7-6 野望の行く末

文字数 1,990文字

 世界樹ことフソウの内部では、筒状の空洞が上下に向けて幾本も走っている。天と空の間を結ぶ長大なトンネルだ。

 この垂直に延びる道を、人を乗せた籠が通るのは数百年ぶり。電磁気で加速された籠が、列をなして空気の抜かれた昇降道を上昇していく。さながら木の根に吸い上げられた水のように、世界樹調査団は白虹(はっこう)へと運ばれていた。

 失われた技術の復興に成功すれば、人類文明は新たな段階を迎える。

 しかし調査が佳境に入った今、隊長である男が考えているのは別のことだった。

(カグヤにあれだけ言われたんだ。ヒタクも森を出るだろう)

 客室のソファに腰掛けながら、シグレは物思いにふけっていた。

 カグヤの用意したこの籠は人の輸送を主眼に置いており、室内にも最低限の設備しかない。それでも調査団の全てを収めることはできず、団員を何台かに分乗させて機材も無理に詰め込むこととなってしまった。だが飛行船で半年に及ぶ航空を経てきた身には、部屋の窮屈さなど大した問題ではない。

(拡大政策を採る連邦は人材に飢えている。よそ者の俺が船ごと隊を任されたんだ。手先の器用なあいつなら、働き口はいくらでもある)

 弟の今後についてあれこれ想像していると、部下の一人が大きく口を開いた。

「ふわぁ」

「おい。任務中だぞ」

「……はっ!? 申し訳ありません!」

「緊張感を持て。気を緩めるな」

 私情にまみれた思考はおくびにも出さず、シグレは隊を率いる者として訓示しようとした。だが彼の言葉より先に、硬い響きと柔らかな声が場の空気を震わせる。

「退屈なんでしょう。こう何もない状態が続くと」

 暗闇ののぞく窓を叩きながら、カグヤが会話に割り込んできた。一同に外へ目を向けるよう促した彼女は、教師のような口調で解説を始める。

「この道、本来は外壁も透明なのよ。この千年の間にフィルターが機能不全になったのね」

「フィルター?」

「そう。日焼けの原因が、日光に含まれる紫外線なのは知っているでしょう」

「ああ」

「この、ヒトの目に見えない光は空を高く上がるほど強くなって――」

「それも知っている。大気が薄くなるからだろう」

伝説の天人も健康には気を遣っていたのか、と怪訝(けげん)に思いながら答えるシグレ。だが口を動かすうちに、別の疑問が心の内に芽生えた。

(このまま空気が薄くなっていって……最後はどうなる? 完全になくなるのか?)

今の今まで、空の上がどうなっているかなど気にしたことはなかった。ただ漠然と、島の代わりに星が浮いているぐらいにしか思っていなかった。

 だが違った。

 シグレの口出しに構うことなく、管理者の説明が続く。

「けれど空の上の世界、宇宙では紫外線なんか比べ物にならないぐらい強い光が飛び交っているの。日焼けどころか、数秒浴びただけで命にかかわるような強力な光が」

 天人、すなわちかつての人類が暮らしていたその空間は、天国などでは決してない。とてもではないが、生物の生きていける環境ではなかったのだ。空の住人が大気の海に浮かぶ土地に暮らすように、天人は真空の海を漂う船で生活していたという。

「人々が日常を過ごすその船には、死の光への対策が講じられていた。光量を自動調整するフィルターでもって、有害な光は全て遮断したの」

 そしてフソウが建設された時、昇降道にも同様の処置が施された。乗客が天と空の狭間(はざま)を楽しめるように、可視光だけ通す窓が外壁と籠に設けられたのだ。

「当時の人々にとって、二つの世界の往復は日常だった。その移動はできる限りくつろげるものがよく、真っ暗な空間をただ昇り降りするだけというのは避けたかった」

 解説を続けながら、(いにしえ)の通路の番人は窓に目を向ける。

「ケージは問題なく動いてる。だからきっと、フィルターが機能している区間もある」

 闇が晴れる。頭上に星々が(きら)めき、眼下に青い空が広がる。

 普段見慣れている空とは全く別の、青く輝く空が。

「あれがあなたたちの暮らす空。そしてその上に広がる黒い空間が宇宙――星々の世界。あなたたち人類の故郷よ」

「おお……!」

 それまでのただ光がない空間とは違う、黒く透き通った闇を前にどよめきが上がる。単調な時間の中で、任務を見失いかけていた調査員たちの目に輝きが戻る。いよいよ白き虹に眠る太古の叡智(えいち)が手に入るのだ。

 ――だが。

(連邦が古代技術の再現に成功すれば、カグヤの持つ機能も解明できる。そうなればプライドの高い連中のことだ。自立した人形に遺産の全てを預けるはずがない。きっと己の意のままになる代替物を造り出す。いや、俺がそうなるように仕向ける)

 最初こそ無限に広がる黒と青の景観に目を見張ったシグレだが、すぐ視線を外しカグヤだけを見つめていた。

(新しい管理者の誕生、それは彼女の役目の終わり。――待っていろ。必ず、お前をこの樹から解き放つ)

 皆が興奮に沸く中、隊を率いる男は独り別のことを考えていた。
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