第243話 勝ち取る信頼の難しさ 終 Bパート

文字数 6,344文字


宛先:冬美さん
題名:今から向かいます
本文:ごめん。三年で少しトラブルがあったから遅くなっているけれど、今優希君と二人で
   向かっているからもう少しだけ待っていてもらえるかな

 役員室へと向かう道すがら、いつもより遅くなってしまっているからと先にメッセージだけでもと入れてしまっておいて、
「優希君。頬痛む?」
 途中洗面台にだけ寄らせてもらって、ポケットから出したハンカチを湿らせてから、あのふざけた女にビンタされた優希君の頬に当てる。
「……愛美さんは僕や優珠に嫉妬してるって言ってたのに、僕と優珠がって信じないの?」
 もちろん役員室へ移動しながらではあるけれど、優希君の頬にハンカチを当てると同時にとても弱々しい瞳ではあったけれど、初めて私の目を見てくれた優希君。
「蒼ちゃんの事件があって、冬美さんの噂もあって。その中で私が噂を信じると思う? 私をここまで大切にしてくれている優希君を疑うと思う? 
 あんなにも繊細で貞操観もしっかりした優珠希ちゃんをそんな目で見ると思う? 優珠希ちゃんと大の仲良しの御国さんはそんな人? 少なくとも私は無責任な噂を流した人、それを鵜呑みにした人よりかは三人はよく知っているつもりだよ」
 この問いは大切だからと、一度私は立ち止まって優希君の頬の熱を取り除きながら問い返す。
 その誰もがいつも私と優希君の仲を応援してくれて、他の女の子が割り込んで来るのをみんなが極端に嫌がって。優珠希ちゃんと優希君をよく知る人物なら、何を迷う必要も流される必要もないはずなのだ。
「愛美さんは確かにそうかも知れないけど、他にそう思ってくれる人も僕たちの言葉に耳を傾けてくれる人もいない。だから優珠は僕と一緒には――」
「――優希君。それは違うよ。間違ってる。さっきもあのアホ女には言ったけれど、私たちのクラスは誰一人として噂を信じてもいないし、優希君をそんな人だなんて考えてもいないよ」
 何度か究極のアホ女がクラスに姿を見せた際のみんなの反応。あの人が姿を見せた時、先生があの人の名前を出すだけで大きく変わったクラスの雰囲気。そして極めつけは千羽鶴計画の際、優希君を快く受け入れてくれたクラスのみんな。
 万一これでクラスの誰か一人でも噂を信じてしまっていたら、私は誰も信じられなくなりそうだ。
「今はそうでもいつかは愛美さんにもそう思われるかと思うと、僕は怖い――」
「――ないよ。それは絶対にない。優希君が優珠希ちゃんを大事にしているのは何度も目にして来ているし、その優希君は私にしかそう言う気持ちにならないんでしょ? だったら今までだって散々私にはエッチな下心を見せて来て、恥ずかしがらせて来たんだから、根も葉もない噂を信じる根拠はどこにもないよ。だから朝言った通り、優珠希ちゃんに対しても御国さんにしても、大好きだからこその嫉妬はしても、疑うなんて以ての外なんだよ」
 言いながら優希君にハンカチを渡して、改めて自分の腕を優希君の腕に絡める。何かあれば全て私が嫉妬するほどに優珠希ちゃんに筒抜けで。
 なのに体が(あつ)(ねつ)を持つほどに私にしか下心を出さずにいて。
 言葉と行動の両方でその姿を見せてもらっているのだから、優希君以外の話を信じるなんて無い。所詮噂はどこまで行っても噂でしかないのだ。
「……ありがとう愛美さん」
 私が腕を絡めたのを喜んでくれたのか、小さく。でもお礼だけでも口にしてくれた優希君。だけれどまだ、いつもみたいに鼻の下は伸ばしてくれていないし、弱々しい表情を見ても私の気持ちが全て届いたとは思えない中、まずは役員室へと足を延ばす。

