第240話 見え隠れする違和感(後) Bパート

文字数 5,055文字



 その靴下を見に行った際。それまでのエッチな優希君だったら、あれやこれやと男の人の視点から色々な話を聞けるかと思っていたけれど、予想外にもお店の中に入らず外で待っていた優希君。エッチな優希君で恥ずかしい想いをしなくて済んだと思う反面、折角のデートなのに別々に行動と言うのもやっぱり寂しい気がして、今日はもう買わないのだからと早い目に切り上げて、
時間つぶしも兼ねて恋人繋ぎをしながら、施設内を少しぶらつく。
「さっきなんで一緒に入らなかったの?」
「さすがに女子の服選びに僕が入って行くのは勇気がいるよ」
 別に下着屋じゃあるまいし、さっきはみんなの前で恥ずかしい言葉を口にしていたとは思えない反応をする優希君……顔が赤いから本気で恥ずかしがっているようにも見えるけれど……アヤシイ。
「勇気って……別に他のデート中の人もいたし、大丈夫だと思うんだけれど?」
「そう言うのは蒼依さんとか優珠とかと一緒に買いに行っても良いんじゃないかな」
 靴下一つで私にエッチな顔を出した優希君と繋がらなくて、やっぱり何か怪しい。
「でも私の靴下。本当は優希君が選びたかったんだよね?」
「もちろんそうだけど、でも愛美さんのお義母さんに言われるのも、愛美さんとキス出来なくなるのも嫌だし……」
 かと思ったら、隠す事無く本音を漏らしてくれる優希君。その本音は嬉しいけれど、私の話を覚えてくれていない優希君にはやっぱり面倒臭い私が出るのだ。
「ありがとう優希君。私も優希君との口付けはすごく楽しみだよ『じゃあ今すぐ』――だけれど、さっき私が唇を湿らせたのに優希君、全然見向きもしてくれなかったよね?
 それに二人きりのデートは例え優珠希ちゃんであっても言ったら駄目なんだよ。なのに私が、嫉妬しているお母さんに言うと思ったの?」
「?! じゃあ改めて今から靴下を見に行こう」
 なのにそれ以上にエッチな優希君。すぐさまさっきのお店に戻ろうとするけれど、
「だから、私をちゃんと見てくれていなかった優希君とは今日は口付けも靴下もナシね。その分優珠希ちゃんと一緒に買い物に来て仲良くなれるようにするよ」
 面倒臭い私がそのまま黙っている訳が無い。デート中なんだから私だけを見てもらわないと嫌なのだ。
「……」
 私の言葉に力無く立ち尽くす優希君。ひょっとしなくても優希君の頭の中は私との“そう言う先の事”で一杯になっているんじゃないのか。
 もちろん私も優希君だけの彼女なのだから、優希君の期待する気持ちはしっかりと受け止めたい。私は自分から優希君の腕を胸部付近でしっかり抱き込んで笑顔を向けると、
「――そんなに緊張しないで、もっといつもみたいに楽にしてよ。そうでないと歩きにくいよ?」
 もう既に鼻の下を伸ばした優希君。その理由が何でかまでは恥ずかしすぎるから考えない。ただ私の笑顔に喜んでくれたって事にしておく。
「……ありがとう愛美さん。愛美さんとだったら優珠も喜んでどこへでもついて行くよ――それでこれからなんだけど、先にお昼にする? それとももう少しだけ時間を潰して先に受け取りに行く?」
 あの優珠希ちゃんが黙って大人しく私について来るなんて考えにくいんだけれど。
「優希君に何か見たいのがあれば私はどのお店でも大丈夫だけれど……出来れば受け取ったのを見ながらゆっくり食べる方が良いかな」
 ただ気が付けば、私から誘ったデートなのに優希君が上手く繋いでくれる。だからって言うのも変だけれど、今は二人だけのデート中なんだから珍しく優希君からの外食のお誘いと言うのも手伝って、優珠希ちゃんにはご遠慮願う。
 私だって優希君がどんなものを好むのか知ってからお弁当に着手したいのだ。

