6-6 雲中に潜むモノ

文字数 994文字

「え?」

「早くっ。ぶつかるわよ!」

「う、うん!」

 少女は素早く身を翻すと、炉の調節に入った。火の勢いを弱めて舟の上昇する速度を抑えるのだ。急かされたヒタクも大慌てで(かい)を漕ぐ。

「ふんっ、はっ……え?」

 雲を()き進んだところで、頭上から橋桁のような骨組みが降りてきた。フソウの側面から宙に架け渡されているようだが、長大な橋梁(きょうりょう)の先は見えない。舟が上昇を続ける間にも、空中に浮かぶ無数の柱は立体的な幾何学模様を描いていく。

「これは……」

「少なくとも、樹の枝じゃないことは確かね」

「なにかを支えてるみたいな? ……あ!」

「なに? 何か分かったの」

「ひょっとしたら、この上に広場みたいなのがあるんじゃないかな。ほら、兄さんが言ってたよね。人類の祖先は、大昔にフソウの中を通って天から降りてきたって。最初はみんな、そこで暮らしてた、とか」

「えー」

 ヒタクが己の(ひらめ)きを披露すると、アヌエナは否定的な表情を見せた。白く染まった空を見やりながら渋い声で応じる。

「こんな寒いところで? もっと下のほうが暮らしやすいでしょう」

「でも、元々は空の上に住んでたんだよ。寒さは問題なかったんじゃないかな。むしろ赤い森みたいに、草とか虫とか増えすぎる方が大変じゃない?」

 熱帯の空の暮らしの大変さを説くと、彼女は緩やかに目を見開いた。そうして納得しながら何かを考え込む。

「なるほど。と、いうことは……」

「は?」

「この近くに、フソウの出入り口がある?」

「! そうだね。そうじゃないと不自然だよね」

「この雲がどこまで続くかも分からないし、確かめてみる価値はあるかも。ちょっとこの辺りを調べてみましょ」

「うん」

 アヌエナの提案にヒタクも同意した。白虹(はっこう)へ至る通路があるのなら、やみくもに上を目指すよりも確実だ。多少時間がかかっても探索してみた方がいい。二人はその方向で新しく相談を始めた。

「とは言っても、こう視界が悪いとね」

「ちょっとその辺りを回ってみる? もしかしたら雲に切れ間があるかも」

「なるほど。そしたら探しやすくなるわね」

 方針が決まると、アヌエナはてきぱきと指示を出した。必要な作業を即座に割り出す当たり、さすが旅慣れているというべきか。

「それじゃ(かい)の方よろしく。わたしは舟の浮力を調節してるから」

「分かった。……ヤタ!」

 自由な翼を持つ幼馴染にも雲の切れ目を探すように頼んでから、ヒタクは指示通りに(かい)を漕ぎ始めた。
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