第四章(四) まずは生徒を集めるところから

文字数 2,695文字

 実家の仏壇の前から冥府に移動して、ひたすら走った。仙徒済のダンボール・ハウスに来て鈴を鳴らした。
 だが、秋風道人は出てこなかった。喫茶コーナーを覗くが、いなかった。食堂コーナーに移動するが、客席に姿はなかった。

 前回、料理人の服を着ていたので、厨房を探した。
 厨房は外から見ると、想像できないほど広く、サッカー・コートの二面ほどもあった。鯰の体内と同じで、厨房内は別空間だった。
 秋風道人が鬼に混じって、体よりも大きな中華鍋を振っていた。「秋風道人」と声を掛けると「今、忙しい」と怒鳴るような口調で返って来た。

「忙しい」と怒られたが、お客の鬼の姿は、ほとんどなかった。少し待ったが、周道人が次から次へと料理を作るので、一向に終わる気配がなかった。
 こうなれば、手伝うしかない。手伝ったほうが後から物を頼みやすいし、いつぐらいに終わるか、目処も立つ。

「惣菜なら、得意です。手伝いますよ」と声を掛けると「餃子(ぎょうざ)と春巻きを頼むよ」と秋風道人から返事があった。
 返事と同時に、着替えの衣装が文字どおり飛んできた。
 外で着替えて、厨房で働く鬼から、材料のありかを聞いた。

 ひたすら中華饅頭(まんじゅう)のような特大の餃子に、具を包んで行った。鬼がやってきて、餃子の皮を天笠の横に積んだ。餃子の皮の量は、天笠の体重の三倍くらいあった。
 仙人の力を余すことなく使うときが来た。手先に気を集中させる。気合いを入れて、関節を柔軟にして、高速で餃子を包む。

 高速での餃子の作りは難しかった。力の入れ加減を誤ると、すぐに皮が破けた。だが、速度を出すには、皮を少し犠牲にしても、挑戦し続けるしかなかった。
 徐々に力の入れ加減がわかってきた。コツを掴むといけそうだったので、片手で包めるかどうか、試してみた。

 問題なかったので、両手を使い、一度に二個の餃子を作った。さらに、念動力も駆使した。餃子の皮を宙に浮かせて、餃子焼き機に向かって投げた。
 餃子の皮が空中にある段階で具を包み、餃子焼き機に飛んでいく僅かな時間の間に、餃子を完成させた。

 次々と餃子を空中で完成させ、マシンガンで作るように異常な速度で餃子を作った。
 おおよそ、一万個を作った辺りで餃子の材料が尽きたので、春巻きに取り掛かった。春巻きを同じく、空中で作成してマシンガン方式に油の入った鍋に投入する。

 油が撥ねたところで目に力を集中すると、油滴が止まって見えた。そこで、油の挙動に合わせて、念動力で油に空中で回転をつけ、鍋に戻した。跳ねた油は一滴残らずまた、大鍋に戻った。春巻きも数千本は作った。

 秋風道人の大きな叫び声が響く。
「饅頭ができてないよ。誰か、肉饅を作って」
「了解しました」
 春巻きを切りのよいところで切り上げて、饅頭作りに取り掛かった。素材を前にして、猛然と肉と野菜を刻んだ。

 あまり切り方が早かったので、全ての食材に包丁を入れても、素材が崩れなかった。しかたなく、手を叩いて一拍の間を置く。
 素材が、音の合図で切られた事態を察知したかのごとく、小間切れになった。手早く具を混ぜながら、同時に皮も作った。

 鬼が蒸篭(せいろ)を開けた瞬間に、空中で饅頭を完成させて、放り込む。鬼がひたすら、蒸篭を開けて閉めて蒸していく。
 気が付くと、秋風道人が怖い顔をしてやって来た。蒸した饅頭を一つ手にとって口に入れると、顔付きが途端(とたん)に柔らかくなった。
「頼んだはいいけど、味が心配でね。なるほど、これなら人には提供できるレベルだよ。どこかの料理屋で働いていたの」

「人間だった時は、料理について、味を評価したり、アドバイスしたりする仕事だったので、料理は勉強したんですよ。対象となる料理は惣菜(そうざい)がメインだったので、餃子、春巻き、饅頭は得意なんですよ」

「助かったよ。誰かが、五千人分の弁当を作らなきゃいけない日を、勘違いしていてね。厨房(ちゅうぼう)に弁当はまだかと、催促が来たんだよ。そしたら、運悪く、厨房の鬼の大半が昼休みに行っていたのよ。手伝ってくれって駆り出されたんだけど。もう、仙人のワシが入っても、てんで手が足りない状況だったわけ」

 秋風道人が思い出した顔で付け加えた。
「それで、天笠くんは、なんで来たの? 厨房を手伝いに来たたわけではないでしょう」
 竜宝のところで起きた経緯について話した。
「なるほどね、鯰は『時知らず』の一種だね。『時知らず』ってのは、体内に時間の流れが違う空間を飼っている生き物だよ。便利な生き物でね。普通、飼い主は、飲み込んだ物を吐き出せる行為が可能なんだけど、きっと竜宝って子は、大事に思いすぎたんだね。『時知らず』が飼い主の感情を汲み取って、大事に保管しているんだろうね」

 大事だからこそ、手放せない。手放さないがゆえに、戻らない。戻らないために、悲しみが生まれる。悲しみから逃れようと、安直な嘘を吐く。
 竜宝の手では、絶対に負の連鎖を断ち切れない。なら、俺が負の連鎖を断ち切ってやるしかない。
「中に囚われている人間を助けるには、どうしたらよいでしょうか。もう一度、鯰の口から中に入って、空間の歪みから単純に引っ張り出しても問題ないでしょうか」

「天笠くんの心配通りに、大いに問題があるよ。普通の人間は、空間の壁を越えられないからね」
 秋風道人が近くの鬼に頼みごとをした。
「小麦の入っていた空き袋を持ってきて。一番上等の小麦が入っていた袋だよ」
 小麦が入っていた麻の袋を鬼が持って来た。袋は大きく、大きな大人がすっぽりと入れる袋だった。

 袋を受け取ると、秋風道人が袋を確認してから、天笠に渡した。
「『時知らずの』の体内から人を助ける時には、この袋に入れて出すといいよ。天界から地獄まで直送しても、中の小麦が全く(いた)まなかった、仙人界製の袋だからね。この袋に入れて人間を運べば、中に入れた人間を傷つけずに運べるよ」

 秋風道人から、袋を受け取った。だが、ただの大きな小麦の袋にしか見えなかった。本当に大丈夫なのだろうかと疑っていると、秋風道人が釘を刺した。
「袋は使ったら返してよ。貴重な袋だから、リサイクルするから。あと、『時知らず』の体内で動きが遅くなるからといって、力任せはダメだよ。天笠くんは高速で動きながら、柔らかい、餃子や春巻きを作れたんだから、同じ感覚でやるといいよ」
 手伝いが思わぬ修行となった。秋風道人に礼を言って服を返して、現世に戻った。
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