場違いかなとは思ったんだけど、一応今日もお弁当は持って来たんだ。やっぱり外食が良い?」
 だけれど驚いた事に、今日もお弁当を用意してくれたと言う優希君。マメと言うか何と言うか……それでも優希君のあの美味しいお弁当と言い、あのネックレスの後の財布事情を考えると、現金な話嬉しいのも確かで。
「そんな事ないよ。そしたらもう少しある時間を有効活用するつもりで、外で食べられそうな場所に目星をつけてから、改めてネックレスを受け取りに行こうよ。だからそんな不安そうな顔しないでね」
 元々この兄妹の作る手料理は、そこら辺の外食店より私の舌には合うのだから。
「本当にありがとう。愛美さん」


 灯台下暗し。外を歩き回りはしたものの最適な場所が無くてどうしようとなったところで、駐車場とばかり思い込んでいた屋上が、緑地化の一環として、ちょうど芝生を敷き詰めた公園みたいになっていたからと場所を決めてから、改めてさっきのお店にネックレスを取りに行く。
 そこでさっきのお姉さんからネックレスを受け取って、本当に長さは大丈夫なのか試着だけさせてもらって、いざ代金を支払うとなった時、
「先ほどはこちらの店員が失礼しました。お代金の方ですが、彼女さんご自身の分だけで彼氏さんの分は結構ですよ」
 優希君が残りを足そうとした時、別の店員さんにやんわりと止められてびっくりする。
「でも、私。少し足りないんですけれど」
 もう加工までしてもらって今更無かった事になんて出来る訳ないし……
「ですのでその分、学生お値引きと言う形で対応させて頂きますね」
 いや。元の店員さんがものすごく何か言いたそうにしているんだけれど。
「でも愛美――僕の彼女も気にしていますし、僕自身も少しでも出したい気持ちなんです」
 優希君の申し出に対して、また元の店員さんの表情がジェスチャー付きで変わる。
「その彼氏さんのお気持ちで、彼女さんに美味しいものでも食べさせてあげて下さいね――それではレシートをお持ちしますのでしばらくお待ちくださいませ」
 だけれど、それ以上に綺麗に私たちの申し出を断った店員さんが、トレーに足りない代金を載せたままバックヤードへ一度消えてしまう。
「……えっと。何がどうなってるんだろうね」
 私は何となく分かるんだけれど、この店員さんが何も言わない以上やっぱり憶測で物を言うのは良くないと思い、
「どうなんだろうね――でも、こういうお店にも学割があるなんて知らなかったよ。だからこれで優希君に出してもらわなくて済んで良かったよ」
 分からないフリをしてさっきの店員さんに便乗させてもらう。
「……」
 無論元の店員さんも優希君も何か言いたそうではあるけれど。
「でも気持ちはとっても嬉しかったからありがとうねっ」
 ただ形はどうあれ、これだったら私も気兼ねなく着けられるし、対策の一環としてしっかりと使える……と言うには少し高価かもしれないけれど。
 それでもこのペンダントトップに意識が行けば、“隙”自体はごまかせる算段が高いと期待出来るんじゃないのか。
「愛美さんが喜んでるんなら僕としては納得するしかないけど……」
「お姉さんも。こんな良いものを案内して頂いてありがとうございましたっ! 大切に使わせて頂きますねっ」
 それでもこの店員さんに案内して貰えていなかったら、今日は“お気に入りナシ”で帰っていたかもしれないのだ。
「そこまで気に入って頂けましたら私共としましても、販売の甲斐もありますし何かございましたらお修理も賜りますのでお気軽にご来店くださいませ」
 私のお礼と共に息を吐き出した店員さんからの案内。これは長く使えるお気に入りの一品になりそうだ。
 その後は戻って来たさっきの店員さんから、一通りの説明を聞いて保証書を貰って退店させてもらう。

