第二章(三) 俺は一人じゃない

文字数 2,245文字

 実家に戻った。一人となった実家は、寂しい。だが、両親が穏やかな気分で冥府で過ごしていると思うと、気がだいぶ楽になった。
 しばらくは会えないが、仙人なので、修行が進めば天界に行ける未来があるからかもしれない。
 お腹が空いたので冷蔵庫を開けて、余っていた冷凍炒飯(ちゃーはん)(あたた)めて食べた。炒飯を食べ終わって、風呂から上がると、呼び鈴を押す音がした。

 赤色のジャージ姿で出ると、ホーム・セキュリティの警備員が二人、立っていた。
 天笠を見ると、警備員は丁寧な口調で質問してきた。
「貴方は、ここの家の人と、どういうご関係ですか。よろしければ、名前も教えてくれませんか?」
「この家は俺の実家で、名前は天笠庵です」

 警備員の顔が急に(けわ)しくなった。
「嘘を()くんじゃない。天笠さんの息子は既に死んでいるんだよ。一緒に警察まで来てもらうよ」
 警備員に有無を言わさず連行されて、警察へ連れて行かれた。指紋も採取された。警察でも事情を聞かれて、名前を素直に答えると、取調べの刑事に怒られた。

「とぼけるんじゃない。遺体安置所にある遺体は俺も確認している。天笠庵は既に仏になっているんだよ。警察署には試食人毒殺事件の捜査本部もできている。お前は、天笠庵に成りすまして何を企んでいる。天笠庵とは、どういう関係だ。正直に言え」

 まさか、自分自身を殺した罪で容疑者になるとは思わなかった。
「俺は死んでないんですってば、俺は生きているんですよ」
 刑事は天笠の言葉を聞いていなかった。眼は完全に疑っていた。どう説明したらわかってもらえるかと思うと、別の制服警官が入ってきて、刑事にそっと報告した。

 報告を受けた刑事が、自信たっぷりに口を開いた。
「ほらみろ。被害者から、お前の指紋が検出された。被害者の指紋と、お前の指紋が一致したぞ」
「本人だからですよね」 
 刑事が発言の矛盾に気付いた顔をした。刑事が入ってきた警官に「本当か?」と尋ねると、警官は頷いた。

「だから、俺が天笠庵なんですよ。信じてくださいよ。俺は生きているんですよ」
 警官の態度が、少し弱腰になった
「本当に天笠庵さん? なんか、身分を証明する物を持っていますか」

「風呂から上がって寛いでいるところを連れて来られたので、何も持っていません。ですが、生年月日、携帯電話の番号、両親の名前も答えられますよ。どうぞ、なんでも聞いてくださいよ。きちんと答えますから」

「八日間、どこにいて、何をしていました?」
「冥府で仙人をしていました」とは答えられない。答えられないと、刑事の顔がまた険しくなった。
 さっきとは別の警官が、入ってきて耳打ちした。

 刑事が入ってきた警官に怒鳴った。
「何か、お前。それじゃあ、遺体安置所から死体がゾンビになって蘇った。そうして、独りで歩いて出ていった、とでも言いたいのか。そうして、ゾンビは今もどこかで街を彷徨(さまよ)っていると」

 刑事の言葉は、だいたい合っていた。だが、口は慎んだ。
 怒鳴られた警官が、忌まわしい者でも見るかのような顔で天笠を見た。刑事も釣られるように天笠を見た。

 刑事の表情は、険しくはないが、どこか人間を見る眼ではなかった。
「違う。違う。違う。俺、ゾンビとかじゃないって。そうだ、DNA鑑定してよ。DNA鑑定、そうすれば、俺が天笠庵だってわかるでしょう」

 綿棒で頬の内側を擦って提出してから、本日の取調べは終わりとなった。家に帰してもらえず、拘置所で一泊となった。
 翌日は、刑事による取調べはなかった。だが、歯医者に連れて行かれ、歯の状態を調べられた。

 DNA鑑定の結果は、まだ出ていなかった。されど、歯の治療記録から、天笠本人であると認められたのか、釈放された。釈放に当たっては、滅多に見ない叔父が迎えに来てくれた。
 叔父はセキュリティ会社に事情を説明して、預金通帳を渡すと、すぐに帰って行った。叔父はいつも忙しいので、態度は別段、気にならなかった。いつものことだ。

 両親の生命保険については、まだ手続きをしていなかったので、天笠がした。死体を遺棄して毒殺事件にまで発展させた経緯があるので、大波には一切の連絡をしなかった。
 数日後、DNAの鑑定の結果が出て、DNAが一致したと連絡があった。これで、警察に追及される恐れはなくなった。

 借りていたアパートを引き払い、実家に戻った。両親の保険金は事故死なので、調査が入って、すぐには降りない。でも、両親が残してくれた預金は四百万円ほどあった。家は持ち家なので、家も残った。
「さて、これから先、どうしよう?」

 様々な手続きが終わり、一息ついて、これからの人生を考えた。
「仙人になったはいいが、果たして仙人の道を歩むべきだろうか?」
 答は簡単だ。YESでいい。

 仙人なんて、成りたくてなれる存在ではない。なったからには、できるとこまで、とことんやってみよう。ダメなら、その時に考えよう。幸い、時間だけは、たっぷりある。
 問題は、修行をどうするかだ。師匠がいれば、わかりやすい。だが、秋風道人は弟子を取る素振りがなかった。現世でなると、本物の仙人なんて、本当にいるのだろうか。

 偽者は大勢いる。だが、本物はどうやったら見つかるのか、まるで見当がつかなかった。
 仙人でもお腹が空いたので、近くのスーパーに食料を買いに行った。
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