第七章(四) 動き出す黄昏園

文字数 3,105文字

 地獄にいる鬼の金棒でもいいから借りられないかと考えていると、背後から「ちょっとごめんよ」と声が聞こえた。
 振り返ると、白い髭を生やした老人がいた。老人は赤いアロハシャツに、ジーンズを穿(は)いていた。
 老人には、全く気配がなかった。天笠が一歩、横によけると、老人は秋風道人に「やあ」と挨拶する。
「大黒真人、お久しゅうございます」と秋風道人が頭を下げた。

「秋風道人。久しぶりだの。秦広王の奴に、呼ばれてな。世界の終末を、見に来たよ」
 秋風道人が頭を下げるのだから、大黒真人は偉い仙人だ。ダメ元でお願いしてみた。
「初めてお会いする方に頼むのは心苦しいのですが、地上で暴れるアポカリプスBを停めるために、どうかお力を貸していただけないでしょうか」

 大黒真人は淡白な顔で「いいよ」と口にすると、秋風道人の顔色が変わった。
「大黒真人、ダメですよ、手を貸したら。人間がアポカリプスBを動かしたら停めない、って決めたでしょう」
 大黒真人は全く気にした様子がなく、軽い口調で発言した。
「あいつらの決めたことなんで、ワシは知らんよ。それに、ワシは元々、賛同した覚えはないし」

「大黒真人、そんな態度だと、また、怒られますよ」
 知るものかといわんばかりの顔で、大黒真人は憎まれ口を叩いた。
「怒りたいなら好きなだけ怒ったらいいさ。聞く気はないけどね。気にもしないし。腕尽くで、と言うなら、いいよ。受けて立つから」

 秋風道人が弱った顔で小言を述べる。
「また、そんなセリフを言って、後でどうなっても知りませんよ」
 大黒真人は「フン」と口にして横を向いた。
 秦広王の計らいに感謝した。大黒真人なら手を貸してくれると踏んで、招いてくれた。ならば、利用しない手はない。

「それで、どのように手を貸してもらえるのでしょうか」
 大黒真人は「ふむ」と口にして(あご)(ひげ)を撫でてから、手を合わせる。空中に、さっと脇差(わきざし)が現れた。
「道具を貸してあげようか。仙人界製だから、アポカリプスBにも効くよ」

 手を出して脇差を受け取ろうとすると、秋風道人がダンボール・ハウスから凄い勢いで出てきて、天笠を横に引っ張って行った。
「天笠くんも仙道の端くれなら、今回の出来事については黙っていてよ。人類が一度、滅びたって、消滅するわけではない。また、世界が再構築されるから」

 天笠が「うん」と首を縦に振らないと、秋風道人が条件を出してきた。
「よし、わかった。こうしよう。ワシの権限で、天笠くんの位を屍解仙下位から屍解仙上位にランクアップしてあげよう。上位屍解仙になれば、仙界にも天界にも好きな世界に行けるよ。これでどう」
「お気遣いありがたいのですが、下界では俺を待っている人間がいるんで。俺は俺を信じてくれる人を、裏切りたくないんです」

 秋風道人を振り切って、大黒真人の前に行って脇差を受け取ろうとした。すると、大黒が脇差を持った手を挙げた。
「やっぱり、道具を貸すには条件があるわ。ワシに碁で勝てたら、貸してあげよう」

 視界の隅で秋風道人が胸を撫でおろす姿が見えた。
 どうやら、碁で勝負しては、万が一にも、勝ち目はないらしい。勝ち目がない勝負は、しない。
「すいません、碁でなければ、ダメですか? PCシミュレーション・ゲームなら勝てると思うんですが」

 大黒真人が意地悪な顔で笑って発言した。
「ほほう、コンピューター・ゲームならワシに勝てると言うのか。面白い、なら、君の得意なPCシミュレーション・ゲームでもいいだろう」
「では、俺の家まで、一緒に来てもらっていいですか。家のPCに、インストールしてあるので」
「いいよ」と大黒真人が答えると、秋風道人も「では、私も」と一緒に来ようとした。

