第241話 薄氷 Aパート

文字数 6,512文字


 今日はしっかり優珠希ちゃんと話がしたい。明日から再開予定の園芸部に関して準備などもあるからと、私の夜道も心配しての早い目の切り上げ。
 一方私の方も、明日の統括会全校集会での原稿を考えるのもあって、出来るだけ人通りの多い道を選んでの、今は一人帰宅中。
 少しだけ今日のデートを振り返っておく。
 まず私から誘って初めて分かったけれど、いくらお付き合いしているからと言っても用事や都合、それに体調なんかでちゃんと受けてもらえるのかどうか――ううん。言い訳しないで言うと、ちゃんと楽しんでもらえるようなデートになっているのかどうか。
 そう言うのでずっと不安だったのには驚いた。
 そしてデートの内容。優希君が連れて行ってくれるデートはいつも楽しくて、気付けば時間が過ぎている場合が多かったけれど、今日の私のデートだと途中で時間が余ってしまった。もちろん目一杯詰め込んで忙しなくしてバタバタするのは本意ではないけれど。
 ただ一緒にいられるだけで良いと私が思っていたとしても、優希君が退屈を感じてしまていたら、私と一緒にいて楽しかった、私を選んで良かったと思って欲しいこっちとしては、それはそれでやっぱり大問題な訳で。
 だけれどその余った時間を優希君が上手く埋めてくれて、デートの後半に関しては結局いつも通り私が楽しませてもらった。
 楽しめたのももちろん嬉しいのだけれど、こう言うさり気ない気遣いみたいなのがどうしようもなく嬉しいのだ。
 誘う時の緊張感と言い、全く感じさせずにこれをいつも当たり前のようにしてくれていた優希君。こんな優希君だから増々甘えたくなってしまう。
 私から甘えさせてもらう分、もう少しだけ私なりの方法で感謝を伝えても良いのかもしれない。

 え? 最後優希君とどんなデートをしたかって? 本当は秘密にしたいんだけど、ちょっとだけ教えるならただ歩いただけだよ。それでも色んな景色も見られたし、優希君の趣味が分かって嬉しかったのっ! これだけ。これ以上は秘密っ!

 そしてもう一つが優希君は商業施設やテーマパークよりも、人が少なく自然の中の方が好きなのかもしれない。もちろん午前中のお買い物もエッチな優希君が顔を出したり、何かよく分からないこだわりや恥ずかしい言葉を口にしながら楽しんではくれていただろうけれど、どう見ても昼からの方が生き生きしていた気がする。
 それに今まで優希君に連れて行ってもらったデートに関しても、遠出のデートも含めて全部自然の中が多かったのも思い返してみても、色々慣れた手つきや、よく分からない知識なんかも含めて間違いないとは思う。
 その中で分かった優希君の考え方の一つ。ピアス。耳に穴を開けると言う考え方、捉え方。どう考えても痛いだろうから私から開けるなんて無いけれど優希君が難色を示すとは思わなかった。
 そう言えばあれだけ派手な格好をしている優珠希ちゃんだけれど、よく考えてみれば香水などの匂いが苦手な優希君だから仕方がないとして未だ触れる事すら許してもらえていない髪飾り以外、優珠希ちゃんが装飾を身に着けたのを目にした事がない。
 ひょっとしたら優希君はお化粧や香水はもちろん、装飾の類そのものが好きではないのかもしれない。
 一日のデートを通して、新しく知った優希君の一面と新しく分からないところが出てきた優希君。
 これこそが朱先輩の言う“人の心は分からないから

楽しい”のだと思う。

 そして最後に。最近になって増々強くしている二人を取り巻く違和感。少なくとも優希君自身も優珠希ちゃんも話しても良いと、打ち明けようとしてくれているのは、ここ連日突いたり煽ったり、色々させてもらっているのもあって伝わる。
 ただその気持ちを阻んでいるのは事情を知っているであろう御国さんも言っていたけれど、自信であり勇気、見え隠れしている一貫しない優珠希ちゃんの言動。
 そしてさっきのデートでも顔をのぞかせていた優希君。その優希君に関して、私の存在が一つの自信になっているのなら、私としては待つだけだ。
 もちろんただ待つだけとは言え、さっきのデート中みたいに座して待つつもりなんてない。二人からの信頼を勝ち取った上で話してもらえるようにあの手この手を尽くすだけだ。
 いずれにしても大好きな優希君の話だから、何が出て来ても受け止めたいと思うし、臆病で繊細な優珠希ちゃんを受け止めるのもまた私でないと嫌なのだ。