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もう一つ:教室内の優希君・孤独と無存在感:原因はこれね
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「遅くなってごめん!」
 遅れて私たちが役員室に姿を見せると、どうもまた、こっちも空気がおかしい。
「おい空木ぃ。俺も噂は耳にしたぜ?」
 そして何を得意気な表情でこいつはまた、言葉の刃を投げつけて来るのか。優希君の身体に力が入るのが、絡めた腕から嫌でも伝わる。
「愛美さん……今しがたお噂を会長からお伺いしましたけど、さすがに嘘ですよね? それに空木先輩のその頬はどうされたんですか? まさか愛美さんですか?」
「……」
 優希君をしっかり見てくれているのまでは認めるけれど、こっちは訳の分からない誹謗中傷に、ふざけた女のせいではらわたが煮えくり返っているのに、何を深刻な表情をしながら的外れにも程がある“妄想”をしているのか。
「冬美さん。張り倒すよ。こんなのただの噂に決まっているじゃない。何なら本人

に直接聞いてみると良いよ『?! どうしてそうなるんですか?! ワタシはただ確認しただけじゃないですか! 空木先輩に限ってそんな事絶対にありえないじゃないですか』
 ――だったら何でそんな不安そうに、深刻になる必要があんの? 悪いけれど冬美さん。がっつり話を付けるから昼休みは私と一緒にお昼ね。もちろん拒否なんて認めないから。その時に私を疑っている頬の説明も合わせて、しっかり分かってもらうから」
 私のお気に入りの後輩なんだから、私がしっかり教育してあげるって言っているのに、なんでまたそんなに嫌そうなのか。
「言っとくけれど。お昼休み。逃げたら五限目始まっても冬美さんの席でがっつり話付けるから」
「愛先輩……目――大丈夫ですか?」
 優希君の腕を離すのはどうかと思ったけれど、今だけだからと一度離れてしっかりと気遣い出来る本来の姿に戻った彩風さんの頭を撫でながら、本来の自分の席へと移る。
「彩風さんは冬美さんとは違って本当に優しいね『……』噂よりも私たちを心配してくれたんだよね」
 事実しか言っていないはずなのに、これ見よがしとため息までつく始末だし。
「岡本さん。来て早速で悪いんだが、原稿をお願いしても良いか?」
 なのに一切の空気すらも読まずに、原稿を求めて来るこの人。
「空木先輩。愛美さんもですが、ワタシも霧ちゃんも会長が仰った話なんて信じてませんから」
 冬美さんは開口一番不安そうにしながら、優希君を疑ったクセに、何をポイントを稼ぎに来ているのか。これは冬美さんの前でももっと私たちは仲良しだって、信頼関係も深いんだって見せつけないといけないんじゃないのか。
 ただまぁ、私以外にも信じていない人はいるって言うのを実行してくれたんだから、私への失礼な態度だけは大目に見てあげる。
「それじゃ優希君。この原稿を渡してもらっても良い?」
 一方でこんな人に今更何を期待するでもないから、一切の反応は辞めて、でも間違っても触れたくないから、原稿を優希君越しに渡してもらうようお願いする。
 その際に嫌な視線と共に舌打ちを貰ったけれど、反応しないって決めたんだから放っておくことにする。
「愛先輩。それじゃいくら何でも冬ちゃんが可愛そうですよ。愛先輩が来るまでの間、倉本先輩から副会長への中傷を全て言い返してくれてたんですよ」
 その最中(さなか)に彩風さんからまさかの、私がいない間の冬美さんの対応を教えてくれる
「ありがとう雪野さん。おかげで少し元気が出たよ」
 から驚いていると、私相手だと不安ばっかりで全く安心した雰囲気もなかったのに、冬美さんにはお礼まで言うし。
 どうして優希君は、私以外の女の子で元気になったりお礼を口にするのか。
「いえ。ワタシからしたら会長と空木先輩。どちらを信用するかなんて迷う余地はありません」
 しかも冬美さんまで、私への言葉と優希君への言葉で全く違うし。冬美さんはもうしっかりと諦めて心のスイッチは変わったんじゃないのか。
 しかも優希君も優希君で、私から受け取って原稿をそのままこの人のテーブルの上に置きながら、冬美さんの話に嬉しそうに耳を傾ける優希君。
 あんな思わせぶりなメッセージまで送って来て、こっちがどれくらい心配して、涙したの分かってくれていないんじゃないのか。
「ありがとう雪野さん。でもそれ以上は愛美さんが怒る前に辞めた方が良いよ」
 何が怒るなんだか。こっちがどれくらい心配したのかも知らないクセに冬美さんにばかり良い顔して。
「愛美さんが怒るって……ワタシは空木先輩に元気を出して欲しかっただけで――っ?!」
 冬美さんも人の顔を見てなんでそんなに失礼な反応なのか。
「冬美さん。お昼休み。とっても楽しみだね。もし時間が足りなかったら放課後もお願いね」
 だったらこっちはしっかり笑顔で、お昼の約束を念押しするだけだ。
「冬ちゃん。しっかり愛先輩とのお昼。楽しんで来てね」
 そこに彩風さんからの嬉しい後押し。

