第六章(一) 始まらない授業と最強の超能力者

文字数 2,064文字

 翌日、学校に行くと、小さな空き部屋だった部屋が十六人用の会議室が教室になっていた。十六人用の会議室だが椅子は八脚しかないので、スペースは広めだった。
 教室の壁には簡単な時間割が貼ってあった。
 午前十時から十二時まで午前授業、午後一時から午後三時までが午後授業。ホーム・ルームは基本なしと記載されていた。

 少々変わった時間割だが、授業どころかクラスの存在さえなかった学校なので、文句を付ける気はなかった。
 時間になると、亜門、蓮村、竜宝、明峰の四人が登校してきた。四人しかいないクラスだが、四人の前に立つと、教師らしくなった気がした。

 四人の前に立って気が付いた。
「ところで、授業って、誰がやるんだ」
 四人の顔に「?」マークが浮かんだ。最初に口を開いた人間は、竜宝だった。
「授業って、天笠先生がやるんだよね。天笠先生が授業の準備してくれるんじゃないの?」
「昨日の今日で準備と言われても、無理だぞ」

 明峰がすかさず突っ込む。
「教師として、おかしいでしょ。学校ってところは、教師が黒板に向かって黙々と生徒と目を合わさずに書き。振り向いたと思えば、偉い学者になった気分で、他人の意見を、さも自分が見つけたように主張する場所よ」
「なんか随分と偏見が混じっているようだな。俺は明峰の言う教師とは違うが、そもそも俺から、何を学ぶつもりだったんだ」

 竜宝が首を傾げながら疑問形で質問する。
「国語とか、数学じゃないのかな? とても、基本的な内容を言っているけど、合っているよね?」
「わかった。じゃあ、まず、金策からだな。金を稼いで、教師を雇わないと」
 亜門が驚きの顔で、異を唱えた。
「ちょっと待ってくれよ。教師なら天笠がいるだろう。なんで、生徒が金を稼いで教師を雇うんだよ。教師は学校が用意してくれるのが普通だろう」

「予算とか、貰ってないよ。それに、超能力者を養成する学校で、普通とか、口にされてもねえ。俺だって教師になって一ヶ月しか経ってないし。授業はプロではないよ」
 教室が一瞬さーっと静かになった。
「あ、これ、ダメな雰囲気だ」と悟った。

 ところが、竜宝は建設的だった。
「とりあえず、考えるよりも先に、授業をやってみようよ。やってダメなら、改善点を考えようよ」
 蓮村がスマート・フォンを取り出して、確認した。
「黄昏園の本屋に、確認した。数学検定二級と国語の問題集ならば、置いているそうだ。購入して、やってみるか? 各自の知識の幅がありすぎると、授業を組み立てるにしても難しいだろう」

 誰が買いに行くかをジャンケンで決めると、天笠が負けた。
 教科書を買いに行くために学校を出た。学校を出て公園エリアを歩いて行くと、一人の男がベンチに腰掛けていた。
 男は四十代くらいで、茶のスーツを着た細身の男性だった。肌の色は褐色で髪の色は白髪だが、顔の輪郭は日本人だった。

 男は首から黒いマフラーを下げていた。黄昏園では初めて見る顔だった。黄昏園の職員とも研究者とも、違う雰囲気があった。
 横を通り過ぎるときに「こんにちは」と挨拶された。しかし男は、やはり天笠の記憶にはなかった。
 頭を軽く下げて通り過ぎようとすると、「天笠さんですよね。私は、ドミンゴ・犬飼と申します」と名乗られた。
「どこかで、お会いしましたか?」

 犬飼は柔和な顔で語りかけてきた。
「初めてですよ。天笠さんが、日本で最強の超能力者との噂を聞いて、どんなお顔をしているのか気になって、見に来た次第です」
 犬飼の顔には殺意や闘争心は見えない。ただ、穏やかな空気の中にも一本すっと芯が通った気配があった。

 一波乱、あるかもしれない。
「なにかの間違いでしょう。俺は、ただの一教師ですよ。もっとも、ダメ教師ですがね」
「私も、人とは異なる能力を少々、使えましてね。どうでしょう? 勝負していただけませんか?」

 犬飼はとても気味の悪い笑顔で決闘を申し込んできた。
「すいません、今は都合が悪いです。仕事中でもあるので、時刻を変更してください」
 犬飼の姿が消えた。次の瞬間に背後から犬飼の声がした。
「何を、甘い言葉を」

 振り返るが犬飼の姿はなかった。向き直ると、犬飼の人差し指が頬に当たった。完全に遊ばれていた。
 頬に触れた指を払おうとすると、犬養の腕を天笠の手がすり抜けた。
「失礼、いささか遊びが過ぎました」と犬飼が手を引いた。
 戦闘スキルに関しては山ほど開きがあると思い知らされた。

 犬飼が悠然と背を向けて語った。
「いいでしょう。用事がおありなら、済ませてください。今日の夕方、八時にこの場所で待っています。そこで決着を付けましょう。逃げる、はお勧めしませんよ。私も仕事なものですから」
 逃げる気はなかった。勝ちたい欲求もなかった。適当に超能力を浴びて学習して、負ければいい。
 攻撃を受けても、痛くもなければ死にもしない。決闘よりも、まるっきり目処が立たない授業が問題だった。
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