 すると、良いタイミングで厨房から馬頭が走ってきた。
「すいません、秋風道人。急遽、三万人分の弁当の発注が入ったので、手伝ってください」
 馬頭は秦広王の差し金だと見て間違いない。
「え、いや」と秋風道人が躊躇(ためら)うと、大黒真人が咎めるような顔で注意した。
「秋風道人、冥府の役人が困っているなら、手伝ってあげなさい。仙道と冥府の友好的関係を保つのも、仙徒済当番の務めでしょう。ワシだって、子供じゃないんだから、下界には一人で行けるよ」

 大黒真人に命令されると秋風道人は弱り果てた顔で「わかりました」と、厨房に走って行った。
 外に出て冥府まで走っていこうとすると、大黒真人が止めた。
「足は私が出そう」大黒真人は手を叩いて、白紙の色紙と筆を出した。大黒真人は一瞬で立派な牡鹿を描いた。

 描かれた牡鹿が光ると、色紙から抜け出して、実体を持った。
 牡鹿の背中に大黒真人と一緒に乗った。牡鹿が駆け出した。牡鹿は天笠がいつも長時間を掛けて移動していた現世まで、十秒も掛からずに広い冥府を駆け抜けた。時空の歪みの前に来ると、牡鹿は再び色紙の中に戻り、大黒真人が色紙をしまった。
 時間の歪から、実家の仏壇の前に戻ると、天笠は「少し、お待ちを」と声を掛けて、すぐに、ホーム・セキュリティの警報装置を解除した。

 大黒真人と一緒に天笠が使っていた部屋に移動した。PCを起動して、PCシミュレーション・ゲームの《文明の攻防Ⅴ》を起動した。
 ゲームを起動すると、ゲームのチュート・リアルで説明しながら、操作方法を教えた。一時間ほど掛けてチュート・リアルを終えた後に質問した。
「操作方法とルールは、お分かりいただけたでしょうか」

 大黒真人は、満足げな顔で感想を述べた。
「初めてやるけど、操作方法は難しくないね。ルールは理解できた。よし、さっそくやろうじゃないか
 天笠はどこまでも下手に出ながら、申し出た。
「今やっていただいたプレイは、あくまでも説明のためのゲームです。俺と対戦するまえに、シングル・プレイ・モードでゲームをしてみませんか。一度、通してやってもらってやったほうが、戦略もわかると思いますし、なによりも楽しめると思いますよ」

「そうかね。じゃあ、一回、機械とやってみるか」
 ゲームの設定に際して一番広いMAPで、参加するAIの数に最大を選択しておいた。
 選択には意味があった。ゲームはMAPが広く、参加するAIの数が多いほど、長く掛かる。 
 最大を選んだ場合は、大黒真人がどんなに速く操作をしても、AIの処理の都合上、六時間以上は掛かる。

 碁より勝ち目があるとはいえ、大黒真人は仙人である。勝てないかもしれない。まともに勝負をするのは危険だ。
 むしろ、ゲームに熱中している間にこっそりと脇差を借りて、ゲームを終えるまでに返したほういい。
 大黒真人はPC画面に向かい合いゲームを始めた。大黒真人の持ってきた脇差を置いた位置を確認した。

 脇差は大黒真人のすぐ隣にあった。
 ゲームが始まって三十分ほどすると、大黒真人はすっかりゲームに集中していた。家に備蓄していた災害時用ミネラル・ウォーターとコップをお盆に載せて、部屋に戻った。
「お水を持ちしました」と声を掛けると「ああ」と大黒真人は生返事をした。
 ごく自然な態度で、お盆を持って近寄り、脇差を横によけてミネラル・ウォーターの載ったお盆と交換した。

 後はゆっくりと脇差を鞄に入れて家を出た。交通機関を使って黄昏園に戻ると、半日は掛かる。
 一般人のいる場所で、仙人の能力を使いたくなかったが、非常事態なので、走ろうと決めた。仙人の走法を駆使して、黄昏園まで走って戻った。
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