第241話 薄氷 Cパート

文字数 5,661文字


宛元:優珠希ちゃん
題名:冗談は辞めてちょうだい
本文:分かった。アンタはわたしとの約束を何一つ守らないで、腹黒さばかり見せつけて来る
   ならもう喋らない。そしてアンタはわたしとの約束を守らなかったのをずっと後悔する
   事ね。それか、アンタがわたしに頭を下げるってゆうならもう一度考えてあげなくもな
   いけどどうする?

 かと思ったらこれだ。いくらこっちの空気が分からないからって優珠希ちゃんこそ、私が落ち着いて考える邪魔をしてくれているんじゃないのか。
 しかもさっきまではノイローゼが何とか言っていたクセに、何で私が頭を下げ――いや。これは逆に使えるかもしれない。

宛先:優珠希ちゃん
題名:本当にごめんなさい
本文:優希君とのデートも随分早く終わらせてごめんね。御国さんにも優珠希ちゃんにも叱ら
   れたから、お願い事はナシにしてって御国さんにお願いするから、優珠希ちゃんから
   話してもらえるようにお願いしても良い? 私。優珠希ちゃんの事、もっと知りたいな

 妙案を思いついた私は、可能な限り優珠希ちゃんに謙るメッセージを送って、先に明日の全校集会で読み上げる原稿を仕上げてしまう。


宛先:朱先輩
題名:今週の金曜日
本文:お母さんが家族全員が揃う今週の金曜日に、朱先輩に来てもらえれば良いって言って
   もらえました。ただ慶がお母さんの目の前でお父さん相手に朱先輩への暴言を吐いて、
   朱先輩が慶の秘密を知っているのに気付いてしまって、何とかして朱先輩から聞き出す
   って言ってました。
    それとさっき友達からメッセージがありまして、千羽鶴の紙が準備出来たみたい
   なんで、改めて明日か明後日に渡しますね

 一通りの準備が出来てから、朱先輩に今週末の連絡と明日明後日の連絡をしてから、
『二日続けて連絡して来るなんて珍しいねぇ。どうしたの? 愛ちゃん』
 蒼ちゃんに電話をするけれど、珍しいって……
『珍しいって……昨日の件。おばさんとどうするのかの結果、話した結果、蒼ちゃんの気持ちを分かってくれたのか気になるに決まっているじゃない』
 少なくとも昨日の時点では最悪の場合、再び家出まで覚悟していたくらいなんだから。
『それについては謝ってもらえたし、私もある程度は納得出来た。ただやっぱり、妊娠の心配はほとんどなかったんだから、学校から言われた時点で話して欲しかったって思うよ』
 だけれど喧嘩自体はしたのか、不満は残っているみたいだけれど納得出来た部分もあったみたいで、少しずつ蒼ちゃんのおばさん達も、変わりつつある蒼ちゃん自身を受け入れつつあるのかもしれない。
『それで。話は出来たの? 蒼ちゃんの想いは?』
『私の気持ちを聞いて喜んでも貰えたよ……その連絡。出来なくてごめんね』
 なのにこっちが拍子抜けするくらいあっさりした話。
『えっと……蒼ちゃんの意見に両親とも納得してくれたの?』
 本当だったら喜べるはずなのに、なんだか嫌な感じがする。
『もちろん言ってくれなかった事に関して、私の考える時間が減ったんだからそこは喧嘩になったけど、お父さんもお母さんも本当は学校を辞めて欲しいくらいなんだから、今更の学校説明会って事もあって、そっとしてて欲しいって。だから何も話して欲しくないって言った私の気持ちをそのまま受け入れてくれたの』
 確かに蒼ちゃんは初めからそう言ってくれていたけれど……その根底に同じクラスの友達ですらも、同じように痛い目に遭えば良いって聞いてしまっているから、気持ちとしてはとても寂しい。
『だから私の家は何も言って欲しくないし、何も話したくないって学校側にお母さんから話をするって』
 それでも蒼ちゃんが自分で考えて、自分で決めた意見なんだから蒼ちゃんの味方をするって決めた以上、応援はする。
『ちなみに慶も最後まで私たちが話すのを反対していたよ。ところでちゃんと話が出来たって事は、おばさん達の気持ちも教えてもらえたの?』
 だからこそ、おばさん達の気持ちの中に蒼ちゃんへの想いは入っていたのか。それだけは確かめたい。
『正直私が妊娠してたらと思うと辛くて、お母さんたちがこの一連の話を切り出せなかったって。その途中でどうして親に話くれなかったんだって前と同じ喧嘩になったけど、最終的には私が妊娠してなかったのを話すきっかけにするつもりだったって聞いたよ』
 ただ話を聞いて分かったのは、蒼ちゃんのご両親も想像以上に傷ついていた事だった。
『ちなみにお父さんは、私としてはもう関わりたくないしそっとしてて欲しいのに、相手の親と話をさせろって、18歳以上で責任も取れるんだから訴えるって言ってるの』
 そう言えば
『私のお父さんも一か月近くそう言い続けて、周りに怒鳴り散らしてはいたよ』
 今日のお父さんは別人だって言い切れるくらいにはすごい剣幕だった。
『……逆に愛ちゃん所はよくそれで、愛ちゃんの気持ちを受け入れてくれたよね。愛ちゃんの事だから昨日のまま同じ目に遭って欲しくないからって言ったんだよね』
『うん。正直私以外みんな蒼ちゃんと同じ意見で、反対だけれど、蒼ちゃん所と一緒で私の意見を何とか受け入れようとしてくれているのかな』
 私以外の三人共が見せた葛藤。それでも最後に自分の心に嘘を付かない、自分を大切にするって条件で。
『それでも考え方を全く変えないから“頑固”で“ズルい”よね』
 そして最後は蒼ちゃんにまでため息を吐かれる始末。私だってこれでも何度も心を揺さぶられているのだ。
『“ズルい”のは認めるけれど“頑固”なのは違うよ』
 前から時々言われてはいるけれど、奥ゆかしい私が“頑固”な訳が無い。
『そう言うところが“頑固”なんだって。そしたら今からブラウスの修繕の続きするね。いつも私を心配してくれてありがとう愛ちゃん』
『ううん。私の方こそブラウスを大切にしてくれてありがとう』
 それでも最後は、朱先輩のブラウスのおかげでお互い温かな気持ちと言葉で通話を終える。

