して券を取った。待っている人が誰もいなかったので、すぐに「五番の部屋にお入りください」と機械的なアナウンスが流れた。
 小部屋の中は、部屋の中央がアクリル板で区切られていた。天笠が入ると、向かいの扉が開いて、マスクをしてサングラスを掛け、背広を着た若い男の職員が出てきた。

 なんか、拘置所の面会に来た弁護士に会っている気分だと、少し嫌気がさした。
 職員が何かすると、壁の一部が開き、小さな机の抽斗(ひきだし)のような箱が迫り出してきた。
 事務的な口調で職員が「書類を入れてください」と発言した。持って来た箱に、書類を入れた。
 箱が壁側に引っ込んだ。明らかに接触を制限されていた。

 職員が白い手袋したまま、書類を調べて「問題ありません」と、下を向いて書類を見たまま口にした。再度、箱が壁から出てくると、ICチップが埋め込まれた身分証が出てきた。

 職員が天笠と目を合わさないようにしながら、話を進めた。
「身分証は、クレジット機能を備えています。黄昏園の中での買い物はできるだけ、身分証のクレジット機能を使用してください。後は、明日の九時に、A棟の職員室に顔を出していただければ、手続きは全て完了します。他に、なにかご質問は」

「ないです」と答えると、職員は黙って退室した。なんか、感じが悪い職員だった。黄昏園の職員は、みんなこんな態度なのだろうか。
 接客を売る居酒屋のポスターのように全員が笑顔で「わたしたちが黄昏園です」と微笑めとは言わんが、もう少し愛想があっていい気がする。

 本館から出て、本屋に立ち寄った。本屋には本が一通り揃っていたが、店員の姿は見当たらなかった。代わりに、天井に釣り下がっているレールの上を、箱が移動していた。箱が止まると、天井から伸びるロボット・アームが本を補充する。

 清掃員の代わりに、バケツ型の清掃ロボが店内を掃除していた。レジにも、店員の姿はなかった。 
 本の入った籠を清算台の上に置き、清算機に身分証を翳すだけ。ハイテクな本屋だと思ったら、スーパーにも人がいなかった。

 全てロボットが稼動(かどう)していた。靴屋に入ってみても店員がいない。どの店も音声案内は馬鹿丁寧だが、全く温かみがなかった。
「夜になったら、人間とロボットに擦り替わって行くSFホラーを地で行く町みたいなのは気のせいか」
 こうなってくると、さっきの男性職員も、実はロボットではないだろうかと疑いたくなる。人気(ひとけ)がない町並みの綺麗さが、よりいっそう、不気味に感じさせた。
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