第五章(七) 開眼ソース仙術

文字数 2,658文字

 椅子に座ると「開廷します」の音声が流れた。電気が一度さっと消えた。
 壁際に椅子が出現して、顔の見えない三人が三方向に現れた。正面から、年配の男の声がした。
「天笠くん、君が死んだ情報が、黄昏園に届いた。我々のエージェントも、天笠くんの死亡を確認した。実行犯の二人組も、ついさっき、蓮村くんに連れられて出頭してきた。だが、君はこうして我々の眼の前にいる。これは、どういう事態かね」

「人間、誰だってミスをしますよ。単純に誤報だったのでしょう。出頭した二人も実行犯ではなく、単なる愉快犯でしょう。証拠がどうのと言うのなら、目の前にいる俺が証拠です。なので、実行犯を名乗った愉快犯の二人組は、奉仕活動くらいでいいでしょう。明峰に刺客を送る行為は、やりすぎですよ」

 右から別の年配男性の声がした。
「確かに誰でも、間違いはある。だが、我々の調べによると、君は以前に一度、毒殺されているそうじゃないか。この国の警察は優秀だ。二度も同じ間違いを起こすとは考えられないが」
「日本は想定外が時折、起きる国です。何も問題ないと思いますよ。問題があるとすれば、明峰が殺人を犯したと誤解され、刺客まで送られた状況です。間違いで殺されたら、堪らないですよ」

 左から女性の声がした。
「質問を変えましょう。最初の報告では、天笠くんの能力は予知でした。ですが、亜門との戦いでは、空間移動と念動力を使用しましたね。稀に、複数の能力を持つ超能力者はいますが、天笠くんは複数の能力を使いこなせる能力者なのですか」

「超能力については、よく知りません。ですが、複数が使えるとも、使えないとも言えます。俺の能力は、たった一つだけ。学習ですね。俺は学習して、相手の超能力を使えるようになるんです」
 嫌味のある口調で、右の男が意見してきた。
「もし、本当なら、これは偉大な発見だ。だが、偉大な発見とペテンとは見分ける行為は非常に難しい。特に超能力の分野ではね」

「わかりました。では、こうしましょう。明峰に向けた刺客を、俺にも差し向けてください。そうして、刺客の能力を学習できれば証明もできるし、俺の要求も通る。どちらも、ハッピーだ」
 正面の男が、右の男を牽制するタイミングで提案してきた。
「非常に勇ましい申し出だが、能力者を潰し合わせる成り行きは、黄昏園の理念に反する。ただ、天笠くんが生きていた事実は事実として認め、再調査しよう。再調査に当たっては、明峰くんにも出頭を願うかもしれないが、処分は下さない。これで、いいかね」

 ものわかりがよすぎて、何か裏がある気がする。でも、処分が降りないのなら、よしとしよう。
「寛大な裁定、いたみいります」
「それでは、閉廷します」の音声が流れ、部屋の明かりが点いた。

 家に帰ると、明峰は一人でスマホを操作しながら時間を潰していた。気楽というか、神経が図太いというのか、良い根性をしている。
「俺が生きていた事実を、黄昏園が理解してくれた。明峰への処分は保留となったよ。ただ、事情は聞くかもしれないそうだ」

 明峰は、さばさばした態度で「邪魔したわね」と口にして立ち上がった。
「最後に一つ、良いか。どうして、明峰は殺人事件の容疑者になった時、犯人は別にいる事実を言わなかったんだ」

「天笠にはどうでもいいこと、と言いたいけど。助けてくれたから、教えるわ。超能力者なんて呼ばれているけど、普通は超えた時点で、私たちは普通から孤独になったのよ。そんな孤独な世界に生きる人間には、流儀が必要なのよ。でないと、普通の壁に押し潰される」

 明峰が生きてきて到達した真理なのだろうが、納得はできなかった。
「明峰、俺も教える。壁は、一人ではできないんだ。相手が高い位置にいれば、登っていけばいい。逆に相手が低い位置にいれば、降りていけばいい。同じ高さに立って相手を互いに拒絶しようとして、初めて壁が生まれる」

 どこか見下した顔で明峰が、社交辞令的な言い方で返した。
「面白い言葉を言うわね。気が向いたら、天笠の授業を受けてもいいわよ」
「別に、授業を受けに来なくてもいい。学校に来ればいい。同じ退屈でも、平和な退屈を俺は作ってやるよ」

 週が明けて、月曜の朝が来た。学校に行って職員室で茶を飲む。
 する仕事がなかった。校内を散策するが、亜門、蓮村、明峰の姿は見当たらなかった。竜宝の影もなかった。
「俺は蓮村に騙されたんだろうか」と暗い気分で昼食を食べた。人間、腹が膨れると前向きになれるもの。
「一度でダメなら、何度でも話し合うか」

 下校時間になったので、四人に会いに行こうとすると、蓮村から天笠の元にやってきた。
「天笠先生、四人で話し合いましたが、明日からきちんと登校します」
 素直な態度には、疑いを持った。でも、生徒が学校に来る態度は真っ当なので、教師として露骨に疑うわけにもいかなかった。

「学校に来てくれるなら、なによりだよ。俺も嬉しいよ」と口にすると、蓮村が「そこで一つお願いがあります」と冷静な顔で切り出した。
 本題が来ると予感した。
「小さいですが、俺、亜門、明峰、竜宝の四人で、クラスを作りたいと思います。もちろん、他の生徒も参加したければ参加自由です。抜けたければ抜けるのも自由の、緩いクラスです。ただし、発起人の四人は、一年間は脱退できないクラスです。どうでしょうか?」

 至極まともな提案に聞こえた。現段階では拒絶する理由はなかった。蓮村は何かを見越して提案している気がするが、蓮村の狙いが全くわからなかった。
「いいんじゃないか。黄昏園の学校は自主性を重んじる校風だから」
「御賛同、ありがとうございます。クラスを作るに当たっては黄昏園から許可が午前中に下りました。明日には担任要請の案内が届くと思いますので、よろしくお願いします」

「俺が担任なの?」と訊くと「現在の学校にいる教師は、天笠先生お一人しかいませんが」と返って来た。
 陰謀の臭いがする。だが、断る道理はなかった。
「わかった。明日から、よろしく頼むよ」
「ありがとうございます」と頭を下げて蓮村は職寝室を後にした。

 蓮村が帰って数分後に黄昏園から、クラス担任就任を命じる辞令が電子文書で交付された。意見聴取もなければ、お願いもなかった。蓮村の提案と上層部の目的がどこかで一致した証拠だ。
「蓮村の意図もわからなければ、上層部の思考も読めないが。俺は教師をやるだけだ」
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