4-4 空でのお昼 ―食事―

文字数 1,108文字

 調理場と呼ぶには狭い空間だが、小柄なヒタクにはかえって手頃な広さだった。

 舟の浮力源でもある火の扱いには迷ったが、舟の主の『高度は気にしなくていいわ。ここは空のど真ん中なんだから、どれだけ下がろうと地面に衝突したりしないもの』との言葉で、肉も芋も好きなように焼くことができた。

 しかし全てが完璧だったわけではなく、(かまど)である炉の中に食材の切れ端をいくつか落としてしまった。

 結果、浮き球の排気孔から香ばしい空気が漂ってくる中での昼食となる。

(まあ、彼女は別に気にしてないみたいだし。これでいいか)

 一心不乱に肉へと(かじ)り付く少女を見ながら、ヒタクはぼんやりと思う。

「柔らかっ、うまっ! ……もぐ……なに。あんたって毎日……もぐ……こんなうまいもの……もぐ……食べてたの?」

 椰子(やし)の葉の皿を手にしたまま、アヌエナが問いかけてきた。心なしか、こちらを(にら)んでいるように見える。

「まさか。姉さんは誕生日みたいな、特別な日しか出してくれないよ。あくまで非常食だから」

「……ごくっ、と」

 ヒタクが答える間に、彼女は水で肉を胃の奥へと流しこんだ。そして一息つくと、真剣な表情で告げてくる。

「そう。よかったわね」

「なにが?」

「もしこんなおいしい肉を毎日食べてたってんなら、わたしはあんたを空に叩き落とすわ」

「ひどい!」

 思わず抗議するが、相手はまるで聞いてくれなかった。食いつかんばかりの勢いで問いを重ねてくる。

「牛は特別な日ってことは、普段は鳥でも食べてるわけ? 森にいっぱい飛んでたし」

「ううん。そんなことないよ」

「なんで? ほかに人がいないんだから食べ放題じゃない」

「や、別にそこまで肉にこだわらないよ。お芋だけで結構お(なか)は膨れるし」

「ふーん。なるほど。そうかそうか」

「な、なに?」

「だからそんなに小さいんだ」

「はうっ?!」

 少女のいやに深いうなづきにヒタクはむせた。今の自分と記憶にある兄の体格がまるで違うことは、姉にも言えない密かな悩みだったのだ。

「き、君だって。君だって僕と大して違わないじゃないか!」

「女の子と張り合ってどうするのよ。それにわたし、島じゃ毎日魚食べてるんだから。タンパク質とカルシウムはバッチリよ。そのうちはっきり差が出るかもね」

「ええ~!」

 兄や姉はともかく、同世代の少女にも追いていかれるのか。

 厳しい現実を前に、ヒタクは悲鳴を上げた。

「なに。そんなに嫌がること?」

「え? い、いや別に嫌がってなんかない、よ?」

 怪訝(けげん)な顔に答える声が不自然に上擦る。その様子をどう見たのか、少女は唇の両端を上げてにんまりと笑った。

「ふ~ん」

「な、なに?」

「べっつに~」

 お子様ね、という(つぶや)きは少年の耳に届かなかった。
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