 目星をつけておいた屋上へ戻って、今度は優希君お手製のお弁当。
 商業施設の屋上と言う事で、休日も重なって小さなお子さんもたくさんいるから、口付けなんかは無理だけれど落ち着いて話をするには時間を気にしなくていい分、かえって良いのかもしれない。
 親子連れの児童たちを横目に、備え付けてあるベンチに優希君と並んで腰かける私たち。
「こんな日くらいは外食でも良かったんだろうけど……いつもいつも弁当でごめん」
 早速さっきのネックレスを改めて見てもらおうと、私の為に用意してくれたであろうお弁当を出しながら、何故か力無く謝る優希君。
 どうもさっきのネックレス辺りからおかしいような気がする。
「何で? 別に何も悪くないし私、優希君の作ってくれるお弁当、大好きだよ?」
 彼女として思うところはあっても、優希君からの気持ちを拒む理由にはならない。
「あれ? このお弁当って?」
 私が優希君からのお弁当を楽しみにしていると、態度で伝えようと早速お弁当の蓋を開けると、最近は目にしなかったとても女の子らしくて彩鮮やかなお弁当の中身。何度か優希君お手製のお弁当を食べて今更間違える訳が無い。
「……うん。普段はデート中に他の女の子を匂わせるなんて論外だって言ってたのに、今日は優珠が作るって。もし愛美さんが気分を悪くしたならその弁当も僕が――」
 優珠希ちゃんと聞いて昨日の電話を思い出す。
「――そのお弁当を優珠希ちゃんが作ったって事は、今日の私とのデートを優珠希ちゃんもすごく気にしてくれているって事?『っ』――今日優希君が楽しめるかどうかを気にしているって事だよね」
 つまりこのお弁当も二人の何かと繋がっているのか、それとも私たち二人に今日はどうしても楽しんで欲しかった優珠希ちゃんの気持ちからなのか。
 優珠希ちゃんが何を言い渋っているのか、あるいは何を怖がっているのか分からないから、その判断がどうしてもしづらい。
「気分悪いよねごめん。この弁当は僕が食べるから――」
「――……優珠希ちゃんのお弁当って本当に美味しいよね。個人的には下手なお店で食べるよりかはこのお弁当の方が美味しいって思うよ」
 その上、気弱な優希君まで顔を出し始めるけれど、こんなので気分を悪くするとか今更だし、そんな事でへこたれていたら優希君の彼女をやっていられないのだ。
「本当にありがとう愛美さん。今の言葉を優珠が聞いたら喜んでくれるよ」
「優希君……優希君はどうなの?」
 私が終始嫉妬していてもいつもいつも優珠希ちゃん。でも今日は私から誘ったデートで、現時点でもう、優希君に色々助けてもらってはいるけれど、私が優希君を楽しませる日でもあって……なのに優珠希ちゃんは昨夜電話までして来て、今朝もメッセージをくれていて……
その上、私相手には作らないと言っていたお弁当も作って。
 私が優希君を楽しませるはずなのに、優珠希ちゃんが私たち二人を楽しませようと、取り持とうとしてくれているようにも感じられて――

  “――とにかく明日はお兄ちゃんをエスコートして。それも一つの
              材料になるから、明日だけはお兄ちゃんと喧嘩しないで――”
 昨夜の優珠希ちゃんとの電話の内容を鮮明に思い出す。
 と同時に違和感だらけの中、優珠希ちゃんのいじらしいほどの気持ちを見つける。
 ひょっとしなくても優珠希ちゃんは、私に話すのを真剣に考えてくれているのかもしれないし、踏ん切りがつかないだけでもう話しても良いと思ってくれているのかもしれない。
 どうして優珠希ちゃんって、こんなにも分かり辛いいじらしさなのか。こんなのはその行動だけを見ていても中々気づけるものじゃない。
 でも、気付いてしまえば今すぐにでも優珠希ちゃんを抱きしめたくなる。
「もちろん僕も嬉しいよ」
「優希君は楽しくないの? 今日の優珠希ちゃんが聞きたい感想は優珠希ちゃんへの想いじゃなくて、優希君自身がどのくらい楽しかったのかって感想だと思うよ」
 優珠希ちゃんが心の底では私に話したがってくれていると分かったら、もうこっちのものだ。

 私が座して大人しく待つ訳が無い。

 それこそ優希君だけには認めてもらっていたハレンチだって辞さない覚悟で優希君と優珠希ちゃんの心を解きほぐしていくだけだ。
「僕は愛美さんといられれば幸せだし、愛美さんからは本当にたくさんの自信を貰ってるんだ。だからいつもありがとう」
 言って私の頭を撫でてくれる優希君――って違う違う。
 おかしい。今朝確認したメッセージでも、一緒に楽しもうねってあったのにどうして幸せとか自信の話になるのか。
 いや、自身については時々口にはしていたのか。だったら私だって伊達に優希君をしっかり見て来たわけじゃない。
 今日中に接待優希君に楽しいって言わせようとその戦法を変える。

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