宛先:優希君
題名:ありがとう
本文:今日もとっても楽しかったよ。いつも私を助けてくれてありがとう。今日のネックレス、
   次回のデートで着けて行くね。
    それから何回も同じ事言っているけれど優珠希ちゃんも女の子なんだから追い回した
   ら駄目だよ。優希君の気持ちをしっかり伝えたら優珠希ちゃんは必ず分かってくれるよ。
    優希君は今日のデートでもたくさん楽しませてくれたたった一人の彼氏なんだから自信
    持ってね。
     それじゃあ、明日からの園芸部、お互い頑張ろうね。大好きっ! だよ。優希君。

 最後私の気持ちを込められるだけ込めて少し早い目の帰宅とする。


 てっきり男二人は家でだらけていると思っていたのに、予想に反して家の中にはお母さんも含めて誰もいなかったから、これ幸いとばかりに値引きしてもらった“涙”をモチーフとしたネックレスと共に、二階の自室へと戻って少しくらい机に向かう。

宛元:優希君
題名:楽しかった
本文:愛美さんはいつだって僕の欲しい言葉をくれるから自信を持てるんだと思う。だから
   こそ束縛みたいになってしまうのは分かってはいても、男子児童相手でも嫌な気持ちは
   沸いてしまうんだ。
    それから今日優珠が帰って来たら話をするけど、その優珠の弁当。二人のデートだった
   はずなのに嫌な顔せずに食べてくれてありがとう。
    優珠も絶対喜んでくれる。少し気が早いけど明日も愛美さんと一緒に登校したい。
    僕も同じ気持ちだから。

 一通りの切り替えと準備を終えたところで早速優希君からの返答。なのにそこには優珠希ちゃんへの想いまで一緒になっていて。
 その優珠希ちゃんは私と優希君を応援してくれているのは明白なのだから、もうここまで来ると嫉妬がどうとかの話じゃなくなってくる。

宛先:優希君
題名:美味しかったよ
本文:念のために伝えておくけれど私。嫌々なんて食べてないよ。むしろ滅多に機会の無かった
   優珠希ちゃんの弁当を食べられて嬉しかったくらいなんだからね。だからお弁当でお礼
   を言うなら私だよ。もちろん明日の登校も、園芸部再開の記念日なんだから四人でね。
    きっかけは必要だと思うけれど、話してもらえるのを楽しみにしているね

