第二章(二) 俺は一人じゃない

文字数 2,613文字

 先に進むと空間が歪み、視界がぼやけた。「現世への入口だよ」と秋風道人が教えてくれた。秋風道人と別れ、現世への入口を(くぐ)った。
 出た場所は、実家の仏壇の前だった。仏壇には骨箱が二つ並んでいた。二つは近くにあった遺影から、両親の物だと知った。

 鼓動が早くなった。骨箱の包みをほどいた。
 両親の名前が書いた埋葬許可書があった。震える手で、骨壷を開けた。真新しい骨が入っていた。両親は既に骨になっていた。

 実家に帰るのに年月が掛かりすぎた可能性が頭をよぎった。仏間にあったカレンダーを確認する。天笠が亡くなってから、八日しか経っていない。
 両親はハイキングやトレッキングが趣味で、健康そのもの。病気一つした記憶がなかった。
 人に恨まれる人物でもない。父母ともに車の免許も持っていなかったので、交通事故の線も薄かった。一人なら事故死かもしれないが、二人の亡くなった日は同じだった。陰謀の臭いがした。

「両親の身に、何があったんだ」
 皆目(かいもく)、見当がつかなかった。乱れる心を静めるように、口を開いた。
「落ち着け。幸か不幸か、俺は今、仙人だ。現世と冥府を行き来できる。真相は死んだ両親から聞けばいい。それが一番、確実だ」

 すぐに、仏壇に空いている冥府への入口に身を投じて、冥府に戻った。来た道を逆走した。現世から冥府に向かう道では、死が追ってこなかった。
 早く冥府に着きたい。着いて真相を知りたい。冥府の裁判所への片道四時間が長く感じた。
 冥府の裁判所の前に戻った。走りながら長い列を最後尾から確認した。

 両親の姿が見えなかった。見落としたかも知れない。だが、人が多く、皆が似たような格好をしているので、探す行為は至難の業だ。
 秋風道人を頼ろうと、仙徒済に移動した。秋風道人は仙徒済にはいなかった。しかし、喫茶コーナーの片隅にいた。

 秋風道人は濡れた手拭いを首から提げて、霜の付いた石榴(ざくろ)を美味しそうに食べていた。状況から見て、秋風道人は風呂帰りだ。
 秋風道人が天笠を見つけると、少しばかり意外そうな顔をして声を掛けてきた。
「あれ、もう帰ってきたの。早いよ。早すぎるよ。下界の修行をそんな簡単に終わらせた気になっちゃ、ダメだよ。上位に行くには、実技試験とかあるんだから。きちんと修行しなきゃ。試験に落ちるよ」

「違うんです。秋風道人。帰ったら両親が殺されていたんです。俺は死の真相を知りたくて、戻ってきました。両親は、きっと冥府のどこかにいるはずです。ですが、こう人が多くては、見つけられません。お力を貸してくれませんか」

 秋風道人の顔が曇った。秋風道人が手にしていた石榴を碗に戻した。
「殺されていたとは、穏やかではないね。よし、わかった。手を貸そう」
 秋風道人がポケットから何も書いていない白い折り紙を取り出して、机の上に置いた。
 次に、秋風道人が手を合わせると、何もない空間から墨の付いた筆が現れた。

 秋風道人が白い折り紙の上半分に、素早く文字を書いた。
「探し物を見つける鶴を作るよ。下半分に探したい人の名前を書くといいよ。後はワシが鶴を折るからね。鶴が探したい人のいる方角を教えてくれる。さあ、折り紙に名前を書きなさい。ワシが鶴を折ったら、力の限り走りなさい。冥府は広いからね」

 折り紙に母親の名前である『天笠詩織』と書いた。秋風道人が素早く鶴を折った。完成した鶴が光って宙に浮いた。鶴が差した方向を見た。
 カールの掛かったショート・カットの髪。ぽっちゃりした丸顔には見覚えがあった。天笠の母親、天笠詩織だ。

 秋風道人と話していた場所から、ほんの五m先に母親がいた。驚きの近場だった。
「こんな近くにと」と思うと、母親も天笠を見て驚いた。
「庵なのね。いつ、死んだのよ?」母親は、冥府にいる息子を見ても陽気だった。

「俺のことはいいよ。母さんは、誰に殺されたの」
 母親は少しだけ首を傾げて応えた。
「お父さん、になるのかしらね」

 思ってもいないかった人物の犯行だった。母親殺しの犯人は父親だった。
 だが、父親も殺されたとなると、どれほど、事件の裏に深い闇があるのか、想像がつかなかった。
 母親が、あっけらかんとした顔で真相を告げた。
「お父さんとトレッキングで、山に登ったのよ。雨に濡れたから、山小屋にあった暖炉で、火を焚いたわ。そうしたら、なんか臭うなーと思って、気が付いたら、死んでいたのよ。でも、お父さんを恨んではいないわよ」

 深い闇なんてなかった。山の事故だった。
「それで、庵はなんで亡くなったの」
「欲に目が(くら)んで、おかしな物を喰って死んだ」とは、さすがに母親に申告できなかった。

 とりあえず、都合の良い部分だけで話を作った。
「仙人に転職したんだよ。それで、冥府に来られるようになって、亡くなった母さんに会いに来たんだ」
 母親が普段の顔で、すぐに説教に入った。
「仙人だなんて初耳よ。試食人をやっているって聞いたけど、いつ辞めたのよ。仕事を辞めるの、早すぎよ。仙人って食べていけるの? もう、お母さん、死んじゃったから助けてあげられないわよ」

「いいよ、もう子供じゃないんだし。一人でやっていくから」
「母さんとお父さんは、生前の善行で、裁判にスーパー早割が適用されたのよ。それで、既に裁きが降りたわ。次はお父さんと一緒に天界暮らしになるのよ。天界で暮らすから、庵も一緒に来なさいよ。仙人なんでしょ。仙人なら、天界とか、入れるわよね」

 痛いところを突いて来た。
「ごめん、位が低い仙人は、天界に行けないんだ」
「そうなの、じゃあ、止むを得ないわね。天界人になると寿命が千年単位だから、気長に待つけど、ちゃんと修行するのよ。それじゃあ、お父さんを待たせているから、行くわね」

 母親が去った。振り返ると、なんともいえない冷たい眼で秋風道人が見ていた。
「天笠くん、なにかワシに言う言葉はないかな。あって(しか)るべきだと思うんだよね。天笠くんはワシを軽んじているかもしれないけど、ワシ、これでも、ちょっとは名の知れた仙人なのよ」

 倒れる寸前にまで頭を下げた。
「申し訳ありません。俺の早合点でした。以後、気を付けます」
 秋風道人に頭を下げると、逃げるように走って、現世に帰った。
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