第238話 心重なるが故、傷つくのは Aパート

文字数 6,898文字

 朱先輩とお別れして、今から例の公園へと向かう旨のメッセージを送った後、蒼ちゃんとの待ち合わせ場所へと向かう道すがら少しだけさっきまでのやり取りを思い出す。
 一つ気になると言うか、少し前からあの女子児童ですらも分かる程の気持ちを、私みたいなおばさんに見せて来ているあの男子児童の気持ち。
 まだまだ小さくて可愛いから怖いとか、嫌な気持ちにはならないけれど、私のこの手は優希君と繋ぎたい。
 もちろんさっきも感じたように、あの男子児童を男の人として見るのはさすがに無理だし、そう言うつもりも気もない。
 第一私は優希君の彼女なのだから、いくら優希君が他の女の子にデレってしたからって、私自身いくら不可抗力とは言え、優希君に対して申し訳ない事もしてしまっているのだから、尚更私からなんて嫌に決まっているけれど……
 ただ、最近私への独占欲をより強く見せてくれるようになっている優希君が、あの女子児童と仲良く手を繋いでいるのを想像するだけで
「……」
 やっぱり嫌な気持ちになってしまうのだ。私自身が狭量なんだなって理解してしまっていても、最近ところかまわずモテまくって、デレデレしっぱなしの優希君と相まって、どうしてもその姿を目にしたくないって思ってしまう。
 だからどうしても面倒臭い私としては、例え児童であっても、今の私と同じ気持ちを持ってくれるのかも知りたかったりもする。

 そしてもう一つが、初めて聞いた朱先輩の失敗談と言うか、今までほとんど聞いた事が無かった朱先輩自身のお話。その話を聞いて不謹慎ではあるけれど、何に対しても完璧だと思っていた朱先輩に親近感みたいなのが沸いたのも確かだし、長くても“事故”が起こるのもびっくりした。しかも誤魔化しの効かないくらい大きな“事故”が。
 万一私が同じ“事故”を起こしてしまった場合、冷静な今でもどうするのか分からない。だからその場になったらって言う想像すらも出来ない。
 ただ、その時のナオさんの行動だと、そんな姿を晒してしまった傷心の女の子からしたら、とても素敵だし、甘えたり気を許してしまうのは仕方がないと思う。
 仮に男の人の名前を口にするだけで、ムッとして口数を減らしてくれる優希君だったら……やっぱり無口になるか、“広い心を持っている”男の人だと思って欲しくて――エッチな優希君が顔を出してしまう気がする。
 ……いずれにしても優希君がどうしてくれるのかは分からないけれど、私としてはこれ以上他の男の人に対する“事故”も“隙”も絶対に許さないくらいの気持ちではいたい。
 ただそれとは別に、朱先輩が気を許す程のナオさんがどのくらい素敵な人なのかはすごく気になる。

