第四章(二) まずは生徒を集めるところから

文字数 1,852文字

 蓮村が帰った後に、竜宝についての身上調書を画面で検索した。画面の右半分には、竜宝の胸から上の写真が表示された。
 髪はショート・カットだが、髪はボサボサ。目はどこか虚ろで、目の下には、化粧とも本物ともわからない、クマがあった。表情はで(やつ)れ気味。

 データが正しければ、十七歳だが、普通の十七歳には見えなかった。あまりに痩せているので、病気を抱えているか、家庭環境が貧困なのかと思った。
 だが、身上調書には特段の記載がなかった。持っている超能力は、遠くの風景を写真に撮る念写と記述されていた。

 不登校になって一年余りとなっていた。不登校の原因については、記載されていなかった。成績や性格を見ると、特に問題となる記述はなかった。中身を読む限りは、不登校を別にすれば、問題児ではなかった。
「怪しい」と勘が働いた。

 身上調書に、生徒が起こした事件や抱えている問題について記載がない可能性が浮上した。もし、亜門のファイルを開いて、暴力問題がなければ、想像は当たりだ。
 亜門のファイルを開こうとすると、赤文字で『危険』と書かれた画面が表示された。画面の「進む」ボタンをクリックすると、先に進めるので、秘匿(ひとく)扱いではなかった。亜門のファイルについては、きちんと過去に起こした暴力事件の記載があった。

「亜門が危険扱いなのに、亜門以上の問題児が危険扱いではないのは、おかしい。これは誰かが、情報を書き換えたな」
 職員室を出て、本館の学生課に移動した。
 思った通り、政府のお墨付きを貰っている機関だけある存在だった。電子で保管すれば済む情報を、丁寧にも紙の情報ファイルで持っていた。

 紙の情報ファイルには、一ページ目に赤字で危険の文字があった。中を見ると、電子情報との差異もあった。
 竜宝の超能力は物体を消滅させる能力だった。消滅した物体は、どこに行くか不明。生徒の内では「神隠しの竜宝」と呼ばれていた。

 竜宝は少なくとも、五人の人間を消滅させていた。消滅させた人間の中には、竜宝の両親や黄昏園の教師も、含まれていた。また、突如として気分が変わる、病的な性格との記載もあった。
「これは、あれだね。蓮村は竜宝と明峰を使って、俺を始末しようとしているね。やけに協力的だと思ったら、当然の如く、裏があったな」

 人の手を使って教師を消す試みは褒められたものではない。だが、竜宝と向き合える人間は天笠しかいない事実も理解した。
 お骨状態から復帰ができた。なので、肉体が消滅しても復活できるかもしれない。どうせ、二度は死んでいる命で、仙人をやっている身だ。竜宝のような人間と向き合うためには好都合と割り切った。

 竜宝の能力は理解した。だが、能力が消滅では、有効な対策はなかった。ないなら、ないで出たとこ勝負で行ってやれ。仙人は死なずだ。
 竜宝の家は一軒屋だった。ただ、庭は荒れて雑草が伸び放題だった。家の玄関から門の前まで獣道のように細い道があるので、竜宝は家から外に出入りしているようだった。

 玄関の呼び鈴を二度、鳴らす。けれども、応答がなかった。五分の間隔を置いて、再び二度、鳴らす。同じ動作を繰り返した。
 鳴らして、待って――を繰り返すこと二十分後に、誰かが、玄関に出てくる気配があった。そこで、声を上げた。
「黄昏園で教師をやっている者です。竜宝杏さんは、いますか。いたら、少しお話をさせていただけませんか」

 玄関のドアを開けて竜宝が顔を出したので、笑顔を心掛けて挨拶した。
「こんにちは、竜宝さん、天笠庵といいます」
 どこか疑うような目を向けて、竜宝は軽く頭を下げた。
「竜宝さん、学校に来ていないようだけど、登校してくれないかな」

 竜宝が右掌を出して、軽く天笠に向けて振った。
「なに、をしているのかな」と訊ねた。「幻かどうか、確かめているの」と返ってきた。
 暗い顔で、竜宝がどこか虚ろな感じで言葉を口にする。

「私の前に出る存在は、いつも幻。気が付けば、全てが(はかな)く消えている。友達も両親も、先生も、そう。この世は全て、泡沫の夢のようなもの。この世にいる人間は私だけ。世界は、すでに終わっている。私は、そんな幻の中で生きている」
 言動は自己防衛の表れだ。竜宝の超能力は、相手を消滅させる能力。意図せずして、大事な存在を消した罪の意識から逃れるために、相手は幻で最初からいなかったとしている。危険な兆候だが、向き合うしかない。
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