第244話 何が辛く何が心を軽くするのか 次回予告

文字数 3,726文字

 朝。驚きの電話が実祝からかかって来て、それ以降落ち着きのない蒼依。もちろんそれは相手が愛美だからと言うのも間違いないが、それに加えて朝礼が始まる時間の直前にもかかわらず、電話がかかって来た。つまり余程の緊急だったと捉えていたのも大きい。
「どうして空木君は電話に出ないの?」
 先にメッセージを送っておいたにもかかわらず、全く音沙汰の無い優希からの連絡。
 その愛美が泣いたと言う原因は、間違いなく一人しかいなくて。それを実祝からも聞いてた蒼依が事実を確かめようも何度電話しても繋がらない。
「……愛ちゃんも。どうして私を頼ってくれないの?」
 そこに加えていつもなら蒼依の元にかかって来ていたはずの、愛美からの連絡もない。蒼依は机に広げた未だ修繕中のブラウスを目にしながらイライラする。
 つまり、実祝からの連絡以降午前中は全く音沙汰がないまま、お昼まで持ち越しである事を意味していた。

「何で? 何で誰も電話に出ないの?! 朝の電話は一体どうなったの? 愛ちゃんも泣いてたんじゃなかったの?」
 そのお昼を迎えても、一向にならない電話。そして繋がらない電話。こんな中で集中できるはずもなくブラウスの修繕は午前中全く進んでいない。
 ただ幸いなことに、蒼依の行動の自由を保障すると同時に、昼間はパートに出てる蒼依のおばさん。少しくらい音を立てても大きな声を出しても誰にも聞き咎められる事も心配をかける事もないと言う点だけだ。
 優希にかけても出ない電話。実祝にかけても出ない電話。愛美は傷ついてたらそっとしておく方が良いか、優希に甘えられてればそれでも良いけど、それでも何の連絡も無いのに一抹の寂しさを感じている。その中でふと浮かんだ嫌な想い。
「……まさかとは思うけど、私じゃなくてブラウスの人に相談してるの? 私よりブラウスの人なの?」
 もちろん愛美の想いは受け取ってるし、ブラウスの人――朱寿――の蒼依への想い――友達になりたい――も理解してる。
 だけど愛美は蒼依の大の親友で、一生の付き合いになるかもしれないくらい感謝してるのだ。その蒼依よりも下手をすればお泊りをする程仲の良い二人。愛美の性格を考えれば十分に可能性のある話でもあった。
「私はこんなにも愛ちゃんを心配してるのに、どうしてブラウスの人なの? 私じゃ何が不満なの?」
 こんなにも愛美を想ってるのに。こんなにも二人が上手く行くように心を鬼にしてるのに。もちろんこの気持ち自体は独りよがりに近いから口には出さない……態度には出てるかもしれないけど。

 そんな状態の中結局昼休みにも繋がらなかった電話。鳴る事もなかった電話。メッセージ一つすら来なかった電話。
 お昼はもちろんの事、午後からも完全に集中力を切らせた蒼依は、短い休み時間にでも連絡が来るかと携帯を見ながら過ごす羽目に。
 だから当然ブラウスの修繕はもちろんの事、趣味のお菓子作り。最近始めてる和菓子作りも今日は全部お休み。その代わり数分に一度携帯を手にする時間が続く。