 取り留めもない事、新しく知った朱先輩の一面を思い返しながらメッセージで送った公園へ足を踏み入れると、
「あ! 愛ちゃん!」
 前にも、日暮れ時の女の子一人は危ないと言ったはずなのに、また一人で公園のベンチに腰かけていた蒼ちゃん。私は蒼ちゃんの座るベンチへと駆け寄る。
「何で?! 着いたら連絡するのに、どうしてまた一人で公園で待っていたの?!」
 未だ復学の叶わない状態なのに、自ら危険を冒してどうするのか。
「心配してくれてありがとう愛ちゃん。でも愛ちゃんも中々来てくれなかったから私も待ちくたびれたし、何より今はお母さんもお父さんも顔を見たくなかったから」
「また喧嘩しているの?」
 お母さんが気にしていた側から、また親子喧嘩をしている蒼ちゃん。ただ今回も蒼ちゃんの気持ちが分かるだけに納得は出来るけれど……
「喧嘩って言うか、寂しいだけ。前回私が家出した時に愛ちゃんは言ってくれたけど、やっぱりお母さんもお父さんも私の気持ちなんて分かってくれてないよ」
 言ってサラサラの髪を流しながら、顔を俯ける蒼ちゃん。
 だけれど、今回の蒼ちゃんのおばさんたちの裏話を私は、先週お母さんから聞いて知っているのだ。だから
「そんな事ないよ。私たちの想いとは違うから納得出来ないとは思うけれど、蒼ちゃんのおばさん達も親の立場、大人の立場からしっかり考えてくれてはいるんだよ」
 私は迷いなく言い切れる。
「……また愛ちゃんがお母さんの肩を持ってる……」
 だけれど、結果だけを先に知ってしまった蒼ちゃんはやっぱり懐疑的になってしまう。
「そんな事ないって。私と蒼ちゃんは何があっても断金の親友なんだし、家出の時も蒼ちゃんの味方をしたよね?」
「確かにそうだけど……」
 ちょっとズルい言い方になってしまったけれど、私がおばさんの味方をするなんて無いんだから、やっぱり蒼ちゃんには信じて欲しい。
「それにおばさんの気持ちが分かるだけで、納得なんてしていないよ? 蒼ちゃんが納得出来てないのにそんなの認められないよ」
「……どうして愛ちゃんがそこまで言い切れるの? お母さんと喋ったの?」
 それでも時間が無くなる事に焦っている蒼ちゃんは、顔を俯けたまま上げてはくれない。だったら私は断金へと至った蒼ちゃんの親友であり、何があっても味方でいるって決めているんだから、お母さんやおばさんには悪いけれど、私たち子どもの想いを分かってもらうために
「先週お母さんのところに蒼ちゃんのおばさんから、学校説明会の話、まだ話せていないって話があったらしくて、蒼ちゃんの気持ち、今尚癒えない傷なんかも考えると、打ち明けるなんて出来ない。
 どうしたら良いのかって相談があったって聞いていたからだよ」
 口を軽くしてしまう。
「……それでもたった一週間やそこらで考えなんてまとまらないし、ましてや答えなんて出る訳ないよ」
 二週間が経っていたとしても、私も全くまとまりも、考えが進みすらもしていないのだから、蒼ちゃんの気持ちが分からないなんてそれこそない話で。
「でも慶は逆で、何でもかんでもすぐに私に喋って、私への配慮はどうしたんだ。蒼ちゃんとこの両親みたいに普通は被害者・子供の気持ちを考えるもんじゃないのかって、先週喧嘩していたよ」 (215話)
 最もあんな汚い言葉を使ってまでの喧嘩だから、両親――特にお母さんには全くその意図は届いていなかったけれど。
「……慶久君が本当に?」
 蒼ちゃんの驚き様に、私の方がびっくりしてしまう。
「蒼ちゃん相手に嘘なんてつかないよ。慶はこの家で一番幼いから、中々意見を聞いてもらえないのにものすごく憤りを感じているみたいだからそう言う時の慶は凄いよ?」
「え? でも愛ちゃんは学校の先生からって――」 (202話)
「――それをお母さんがそのまま話してしまった事にしてしまったの」
 それだけは私にも理由は分からないけれど、そこにお母さんなりの何かの想いは入っているんだろうから、私から無理に問い質そうとは思っていない。
 言うなればこんな時にこそ

――人の心は分からないから楽しい――

 が光るのかもしれない。
「ちなみに昨日私も電話で伝えたけれど、未だにどうするのが一番良いのかも分からないし、先生からはしっかり自分の意見を聞かせて欲しいとは言われていたけれど、今日蒼ちゃんと相談出来たらなって思ったのも正直な気持ちだよ」
 それよりも私自身の気持ちをハッキリさせないと、再び慶とお母さんの衝突でお母さんが落ち込んでしまうのだ。
「……慶久君は何て言っておばさんと喧嘩になったの?」
 慶の話に何か思う所でもあったのか、長い黒髪の隙間から私の方に顔を向けて慶の言動を気にする蒼ちゃん。
「……何でそんなのイチイチ確認するんだって。何で家族をさらし者みたいにするんだって。何も喋る必要はない。全部断れば良いって言っていたよ……そう言えば、私にも他人に気を遣ってばっかりで、見ていてイライラする。とも言っていたかな?」
 実際慶の言葉で力が抜けた部分もあるし、逆に想うことが出来た部分もあった。
「……慶久君が愛ちゃんに“イライラする”って言ったの?」
 なのに尚、慶の言動を気にする蒼ちゃんの驚き声。
「うん。それ以降は腹立ったのか知らないけれど、自分の部屋に籠ってお父さんと話していたから分からないけれどね」
 だけれど気持ち自体は分からない事も無いけれど、あれだけ好き勝手言われたらこっちだってどうしたら良いのか分からないに決まっている。
「……それで今の愛ちゃんの気持ちは?」
 慶の考えや好き勝手なふるまいを口にして、しっかり私の方へ顔を向けてくれた蒼ちゃん。
「私の気持ちももちろん言うけれど、先に蒼ちゃんの気持ちを教えて欲しいな」
 まだ何も考えられていないと言う蒼ちゃん。確かにこのままだったら蒼ちゃんの性格上、私や慶の考え方に流されてしまいそうな気がする。
「私だったら