宛先:御国さん
題名:ありがとう
本文:今日優希君とのデートで聞いたけれど、“千羽鶴”参加してくれるんだってね。御国さん
   だったら蒼ちゃんもすごく喜んでくれるよ。
    明日友達が準備できた紙を持って来てくれるから、15枚渡すね。それと、明日は記念
   すべき園芸部の再開記念日なんだから放課後。私も顔出すね。例のお願いは優珠希ちゃん
   に叱られて私からは出来なくなってしまったけれど、優珠希ちゃんをもっと知りたいって
   気持ちは変わっていないからね

 その後御国さんに明日への激励のメッセージを送って、明日の分までのつもりでもう少しだけ机に向かう。

―――――――――――――――――――次回予告――――――――――――――――――

宛元:優珠希ちゃん
題名:優珠希ちゃんの気持ち
本文:優珠希ちゃんの気持ちに中々気づけなくてごめんね。何だかんだ言いながら五日は
   待っていたつもりだったけれど、待っても待たなくても一緒だったみたいだね。
    だったら優希君や御国さんから言われ続けてとっても可愛い優珠希ちゃんが本当に
   ノイローゼになったら大変だから、明日で終わらせるためにも優珠希ちゃんの言う
   ように腹黒らしく、絶対喋ってもらって終わりにするからそのつもりをしておいてね。
    もちろん優希君が他の女の子にデレってしたら、優珠希ちゃんと二人で絞るし……
   万一優希君がデレってしていたのを優珠希ちゃんが隠していたら……私がどのくらい
   嫉妬深いのか冬美さんか優希君からしっかり聞いておいてね。
    それからもう優希君とのデートは終えているから、家に帰ればお兄ちゃんが待ってるよ

 このメッセージを見た優珠は、今は優希からの説得を逃れるために籠ったトイレ内で一人頭を抱える。
 このメッセージだと、どう考えても明日喋らないといけないんじゃないかと、トイレ内で頭を抱えていると
「優珠? トイレから中々出て来ないけど調子悪いの? もしかして僕の気持ちを伝え続けるのに聞き飽きたから、トイレに籠ってるとかじゃ無いよね」
 なんとトイレの外からまで、優珠に声をかける優希。
「ちょっとお兄ちゃん! いくら何でもトイレまで張り付くとか下品なのは愛美先輩だけにしてちょうだい」
 いくら兄妹だからと言って、トイレにまで張り付く兄とか聞いた事ない
「ちょっと優珠。愛美さんが下品ってどういう事? 佳奈ちゃんは愛美さんを奥ゆかしいってちゃんと分かってくれてるのにどうして優珠だけはいつまで経っても愛美さんにそんな態度なの? 愛美さんが今日喜んで食べてくれた優珠の弁当。もう忘れたの?」
 なのにトイレのドア越しに話をする優希にトイレ内で頭を抱える優珠。自慢の兄をこんなにもだらしなくした上、妹のトイレにまで張りつく兄にした愛美が奥ゆかしいだなんて口が裂けても言えない優珠。
 だけど愛美を否定すると最近の兄はとにかく面倒臭いのだ。
「お弁当の件は分かってるわよ。ただわたしだってたまには一人で考えたいの。だから今日はもう佳奈からも散々聞いたんだからお願いだから一人にして」
 そしてその被害は確実に優珠だけに来るように仕向けられてる。
「もう一週間ほどじっくり考えたんじゃないの? 僕も愛美さんには明日には優珠希絶対喋ってもらうって約束してるし、僕の気持ちを何とかして優珠に全部分かって欲しいんだ」
 どう考えても、明日本気で優珠に喋らせようとしてるのが分かるメッセージの文面。この対策も考えないといけないのに一向に考えさせてくれない優希。
「もうお兄ちゃんの気持ちは分かったから後は一人で考えさせて」
「でも優珠はお兄ちゃんと一緒に学校の中を歩きたいって思ってるって、さっき言ってくれたじゃない。なのにまだ何を考えるの? 愛美さんに話すって答えしかないんじゃないの?」
 しかも愛美の策略に気付く前に、自分で言ってしまった言葉を最大の盾として使ってくる優希。
「いい? 優珠。僕は優珠がとっても大切なんだ。だから優珠の願いなら出来るだけ叶えたいし、お兄ちゃんだって優珠と離れたくないんだ。その気持ちが優珠に届かない限り、優珠は愛美さんに話そうとはしてくれないだろうから、お兄ちゃんは言い続けるよ」
「……」
 頼りになる兄から大切だって言われて、離れたくないとも言われて嬉しくない訳が無い。だから顔が赤くなるのは仕方がないはずだけど、これもさっきのメッセージでは都合が悪いのだ。
 愛美の嫉妬深さを何度か目の当たりにしている優珠も例外なく、巻き込まれるのはもう自明で。