 みんな蒼依を忘れたのかと、蒼依自身の胃に穴が開くかと思われた今日十数回電話の後にやっと繋がった電話。
その時には既に放課後の時間だった。
『……なかなか電話に出れなくてごめん。蒼依さん』
 その優希の声に張りはなく、いつものような元気さが感じられない声に、蒼依の心がまた不安に苛まれる。
『どうして中々電話に出てくれなかったの? それに愛ちゃんと何があったの?』
 だけどまずは愛美の話なのだ。愛美と優希の間には密接な関係もあるけど、話を聞いてからでないと何も話せない。
『愛美さんと何かあった訳じゃないけど――』
『――だったらどうして愛ちゃんが泣いてるの? 空木君が愛ちゃんを泣かしたんでしょ!』
 その気持ちがどうしても言葉に乗ってしまうから
『――ごめん……』
 元々気持ちの優しい優希。元気もなく張りの無い声が蒼依を冷静にさせる。
『ごめんなさい。別に空木君を責めてる訳じゃないの。どうして愛ちゃんが泣かないといけない羽目になったのか知りたいの』
 優希を困らせたり泣かせると、結局回り回って愛美を泣かせると思い出したのだ。愛美の一番の親友としてそれだけはいかなる理由があっても赦されない。恩を仇で返すような趣向は蒼依には持ち合わせいない。
『僕が言葉足らずなメッセージを愛美さんに送って、誤解させてしまったんだ。だから僕が全面的に悪い。ごめん』
 今までの蒼依なら、ここで男性側である優希をがなり立てていたかもしれない。だけれど愛美は、どういう状況においても必ず優希の言葉に耳を傾けていたのだ。それはこちらがびっくりするほどの状況であっても。
 だから愛美を想うなら、愛美の味方をするなら、思う事はあっても出来る限り愛美の彼氏なんだから愛美の考え方を踏襲しないといけないを気持ちを収める。
『言葉足らずって……何をどう愛ちゃんに送ったの?』
『……今までの話は全部無かった事にして欲しいって』
『――それだけ? 何が。とか、どうして。とかは何もないの?』
 そんなメッセージが突然飛び込んで来たら、お付き合いしてる異性じゃなくて友達だったとしてもびっくりする。
普通相手に送るにしては言葉も何も足りなさすぎる。
『僕もどうして良いのか分からなくて……だから僕に愛美さんに対する配慮が足りなかったのは間違いないんだ』
『どうして良いのかって……ひょっとして今学校で流れてるとか言う何とかの噂?』
 だからこっちから数少ない話を何とか組み上げると、明らかに息を呑んだ優希。
『分かった。その話、私には無理に話す必要ないけど、愛ちゃんは知ってるの? 愛ちゃんに隠し事は無いんだよね?』
 これは朝、愛美相手にも確認した話。どうやら二人の間で出来ている取り決めみたいなやり取り。
『……隠し事はしてない。だけど全部話せてるかって言うと正直……そうとは言えない』
 だから答えは一つしかないと思ってたところに、まさかの答え。普通なら愛美の信頼に対する裏切りに近いのだけどまさか愛美の彼氏にそう言える訳もなく
『だったら、私には話さなくても良いから、愛ちゃんにだけはちゃんと話してあげて』
 逆にだからと言って、愛美より先に彼氏の話を蒼依が聞くのもどう考えてもつじつまが合わないし、何よりあの嫉妬深い愛美。
 どう転んでも話が拗れる未来しか見えない。だったらやっぱり愛美に先に話してもらった上で、愛美に判断してもらうのが一番良いと判断した蒼依。
『でもこの噂と真実を話して愛美さんに嫌われでもしたら……』
 愛美と優希とそして優珠希の事情を全く知らない蒼依。愛美がそんな理由で優希に愛想を尽かす訳が無いのに、優希の言葉にさすがに呆れと落胆が混じる。
『……空木君は愛ちゃんがどれだけ想ってるのか分からないの? メッセージ一つで声も出せないくらい泣いてしまうくらい大好きだって分からないの?!』
 これだと愛美の想いがほとんど届いてないと感じた蒼依。愛美の想いが浮かばれないのがあまりにも寂しくてやっぱり強い口調になってしまう蒼依。
『それは分かってる……けど……とにかく今日中には何とか言うようにはする。それは約束する』
 そんな蒼依の気持ちを電話口でも感じ取っていた優希。だけれど事。繊細な優珠希も絡んでいる以上、下手な約束はできないし結局は全て優希自身と愛美に繋がるのだ。だから優珠希を盾に取るような真似は優希は絶対しない。
『悪いけど、私は愛ちゃんの味方だから。だから今日空木君が愛ちゃんに隠し事をしてた話は多分するよ。もちろん愛ちゃんが望まない限り二人の仲をどうこうなんて考えないけど、愛ちゃんを泣かせないって言うのは前から約束だったよね?』
 逆に蒼依も優希や優珠希。それに間もなく話してもらいそうな雰囲気を漂わせ始めている優珠希の薄氷の上の事情を知らないから、愛美を中心に考えてるつもりでもどうしても二人の間にずれは起こる。
『その件なら、僕は改めて蒼依さんから注意とお叱りを受けるよ。その上で何とか愛美さんに話せるよう努力する』
 だけれど優希は、愛美が一番大切にしている親友。蒼依に対しても出来る限り真摯であろうとする。
『……そこまでは良いよ。ちゃんと愛ちゃんと話をして愛ちゃんを泣かせないなら、隠し事をしないなら私がこれ以上口を出す必要なんてないよ』
 一方蒼依も、そんな優希の気持ちだけは伝わるから、愛美の知らないところで優希と二人会う訳にもいかないし、蒼依自身が余計な一言を口にして、二人の仲を拗れさせても取り返しがつかない。
 結局恋愛マスターとなった愛美の考えが分かり切らない以上、蒼依も下手な行動は取れないのだ。
『分かった。愛美さんにはやっぱり笑顔が一番だからそれだけは約束する。愛美さんを心配してくれてありがとう』
 ……優希自身の噂が流れてるはずなのに。
『ううん。空木君も変な噂なんて絶対信じないようにね。愛ちゃんもそう言うのは一番嫌いだから、話せばわかってくれるよ』
 自分が泣かせたとは言え、それでもこの彼氏は愛美なのだ。
 だから結局二人が思うのは一人の女の子で。その背景も想いも中々交差はしないけれど、想いだけは重なるのだ―― 
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