「何故だ? なぜみんな信じない? それにどうしてこいつに妹がいるのを知ってるんだ?」
 三年で広がっている噂だから、この人が知っていても不思議じゃないけれど、話もまとまって体育館に行かないといけない時間になって、何を水を差し煽って来るのか。
 あんたはこの騒動を止める側じゃないのか。なのに何度同じ過ちを繰り返せばこいつは学習するのか。もうアホらしくて反応するも返事をする気すら起きない。
「それで優希君。体育館まで彩風さんと一緒する? それとも

『……また舌が増えてます』と一緒する?」
 だからそのまま体育館に向かおうと席を立ったところで、優希君の意思を形だけでもと思って確認すると、
「え? どっちも彩風さん? そうじゃなくて僕は愛美さんと一緒に言って優珠の話を――」
「――ごめんね、私。冬美さんと少しでも話をしておきたいから――彩風さんをこの人から守ってあげてね。三年で流れている噂は二年では大丈夫なんだよね」
 何を驚いているのか。私よりも冬美さんで元気になるんだったら、私だって大人しくなんてしてあげないんだから。
「副会長。愛先輩の副会長への想いは、こんな噂くらいじゃ何ともならないんですから『チッ』しっかり受け止めて下さいね」
「……ワタシは会長から寝耳に水の話を伺って驚いただけで、二年では誰からも伺ってませんって! 愛美さん?! どうしてワタシと恋人繋ぎなんで――?! ちょっと痛いっ! 痛いですってば! 離して下さい!」
 冬美さん相手とは違って、優希君が渋々彩風さんと並び歩くのを見届けた私が、冬美さんの手を取った瞬間騒ぎ立てるけれど、
「じゃあ今日のお昼、優珠希ちゃんも呼んで、さっきの話でもしながら四人で――」
「――分かりました! 泣き言は申しません! このまま……よろしくお願いします!」
 優珠希ちゃんの名前を出すと大人しくなる冬美さん。最も手はとっても痛そうではあったけれど。
 こうして時間ギリギリにはなったけれど、何の学習も出来ていない人は放って、時折こっちを不満そうに見て来る優希君に、
「彩風さんも、私の大切な友達だから、傷つけたら後が酷いよ? 優しくしてあげてね」
 しっかりと友達を大切にするようにお願いしてから、
「愛先輩っ!」
「……痛い……」
 体育館へと向かう。
 それはそれ。これはこれ。便利な言葉を心の中に置きながら。


