7-3 鋼鉄の案内人

文字数 1,867文字

 これからどうするべきか。

 ヒタクがそう考えようとしたところで扉が開いた。静かに音を立てながら、車輪を束ねた足に筒状の胴体を乗せた人形がやってくる。丸い頭部に赤いレンズの目を備えたそれは、挨拶でもするように細い腕を上げながら無機質な声を発した。

「おかげんハ、いかがデスカ」

「あ、うん。さっき気が付いたとこ」

「……なに、これ?」

 少年と普通に言葉を交わす奇妙な物体に、アヌエナが(いぶか)しげな視線を向けた。ヒタクも困惑顔を浮かべながら、じっと彼女を見つめる相手の紹介に移る。

「フソウを管理してる自律型ロボット? だって。ヤタが連れてきてくれたんだ。気を失った君をここまで運んでくれたのも、彼? だよ」

「ろぼっと、ってなによ?」

「僕に聞かれても……。本人がそう名乗ってたから、そうなんじゃない?」

「それ、何の答えにもなってない……。そもそも『ここ』ってどこなのよ」

「え? ああ、フソウの中だよ」

「ええっ!? 世界樹の……きゃ!」

 ロボットが突然、二人の間に割り込んできた。赤く透き通る瞳を少女の顔に近づけながら、平坦(へいたん)な声で告げる。

「マダすこシ、ねつガアルヨウデスネ」

「やっぱり無理しない方が……」

「だから、心配しなくてもいいってば!」

「クァッ!」

 混沌(こんとん)としてきた会話を、鋭い一鳴きが断ち切った。朝焼け色のカラスが、説教でもするかのように大きく翼をはためかせる。

「クァクァークワァー」

「デスガ、にんげんノけんこうじょうたいハ……」

「クヮ」

「わカリマシタ。コノママ、ようすヲみルヨウニシマス」

「クァ」

「う、うん」

 人の言葉を発せない(くちばし)は最後、続きを促すようにつついてきた。きまり悪い思いを抱きながら、ヒタクは改めてアヌエナと向き合う。

「ええと、どこまで話したっけ」

「カラスに仕切られた……」

「まあまあ。それで――そうそう。君が雪の上で気を失ったすぐ後かな。ヤタが彼を連れてきてくれたんだ」

「世界樹を管理してるんですって? でもそれは、カグヤさんの役目じゃなかったの」

「うん。なんていうか、姉さんは全体のまとめ役みたい。緊急時には指示を出すけど、普段は任せきりが基本なんだって。フソウの中にはこの子と同じようなロボットがたくさんいて、整備とか点検をしてるそうだよ。それで、ぼくたちのことも助けてくれたんだ」

「ふーん」

 自分たちが今置かれている状況を説明すると、空を渡る娘は静かな相槌(あいづち)を打った。そして目に力を込め、改めて少年に問う。

「で? 結局ここ――世界樹って、フソウって何なの?」

「天人が空に降りるときに建てた柱、みたい」

「イイエ、はしらデハアリマセン。しょうこうきデス」

「――そっか」

 ロボットに訂正されたが、彼女にとってそこは重要ではなかったようだ。アヌエナは肩を落とすと、あらぬ方を眺めながら小さく口を開いた。

「そっか。木じゃなかったんだ」

「え?」

「そうよね。空のど真ん中に木が生えてるって、おかしいわよね」

「アヌエナ?」

「――ううん。なんでもない」

「コレカラ、ドウシマスカ」

 力なく首を振る少女に替わって、今度はロボットが問い掛けてきた。彼女の様子は気になったものの、今は時間が貴重だ。ヒタクは勢い込んで己の望みを告げた。

「フソウの天辺(てっぺん)へ! 姉さんの後を追いかけたいんだっ!」

「もうしわけアリマセン。ココカラむカウことガデキルノハ、きどうすてーしょんマデデス。さいじょうかいノすぺーすぽーとハげんざい、へいさサレテいマス」

「そんな……」

 あっさりと願いを否定され、少年の全身から血の気が引いた。だがその耳に、思いのほか落ち着いた声が届く。

「や。別にカグヤさんたちが最上階に向かったとは限らないでしょ。あんたのお兄さんが、調査隊を連れて何をする気なのかも分かんないんだし」

「あ! そっか」

「なんにせよ、ここにいても仕方ないのははっきりしてるわ。とりあえずはその、なんとかステーションまで行ってみましょうよ。そこで何か分かるかも」

「うん。そうだね」

 ショックを受けているような暇はない。ヒタクはアヌエナの言葉に心を奮い立たせ、彼女と共に休憩室の出口へ視線を向ける。すると、二人に先んじるようにロボットが動いた。

「デハ、さんばんほーむニ、けーじヲごよういシマス。ドウゾコチラヘ」

「ほーむ? けーじ?」

「いや、こっち見られても……」

 告げられた言葉の意味が分からず顔を見合わせる。だが彼は、特に気にした様子もなく外へと進み出す。扉が自動で開き、丸みを帯びた背中がゆっくりと遠ざかっていく。そのまま見送るわけにもいかず、ヒタクたちは慌てて後を追った。
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