第六章(五) 始まらない授業と最強の超能力者

文字数 1,875文字

 家で豪華な三段重の幕の内弁当を食べていると、玄関の呼び鈴が鳴った。
 出ると、運転手の格好をした叔父が待っていた。叔父は軽く挨拶すると、真剣な顔で用件を切り出した。
「庵くん、悪いが、黄昏園からの急ぎの呼び出しが来た。一緒に来てくれないか」

 本来なら飯が終わるまで待って欲しいところだが、世話になった叔父の頼みとあらば、仕方がない。
 弁当を冷蔵庫に入れて、外に出た。叔父の運転する車に乗って、前から疑問に思った内容を尋ねた。
「叔父さんは今、なんの仕事をしているの」
 叔父は言いづらそうに「うん。まあ。色々だよ」と言葉を濁した。

 言いたくないなら聞かないが、不思議な人だった。車に乗って、本館まで移動した。本館前で叔父と別れた。
 ロボットが管理する本館の入口を通って、黒い部屋に移動しようとした。すると、入口のロボットから渡されたタブレットPCには、別の経路が示されていた。

 今回の経路は下ではなく、上だった。三階でエレベーターを降りて、タブレットPCに表示される順路に従って、歩いて行く。
 立派な樫の木でできた扉があった。扉を開けると、天井がガラス張りの部屋だった。
 壁三面は本物かどうかわからないが、水槽になっており、カラフルな熱帯魚が泳いでいた。部屋の中には木製の机とソファーからなる、応接セットがある。

 机を挟んで向こう側に一人の年配の男がいた。年配の男は天笠より一回り大きく、グレーのスーツを着ていた。男の顔は彫りが深く髪は真っ白、目付きは鋭かった。
 男は天笠に席を勧めると、話し掛けてきた。
「私は、黄昏園の管理を任されている、藤林清正だ。呼び出して悪かったが、急な話があってね」

 藤林の声には、聞き覚えがあった。真っ黒な部屋で、常に正面にいて議論を仕切っていた男だ。
 藤林が眉間に皺を寄せて言葉を続けた。
「天笠くんの存在が黄昏園の中で問題になっている。しかも、あまり好ましくない状況だ」

 勝手に決闘をした行為を怒っているのだろうか。
「悪事はしていませんよ。先日の戦闘だって、犬飼から仕掛けて来ました。戦いにはなりましたが、俺は犬飼を傷つけることなく、場を収めました」

 藤林が硬い表情で、ゆっくりした言葉で説明した。
「黄昏園は超能力者と融和した社会を目指す組織だった。だが、時が経って組織が大きくになるに連れて、超能力者を管理しようと考える人間が増えてきたのだよ。我々は管理派と呼んでいるがね。管理派が今回、天笠くんにドミンゴ・犬飼を差し向けた」

「別に俺に刺客を次々と送ってくる分には、問題ないですよ。俺も、生徒に手出ししてこない限りは穏便に済ませるつもりですし」
「おそらく、刺客はもう送って来ないだろう。送れない、と表現したほうが正しいのかもしれない。管理派の手駒の中で、ドミンゴ・犬飼より強力な超能力者はいない」

 最強の超能力者より最弱の仙人のほうが強いらしい。仙人は人間ではないので、同じ土俵で比べる事態がおかしいのかもしれないが。
「では、問題ないのでは」

 藤林が険しい表情で、強い語調で語った。
「逆だよ。力尽くで、天笠くんを倒せる人間はいないとなった今、管理派にとって天笠くんは排除対象だ。普通ではない手段に訴えて来るだろう。そこで、天笠くんには教師を辞めて最強の超能力として、ある計画に参加して欲しい」

 今の流れを、大波は予想していたと見ていい。ある計画とは、中身がよくわからないアポカリプス計画だろう。大波は反対していたが、藤林は賛成している。どちらが、信用できるかは不明だ。
「ある計画の中身を、教えてくれませんか」
「残念だが、計画の詳細は、参加を表明してくれないと教えられない」

 なんか、胡散臭(うさんくさ)いな。大波も全面的に信用できないが、藤林も信用し難い。藤林が何も言わず、天笠の返事を待っていた。
 どちらが信用できるかではなく、どちらが信用できないかで選択を決めた。
「言っておきますが、アポカリプス計画なら参加しませんよ」

 藤林の眉が跳ね、探るような口調で質問してきた。
「どこまで知っているんだね、君は」
「名前だけで、他は何も知りません。このまま教師でいられれば、ずっと知らないままで済むなら、知らないでおきたい」

 曇った顔で藤林が「残念だ。ならしかたない」と短く口にした。
「俺は用済みで、黄昏園から追放ですか」
 曇った顔のまま藤林は締め括った。
「いいや。今までどおり教師を続けてくれ構わない。話は、これまでだ」
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