で、早く忘れたいから何も話して欲しくないかな」
 ……私は一番初めに蒼ちゃんの気持ちを聞いてからにすれば良かったと後悔して、この話は少しばかり難しくなると覚悟を決めて口を開く。


「今の蒼ちゃんの気持ちを教えてくれてありがとう。私はね、この学校のサッカー部がした事が無かった事にならないために『!』学校で何があったかくらいは話して欲しいと思っているの。それを話してもらう事でサッカー部の中がどうなっていたのか。
 サッカー部の男子たちが、女子に対してどう言う目線を持っていたのかを知ってもらう事で、他の女の子たちが同じ目に遭うのを回避出来たら『――』それはまた大きな意味を持つと思うの。
 その一方で今回の事件の概要まで流れる事によって、他の生徒たちからそんな目で見られるなんて耐えられないし、それだったらいっそ、何も話さないで全て無かった事にして欲しい『……』って思う気持ちも強いよ」
 全く相反する二つの気持ち。日によってその時々の会話で入れ替わり立ち替わりする自分の気持ち、想い。
 この他にも、先週お父さんが話してくれた通り、女の人だけに話せば勘繰る人も出て来るだろうし、天城みたいなのもいる以上、それで解決だなんて言えない。
 こんな気持ちが後一週間やそこらでまとまるなんて思えない。
「それでも他人事だと思ってる人もいるし、男の人が欲しい、彼氏が欲しいって思ってる人もいるんだから、何も私たちが矢面に立たなくても良いと思う。私はただ、愛ちゃんとの約束を果たしたいだけなの」
 私との約束。それはこの学校を二人一緒に卒業しようねって約束で。
 私の気持ちの半分に蒼ちゃんと同じ気持ちもあるから、想いはあっても否定まではいかない。
「……蒼ちゃん。少し時間遅いけれど、今から蒼ちゃんのお部屋。お邪魔しても良い?」
 誰に聞かれるか分からない話を外でするのももちろんだし、朱先輩のブラウスの進捗もだし、今日も喧嘩したと言うおばさんたちも何もかもこのままと言う訳にはいかないのと、何より二人いるとは言え女の子しかいないんだから、これから暗くなる時間、何となく心がざわつくのだ。
「お母さんの顔なんて見たくない」
「でもこのままだとどんどん暗くなるし、おばさんだって心配するよ? それにこの前は蒼ちゃんから、もっと遊びに来て欲しいって言ってくれてもいたよね?」
 私のお願いを一蹴した蒼ちゃんの腕を揺する。
「……分かったよ。その代わり私はお父さんともお母さんとも一切口利かないから」
 そして何とか私の気持ちを分かってもらえたのか、渋々ではあったけれど何とか暗くなり切る前に場所を移す。