 その全校集会中、もちろん全員ではないけれどあからさまな視線を向けてきた同学年、三年の生徒。逆に言えば1・2年からは奇異の視線は感じはしなかったから、現時点では広まっていないのは分かったけれど、自分の彼氏が再び落ち込んでいても何も出来ない自分に拍車がかかって、気分は本当に悪かった。
 それでも自分のクラスの人たちが、私たちを見て頷いたり笑顔を向けてくれたのは私だけに限らず、このメンバー皆も勇気づけられたと思う。
「……」
 もちろん一人を除いて。
 ただ一つ気になったのは、いつもは視界のどこかには入っていたはずの、あの派手な髪、優珠希ちゃんの頭が視界に入るはずなのに、どこを探したとしてもその姿、髪を見つけられなかった点だ。
 そしてさすがは優希君。優珠希ちゃんの存在を確認出来ないと分かると、その雰囲気がまた少し変わる。
 その姿を見て、自分が辛い立場であっても、他人を大切に出来る人なんだなって再認識した私は、改めて優希君の力になろうと気持ちを新たにする。
 そしてその他にも良い兆候が出ていたのも確かで、あの人が園芸部再開を前面に押し出した私の原稿を読み上げた際、後輩たちからの反応があったのは、今日から再開される園芸部にとっては幸先は良いんじゃないかと感じはした。
 そんな中で終わった全校集会。
 冬美さんに関してはお昼休みにしっかり絞るからと、
「優希君。大丈夫だとは思うけれど、どうしても優珠希ちゃんが心配だったら、優珠希ちゃんと一緒にお昼してあげてね。もう優珠希ちゃんの気持ちを優希君は聞いているわけだから、後は優希君――お兄ちゃん――の気持ち次第だよ」
 今ばかりは優希君を優先させてもらう。
「だけど僕はこれ以上優珠を傷つけたくないんだ。だから優珠が懐いてる愛美さんに、優珠の心を守って欲しいんだ」
「だったら優希君はどうするの? 今の優希君を一人には出来ないよ」
 さっきの教室内の雰囲気と、アホ丸出しの女生徒。優希君が傷ついてしまうのは容易に想像出来てしまうのだ。しかもそれがとっても大切な優珠希ちゃん対象なら特に。
「でしたら愛美さんが空木先輩と――」
「――ついさっき冬美さんは泣き言は言わない。私には逆らわないって言わなかった?『愛美さん。また舌が――』――それとも園芸部再開の場で、優珠希ちゃんも合わせて全員が揃った場でじっくり――」
 冬美さんの言い分は最もではあるけれど、こっちだって二年にまで噂が広がってしまった場合の為に先手を打つ必要もあるし、何よりさっき私のクラスのみんなが笑顔をのぞかせてくれたように、私たちと同じ気持ちを持っている人もたくさんいるんだって優希君に知って欲しいって願いもあって、敢えての行動なのに一体この冬美さんは何を言い出すのか。
「分かりました! 昼休みにお願いしますっ!」
 なのに朝と同じ返事をする冬美さん。この辺りの立ち回り方もしっかりと教育しないといけない。
「それでも優珠希ちゃんの気持ちはもう知っているはずだよね」
「そうだけど、万が一優珠の耳に今の話が耳に入ったら――」
「――だったら、優珠希ちゃんは御国さんと二人で必ずいるだろうから、実祝さんや咲夜さん。それにクラスの男子にも伝えておくから、私のクラスにおいでよ。さっきのみんなの反応を見てもらえたら分かると思うけれど、、私のクラスなら絶対大丈夫だよ」
 だからこそ優珠希ちゃんの希望を叶えて欲しい気持ちもあったけれど、優希君の気持ちも最もだと思うから少しだけ方向性を変えさせてもらう。
「……愛美さんは?」
「私は色々話したい事と教育したい事『――』があるから、冬美さんとお昼をするつもり。その代わり放課後はもちろん一緒に帰ろうね」
 なんだかんだ言いながら私を頼ってくれる、求めてくれる優希君を嬉しく想いながら、放課後の約束を先に予約させてもらう。
「……分かった。そしたらまた放課後楽しみにしてるから」
「うん! でも何かあったら連絡はいつでも待っているからね」
 それでも両肩を落とした優希君を目にしていたくなくて、一声は付け足す。
「愛先輩にも何かお考えがあるんですよね」
 そんな私たちのやり取りを、やっぱりキラキラした目を向けてくれていた、とっても可愛い後輩でもある彩風さんからの一言。
「そしたら私たちも授業急ごう!」
 返事に照れくさくなった私は、完全にあの人の存在を忘れて一限目に急ぐ。

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