第五章(五) 開眼ソース仙術

文字数 2,018文字

 仙徒済のダンボール・ハウスの呼び鈴を鳴らすが、秋風道人は留守だった。喫茶コーナーと厨房を探すが、いなかった。
 冥府でもソース仙術が使えるか不明だった。試そうとすると、小瓶が破損していて中の《第六感》ソースがなくなっていた。

 作ったソースがなくても、食堂には調味料がある。調味料があれば、仙術ソースを作り出せるかもしれない。
 食堂に行って、調味料コーナーに移動すると、調味料が百以上も並んでいた。味を見ながら、似た味の組み合わせを探した。なかなか、意図する味に辿り着けない。

 調味料コーナーで二時間近く時間を潰していると、背後から「なにをやっているの?」と声が掛かった。
 振り返ると、秋風道人がいた。秋風道人が叱る口調で注意してきた。
「天笠くん。厨房スタッフから、調味料だけひたすら舐める変な仙人がいるって、ワシの所に苦情が来たのよ。いくら貧乏でも、調味料だけで腹を満たすそうとするって、どんだけ貧乏なのよ」

「違うんですよ。秋風道人を探すソースと作ろうとしていたんですよ。そしたら、中々思いの味が出なくて、困っていたんですよ」
「そうか、天笠くんは汁で仙術を発動できる、汁仙人だったね」

「その呼び方は嫌なので、せめて、ソース仙人と呼んでもらえないでしょう」
「いいけど、ソース仙人だと仙人と言うより、ソースを知り尽くした専門職みたいだね。まあ、仙術が発動するソースだから、間違いではないけど」

「それより、秋風道人を探していたんですよ。下界まで往診をお願いしたいんです。不可知の能力を使う子がいるんですが、ぐったりしてしまって、呼びかけに反応しないんです。しかも、不可知の能力が発動したままなので、他の人間に見せられないんですよ」

「なるほどね」と口にすると、袖口から一包の薬を取り出した。
「これは、獅子王金丹と呼ばれる体を健康な状態に戻す薬だよ。これも、天笠くんが飲むといいよ」
「病気なのは明峰なのに、俺が飲むんですか?」

「獅子王金丹は仙人が飲むには薬だけど、人間には猛毒なのよ。強すぎる薬は、毒だからね。だから天笠くんが飲んで、味を覚えて人間界の調味料で再現するのよ。再現したソースに、天笠くんの気を込める。そうすれば、効力がぐんと弱くなって、人間が飲んでも大丈な状態になるから」

 そういうものかと思って、口にすると、凄まじい酸味と甘みで、戻しそうになった。
 戻しそうになると、秋風道人が「それ、一個しかないからね」と釘を刺した。すぐに、味による不快感だけを遮断して味わった。

 味は覚えたが、酢や砂糖が水に感じるほど強烈な酸味と甘みを再現できるかどうかが不安だった。
「秋風道人、これ、人間界にない味ですよ」

 心外だとばかりに、秋風道人が言葉を口にした。
「ちゃんとあるよ。ワシは獅子王金丹と似た味を、トルコの高級料理屋で味わったよ。探せば存在するって。探してみなさいよ。時間ないんでしょう。さあ、探した、探した」

 明峰を回収するための小麦の袋を渡され、追い立てられるように現世に戻された。
 戻ってきたはいいが、トルコ語なんてわからない。それに、秋風道人が行ったトルコの料理屋が現在もあるとも思えなかった。
「一人で探したら、絶対に見つからないな」

 料理についての知識なら、大波に聞くに限る。大波に電話をした。
「舌が焼けるような甘さ。痛いほどの酸味がある調味料を使った、昔のトルコの高級料理屋で出ていた料理ってわかりますか」
「天笠くんが言いたい物は、ギムタットディエとアジエキシェで作ったロクムかしら」

 魔法の言葉が並んでいるが、大波は存在を知っていた。
「ギムタットディエとアジエキシェがすぐ欲しいんですが、手に入りますか」
「手持ちがあるから譲ってもいいけど、高いわよ。名門高級食材通販で売っているけど、どちらも、二百㎎で五十万円はするわよ」

 アホみたいな味がする調味料は、馬鹿みたいな値段がした。高いが、人の命が懸かっているとなると、背に腹は代えられない。
「わかりました。後でお金を送るので、買って送ってください」

 大波が興味深げに訊ねてきた。
「ギムタットディエとアジエキシェなんて、なんに使うの?」
「ソースを作るのに使います」

「お金は要らないわ。でも、作ったソースは、半分は貰うわよ」
 仙人のお宝的ソースを大波に渡してもいいか、一瞬、ちらっと躊躇った。でも、渡そうと決心した。
 ソース仙術を極めるには、一般的な材料だけでは再現できないかもしれない。となると、変わった食材や調味料を入手する手段が必要だ。大波との関係は維持しておくに限る。それに、危険なソースは、渡さなければいい。

「わかりました。手を打ちます。黄昏園の家に送ってください」
 電話を切るとJRを乗り継いで、黄昏園に向かった。黄昏園に着いた時には、もう夜明けだった。
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