 正直。もう自分ではゆう以外の選択がない事は薄々気づいてはいるのだ。ただ、これを口にして、愛美が兄から離れてしまうのだけがどうしても確約が取れないから困ってるのだ。
「僕は明日、愛美さんに如何に優珠が大切かをちゃんと話したって伝える『お願いだからそれだけは辞めてちょうだい』――そして説得できなかったのを伝える。僕が何もしなかったって言うのは違うって愛美さんには分かってもらいたいんだ」
 兄の一言一言に頭を抱える優珠。本来ならこんな事で悩むなんて想像もしてなかったし、まさか本当に兄の彼女になってここまで優珠たちの心の中に入って来るとも思ってなかった。
 適当に脅して泣かせれば自然と兄から離れて行くだろうと思ってたのだ。
 今まで兄に近づいてきた女と同じように――だけど、愛美だけは違った。どころか優珠にまで仲良くして来て、警戒してたはずなのにいつの間にか振り回さててやり込められてて。
「その件も話さなくても、愛美先輩ならお兄ちゃんの気持ちくらい分かってくれるんじゃないの?」
「だったら優珠もお兄ちゃんの気持ち。分かってくれるよね」
 優珠は一人トイレの中で、これ以上どう言えば良いのかと、頭を掻きむしりながら天井を見上げる。

宛元:佳奈
題名:何言うたんや?
本文:今。岡本先輩からメッセージ届いたんやけど、優珠ちゃんがあの奥ゆかしい岡本先輩を
   叱って、ウチからの厚意も受け取れんようなったってどう言う事や? こんな優珠ちゃん
   にここまでようしてくれはるウチの目標でもある奥ゆかしい岡本先輩に、何言うたんや? 
    まさか思うけど、今日一日かけてあんだけ話したのに、まだ分かってもらえてへん
   かったんか? ええ加減にしとかんな岡本先輩に愛想尽かされてもウチももう知らんで? 
    優珠ちゃんがそこまで頑なになるんやったら、ウチかて何が何でも岡本先輩の協力は
   するさかいな

 そこに追い打ちをかけるように、親友からのメッセージに思わず叫ぶ優珠。
「?! どうした優珠?! 何があったの?!」
 声だけを聴いて色々な想像を働かせた、ドア越しにいた優希があろう事かトイレのドアをこじ開けようとノブを力任せに動かし始める。
「――?! 何でもないわよ! お願いだからドアを開けないで!」
「何でもないんだったら顔見せてっ!」
 ひょっとして今日はトイレすらもゆっくり出来ないんじゃないのかと、戦慄を覚える優珠。
「佳奈からのメッセージなだけよ! 今はお兄ちゃんに見せられる格好じゃないからお願いだからドアを開けないで! こんな姿愛美先輩に見られても良いの?」
 と言うかこんな姿を見られたら、今度は自分が愛美に絞られるんじゃないかと言う気すらしてくる。それに何よりこんなはしたない姿をお兄ちゃんに見せる訳にはいかない。
「佳奈ちゃんも僕たち同じ意見だから、優珠が叫んだって事?」
 なのに、どうしてこうゆう所だけは鋭いのか。
「だったら尚の事、愛美さんに話すって言うまでは、今日一日かけて何とかしてお兄ちゃんの気持ちを優珠に伝え続けるから」
 そんな事されたら愛美に何を言われるかも分からないし、ドキドキして優珠自身も眠れない。
「結局わたしが一番被害に遭ってるじゃないっ!!」

トイレのドア一枚の攻防が、夜通しで行われる空木家の夜は本当に長い――


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