4-2 大空を渡る

文字数 1,120文字

 どこまでも続く青い大気を()き分け、少年と少女を乗せた舟が進む。

 だが今、双胴のそれを動かしているのは風の力ではなかった。

「――と、まあこんな感じよ。分かったかしら」

「うん。だいたい」

 空の樹を()ってすぐ、ヒタクはアヌエナから踏み(かい)の扱い方を教わることになった。主船の後端から空中へ突き出した(かい)を足で踏み、舟の向きや動きを制御するのだ。

「じゃ、交代」

「え?」

 ヒタクが間の抜けた声を上げると、少女は唇を(とが)らせて指を突きつけてきた。返事がよっぽど気に入らなかったようで、腰に当てたもう片方の手には力が(こも)っている。

「え、じゃないわよ。え、じゃ。ずっと女の子に力仕事を任せる気?」

「ああ、うん。そうだね」

 ()()を交代、今度は少年が(かい)の頭を踏む。

「よいせ……っ」

 帆が風を捕まえる手とするのなら、こちらは空気を蹴り出す足といったところか。少女が()いでいるときは、まるで舟が空を泳いでいるかのようだった。だがヒタクが代わった途端、爽快に吹いていた風が(よど)んだ。

「ほら。(かい)にもっと体重をかけるように、体全体で()いで。脚の力だけで動かしてると、あっという間に疲れるわよ」

「う、うん。……ふっ、はっ」

 舟を()ぐ、とはいうものの『何もない宙を()くのだから楽な仕事だろう』と思っていたが甘かった。ヒタクの足が振り動かす(かい)は、確実に空気以外の何かの抵抗を受けていた。

(これ、結構きつい……)

 先端に飛晶を張った(かい)は、空間に満ちる重力場を()き乱すことで舟を進ませる。

 そう説明を受けた時は、絡羽(からばね)と同じ原理なのだと簡単に考えた。だが現実には、ゼンマイに頼るのと自分の力で動かすのではまるで違った。なにより、体にかかる負担が半端なものではない。

「よく、こんなの、独りで、動かせた、ね」

 息も絶え絶えに感心していると、あっさりとした返事が返ってきた。

「ん? ああ。この舟、帆がメインだから。風さえ吹いてれば(かい)は必要ないの」

「ちょっと!」

「なによ?」

「じゃ別に、今()がなくてもいいじゃない!」

 たまらず声を荒げて抗議する少年。だが、空を生活の場とする少女の方は涼しい顔だった。無知な子供を諭すようにして笑う。

「馬鹿ね。練習よ、練習。今の内に慣れておかないと、本当に必要な時に役に立たないでしょ」

「……むう」

 確かに。

 もし何かアクシデントに遭遇したとき、ぶっつけ本番で(かい)を任されても困る。渋々ながら納得し、ヒタクは舟の(へり)をつかみ直した。

「お。やる気になったようね。よしよし」

 満足そうにうなづき前を見るアヌエナ。舟を先導する朱色のカラスを探して叫ぶ。

「ちょっと左にずれてるかな……。はい、面舵(おもかじ)! 針路を変えて」

「オ、オモカジ!?」

 舟を()ぐ練習は、もうしばらく続きそうだ。
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