 本当に腹が立っているのか、おばさんの声に全く反応する事なく私だけが会釈した後、通してもらったいつも通りほんのりと甘いお菓子の漂う蒼ちゃんの部屋。
「それで蒼ちゃん。昨日の検査の結果は? 妊娠は? 大丈夫だったんだよね?」
 もう私たち以外誰も聞いていない、私と蒼ちゃんしかいないのだからと、昨日から一番気になっていた検査結果をまずは蒼ちゃんの口から聞きたい。
「……大丈夫だっ――愛ちゃん……」
 一言。たった一言聞きたかった言葉が蒼ちゃんの口から出るのと同時に、私の身体は勝手に動いていた。
「良かった……本当に良かった。もうこれで本当に何の心配もないんだよね?」
 そのまま蒼ちゃんに抱き付いた私は、思わず嬉し涙を溢れさせてしまう。
 大好きな人との間で授かった命なら、これ以上ない喜びになるんだろうけれど、私たちはまだ学生で、しかも好きでも何でもない人からの無理矢理の結果だったら……生まれてくる命に罪はないと分かってはいても、本当にこれからの人生がどうなったのか分からない。
 この結果壊れてしまう人生だって十分考えられたのだ。
「……先月の結果でも何ともなくて、その先月もちゃんと月のモノも来てたんだから――」
「――そんな理屈じゃないよ! ただの一つも悪くない蒼ちゃんがこんな目に遭うのすらも言葉が出ないのに、好きでも無い人との赤ちゃんまでってなったら私。神様を恨んでいたよ」
 ただですら私たち女の子にとって初めてって言うのは、一生モノの話なのに。それがこんなにも辛い思い出になるだなんて。
 それだけでも一生忘れられないはずなのに。
「……本当に愛ちゃんは……だから私はアノ人を赦せないの。大好きな人がいる愛ちゃんに、ただ愛ちゃんが妬ましい、自分は同じ目に遭いたくないって理由だけで、愛ちゃんの苦手とする男の人をあてがおうとしたんだから。
 その全ての結果が私を助けようと行動してくれたあの日の事件で、会長から馬乗りされたあの日の姿なの。しかもこの二つとも私の目の前で起こった話だよ? 私の心がどれだけ潰れそうで心配だったのか。今、妊娠を心から心配してくれて泣いてまでくれてる愛ちゃんなら分かってくれるよね?」
「……え?」
 確かに私は蒼ちゃんのもう一つの無事を喜んで涙していた。だから蒼ちゃんの無事の話だったはずだ。
 なのに気付けば咲夜さんの話に変わってしまっている私たちの会話。
「“え?”じゃないよ。アノ人は自分の保身の為に当時、サッカー部に愛ちゃんを差し出そうとした。その上であんな会長まで焚きつけたの。
 その結果がさっき言った先週とあの日だったじゃない。あの二つの場面を直接目にしてしまった私の気持ちがどんなだったか分かる? 
 愛ちゃんの純真さを知ってて、大好きな人。空木くんがいるのも知ってて、身勝手な自分の恋愛感情だけで、愛ちゃんに二人の男の人をあてがおうとして危険にまで晒して。それで自分だけは友達

彼氏の前で……好きな人の前で服脱いで。
 愛ちゃんだって一歩間違えれば取り返しのつかない事になっていたの。その恐怖心。愛ちゃんは分かってるんじゃないの?」

      ――私たちと同じ目に遭うまでは……ううん。
               私たち以上の目に遭うまでは絶対に許さない――

 恐らくは蒼ちゃんの本音に悪寒が走る。その考えでは誰も笑顔になれないどころか、笑顔が減ってしまう。それにお父さんが教えてくれた暴力は遺恨を産むだけだって言う話そのままになってしまう。
「蒼ちゃん。それってどう言う意味? まさかとは思うけれど、咲夜さんも男の人に乱暴されたら良いって思っているの?」
 私は抱き付いていた蒼ちゃんから離れて、一字一句聞き洩らさないつもりで正面から見据える。
 蒼ちゃんが心から私を心配してくれるのは嬉しい。私も、蒼ちゃんの惨状を片鱗だけでもこの目で見てしまったのだから。
 だからって咲夜さんが同じ目に遭えば良いなんて思えないし、むしろ同じ目に遭う人がいなくなるようにって、迷う気持ちも心の中にあるのだから、この学校説明会にしても迷うのだ。
「……そうだよ。そうしたらアノ人自身がいかに酷い事をしようとしていたのか分かっ――」
「――何で?! なんでそんな酷い事言うの?! いくら蒼ちゃんが私を心配してくれていたって言っても、立派に女の子してくれている私の友達『っ』あまりにも酷いよっ!」
 なのに蒼ちゃんの言い方だったら復讐しようとしているようにしか聞こえない。
「……結局そうやって、純真で明るくて太陽みたいな愛ちゃんは、全てを赦して行くんだね。だったら汚れてしまった私だけでもその気持ちをずっと持ち続けるよ」
 私から一歩離れようとする蒼ちゃんが、何を思っているのか分からなくなる。
「どうして? どうしてそんな事言うの? 誰かが蒼ちゃんを汚れているとか言ったの? 教えてくれたら私、直接その人のところに話。しに行くよ?」
 全てを吹き飛ばす蒼ちゃんの気持ち、感覚、想い。正直あの人に触られた感覚、見られた事による嫌悪感、罪悪感……そしてサッカー部後輩にたった一日好き放題された私の身体。未だ消えない感覚。お風呂でいくら体を洗っても取れない不快感。
 だから間違いなく私との“そう言う先の事”も含めた、全ての初めてに楽しみと期待をしてくれている優希君の想いに応えられない今の自分の身体。汚れた私の身体じゃなくて

を優希君に見て欲しい――
 ああ。そう言う事か。だからこそ感じていた蒼ちゃんからの羨望の眼差しであり、今の蒼ちゃんの言葉なんだ。

―――――――――――――――――Bパートへ―――――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み