3-5 姉の望み、弟の想い
文字数 1,440文字
「ヒタク。ちょっとお願いがあるんですけど」
夕食時、カグヤはそんなことを言い出した。何が気になるのか、行き掛かりで同席しているアヌエナも、うかがうようにこちらを見ている。もっとも、腹を空かせたヒタクとしては食事に集中したい。彼は取りあえず食べながら聞こうと、皿に手を伸ばした。
「なに、姉さん」
「明日、ちょっとお使いに行ってきてください」
「もぐっ」
女性陣と交代で風呂に入って気が緩んでいたヒタクは、完全に不意を突かれた。口にしたパンをうっかり丸のみしそうになり、激しくむせかえる。
「げふっげふっ」
「まあ、大丈夫? はい、お水」
「なにやってんだか」
来客となった少女の呆れた視線を受けつつ、渡された水を一息に飲み干す。そして呼吸を整え直し、ヒタクは改めて問うた。
「突然なに? お使いって言ったって、ここ陸地から何千キロも離れてるのに。どこ行けっていうの」
「こちらのアヌエナさんは、交易で空を渡ってあちこちの島を訪れているんだそうです。いい機会ですから、ヒタクもご一緒させてもらって、フソウから採れた品を適当に交換してきてほしいの。ちょっと遠いですけど、ヤタが案内するから何の心配もいりませんよ」
「ちょっと遠いけどって……適当に何と交換するの。生活に必要な物は森で自給できてるんじゃ」
「そうでもありませんよ。ほら見て下さい。このアクセサリー、かわいいと思いませんか?」
「わ!」
急に引き寄せられたアヌエナが、短い悲鳴をあげる。だがカグヤは構わず、彼女が身に着けている貝殻のイヤリングや色石のブレスレットを指し示す。
「それぐらいなら僕でも作れるよ? 花とか枝とか集めて……」
「分かってませんね」
「なにを?」
「せっかくおしゃれするんだから、色々とこだわりたいじゃないの。それともヒタクは、女性の満足できるデザインができる?」
「うーん。そう言われると」
反論できない。
確かにアヌエナが身に着けているような洒落た小物は、自分には無理だ。しかし釈然としないのも確かで、ヒタクは思い切って尋ねた。
「でも、どうして急に?」
「それはあれです。たまにはお出かけすると、いいことあるかもしれませんよ」
わざとらしいぐらい朗らかな笑みが返ってきた。いよいよ疑念が膨らみ、普段ならば決して向けることのない、じっとりとした目つきで睨 む。
「姉さん。僕を追い出そうとしていない?」
「そんな! いくらなんでも、そこまでは考えていませんよ」
「そこまで?」
「あ……」
半眼になりながら指摘すると、カグヤの端正な顔が背けられた。彼女にしては珍しく、視線を合わせないまま続けてくる。
「確かに、あなたをこの樹の外へ出したいとは思っています。でも決して、追い出したいわけではありません。ただ、あなたが他人と触れ合える機会を逃したくないのです。ずっと私と二人だけで過ごすのは寂しいとことだと思うから」
姉の言いたいことは分かる。だが、ヒタクにも言い分があった。
「姉さんを、一人置いていくなんてできないよ」
「うっわ。シスコン」
正直な想いを告げると、アヌエナが顔を引きつらせた。しかし対照的に、カグヤは困ったように笑う。
「う~ん。気持ちは嬉しいですけど、やっぱり森に籠 ってばかりでは不健全ですよ。少しは社会のことを知らないと。それに――」
星空の彼方へと、その人ならざる目が向けられる。
「シグレの、近況が分かるかもしれませんし」
「それは……」
「誰?」
「僕の兄」
外から来た少女の問いに一言だけ答えてから、ヒタクはお使いを承諾した。
夕食時、カグヤはそんなことを言い出した。何が気になるのか、行き掛かりで同席しているアヌエナも、うかがうようにこちらを見ている。もっとも、腹を空かせたヒタクとしては食事に集中したい。彼は取りあえず食べながら聞こうと、皿に手を伸ばした。
「なに、姉さん」
「明日、ちょっとお使いに行ってきてください」
「もぐっ」
女性陣と交代で風呂に入って気が緩んでいたヒタクは、完全に不意を突かれた。口にしたパンをうっかり丸のみしそうになり、激しくむせかえる。
「げふっげふっ」
「まあ、大丈夫? はい、お水」
「なにやってんだか」
来客となった少女の呆れた視線を受けつつ、渡された水を一息に飲み干す。そして呼吸を整え直し、ヒタクは改めて問うた。
「突然なに? お使いって言ったって、ここ陸地から何千キロも離れてるのに。どこ行けっていうの」
「こちらのアヌエナさんは、交易で空を渡ってあちこちの島を訪れているんだそうです。いい機会ですから、ヒタクもご一緒させてもらって、フソウから採れた品を適当に交換してきてほしいの。ちょっと遠いですけど、ヤタが案内するから何の心配もいりませんよ」
「ちょっと遠いけどって……適当に何と交換するの。生活に必要な物は森で自給できてるんじゃ」
「そうでもありませんよ。ほら見て下さい。このアクセサリー、かわいいと思いませんか?」
「わ!」
急に引き寄せられたアヌエナが、短い悲鳴をあげる。だがカグヤは構わず、彼女が身に着けている貝殻のイヤリングや色石のブレスレットを指し示す。
「それぐらいなら僕でも作れるよ? 花とか枝とか集めて……」
「分かってませんね」
「なにを?」
「せっかくおしゃれするんだから、色々とこだわりたいじゃないの。それともヒタクは、女性の満足できるデザインができる?」
「うーん。そう言われると」
反論できない。
確かにアヌエナが身に着けているような洒落た小物は、自分には無理だ。しかし釈然としないのも確かで、ヒタクは思い切って尋ねた。
「でも、どうして急に?」
「それはあれです。たまにはお出かけすると、いいことあるかもしれませんよ」
わざとらしいぐらい朗らかな笑みが返ってきた。いよいよ疑念が膨らみ、普段ならば決して向けることのない、じっとりとした目つきで
「姉さん。僕を追い出そうとしていない?」
「そんな! いくらなんでも、そこまでは考えていませんよ」
「そこまで?」
「あ……」
半眼になりながら指摘すると、カグヤの端正な顔が背けられた。彼女にしては珍しく、視線を合わせないまま続けてくる。
「確かに、あなたをこの樹の外へ出したいとは思っています。でも決して、追い出したいわけではありません。ただ、あなたが他人と触れ合える機会を逃したくないのです。ずっと私と二人だけで過ごすのは寂しいとことだと思うから」
姉の言いたいことは分かる。だが、ヒタクにも言い分があった。
「姉さんを、一人置いていくなんてできないよ」
「うっわ。シスコン」
正直な想いを告げると、アヌエナが顔を引きつらせた。しかし対照的に、カグヤは困ったように笑う。
「う~ん。気持ちは嬉しいですけど、やっぱり森に
星空の彼方へと、その人ならざる目が向けられる。
「シグレの、近況が分かるかもしれませんし」
「それは……」
「誰?」
「僕の兄」
外から来た少女の問いに一言だけ答えてから、ヒタクはお使いを承諾した。