 だから二人とも大切だって伝えた上で、やっぱり私を嫉妬させた優珠希ちゃんを突っついて煽っておく。

 しばらくの間、机に向かっていると、両親の声と共に玄関の開け閉てする音が。
 その音に誘われるように階下に顔を出すと、
「智恵……愛美。今日は帰って来るの早かったんだな」
 何とスーツ姿の二人が。しかもお母さんは私に一言もなく着替える為なのか、リビングを通り抜けて部屋へ駆け込んでしまう。
「今日はお買い物に行っていただけだから早かったけれど――お父さん。どこかに行っていたの? それにお母さんはどうしたの? まさかお母さんと喧嘩したとか、お父さんがお母さんを悲しませたとかじゃ無いよね」
 少なくとも私が家を出る時にはお母さんは普通だったし、下手をしたら優希君をデレっとさせようとしているようにも見えていたくらいなのだ。
 そのお母さんの変わりっぷりに、自分の部屋からリビングへ場所を移してお父さんに話を聞くと、
「……父さんが母さんと喧嘩して負けるに決まってるじゃないか。そうじゃなくてな今、父さんたちは難しい話をしててな、それが中々上手く行かなくてそれでしんどいんだと『――っ』思う――愛美?」
 迂闊だった……と言うか、身体が勝手に反応するから自分ではどうしようもないのだけれど、まさかお父さんが私を抱いてくれるとは思わなくて、身体がびっくりしてしまう。
「ううん。何でもないよ。ただお父さんにこうされるなんて、最近全く無かったからびっくりしただけだよ」
 身体の震えを悟られないように、言いながら離れたつもりだったのに、
「でも愛美からお父さんの腕に抱き付いてくれたり、お父さんが愛美に触れてもびっくりするなんて今まで無かったじゃないか――お父さんが……怖いのか?」
 私から離れたお父さんのショックを受けた表情。どうしよう。自分でも親バカだって分かるくらいには、例え的外れだったにしても私たちを見てくれていたお父さんが、ここに来てズバリを言い当てて来るとは思っていなかった。
「そんな事ないよ。穂高先生に怒っていたお父さんは怖かったけれど、いつもは優しいお父さんじゃない」
 だけれどせっかく復学までして、学校内でも色々な事が上手く行きかけている中、間違ってもあの時の頑ななお父さんに戻してしまう訳にはいかない。
 私はお父さんの腕を、震えの残る身体を“お父さんが酷い事する訳が無い”娘としてお父さんに傷ついて欲しくない一心で、言い聞かせて抱き込む。
「……本当にそうだったらいいが、これ以上の秘密とか内緒とかは辞めて、思う事があったら正直に言ってくれよ」
 そのお父さんが、私の頭を優しく撫でてくれての一言。
「もちろん私も言うけれど、お父さんたちも何かあったらちゃんと言ってよ? 同じ家族で秘密なんて嫌だからね。それでお父さんは着替えなくて良いの? お母さんを一人にしておいても良いの?」
 女同志なら話せるかもしれないけれど、今は話も事情も全部知っているお父さんが、お母さんの元に向かうべきだと判断して、抱き込んだお父さんの腕を離す。
「ありがとう愛美。お母さんの着替えが終わったら、お父さんも行って話をするから愛美は安心してなさい」
「だったら今日の夜ご飯は私が作ろうか?」
 二人でしっかり話をするなら。最近元気のないお母さんを元気にしてくれるのなら。
「いや。母さんの事だから自分で作るって言うだろうから、愛美は勉強の続きでもしてたら大丈夫だ」
「お母さんが作るって……こんな時にまでお母さんに作らせるの?!」
 お父さんには少しくらいお母さんを休ませてあげようとか言う気はないのか。優希君だったら絶対代わってくれる。
 同じ女としてあまりにもお母さんに対する態度が酷いから、どうしても言葉がキツクなる。
「ははっ。愛美にはそう見えるのか。愛美の気持ちは愛美の気持ちで母さんも喜ぶだろうけど、あいにく母さんの事は父さんの方がよく知ってるんだ。だから愛美は何も気にしなくて良いから、自分の好きなことしてなさい」
 なのに、何を自信満々な表情をしているのか。
 いつもお母さんの気持ちを考えもしないで、怒らせたり悲しませたりしているのはお父さんの方じゃないのか。いつもは情けない姿ばかり見せるクセに、こんな時だけ言い切るんだから。
「お父さんがそこまで言い切ったんだから、夜ご飯までにお母さんの元気が戻っていなかったらお父さんとは喧嘩だからね」
 これくらいは言わせてもらわないとやってらんない。
「ありがとう愛美。それじゃ母さんところに行って来るな」
「あ、ちょっと。お母さん今着替え――」
 返事だけは景気良かったけれど、いくら夫婦とは言えお母さんの着替え中に入って良いものなのか。
 呆れ半分期待半分でお父さんを見送った私は、勉強の続きをしようともう一度自室へと戻る。


 次は部屋の鍵をかけて机に向かい始めてからしばらく。部屋が暗くなってきた頃合い。

宛元:咲夜さん
題名:購入できたよ
本文:蒼依さん体調大丈夫? 元気そう? 昨日折り紙と千羽鶴にするための材料は実祝さん
   と一緒に揃えたから明日みんなに配るね。それから蒼依さんって嫌いな色とか物って
   大丈夫だったよね

 一通のメッセージ。そのメッセージにたくさんの喜びが詰まった咲夜さんからの知らせ。しかも一人で買いに行くんじゃなくてちゃんと実祝さんを誘って。
 確かに蒼ちゃんの気持ちも分からないではないけれど、咲夜さんだってもう色々な想いを持ちながらも歩み始めてくれているのだ。
 だから蒼ちゃんの説得は何が何でも私がすると改めて決意して

宛先:咲夜さん
題名:ありがとう
本文:ちゃんと実祝さんも誘ってくれてありがとう。明日の月曜日楽しみにしているね。
   それから蒼ちゃんだけれど、両親と喧嘩するくらいには元気だし、特に嫌いな物とかも
   ないよ。色に関してはお菓子を連想させる黄色とかオレンジとかは大好きかな。

 咲夜さんに感謝のメッセージと共に、何か別の企みでもしているのか、質問に対する蒼ちゃんの好みを伝える。
 ただ一緒に行ったと言う実祝さんからは何の連絡もないのが気になったからと、

宛先:実祝さん
題名:ありがとう
本文:昨日咲夜さんと二人で買い物に行ってくれたんだってね。今、咲夜さんから連絡を
   貰ったよ

 実祝さんにも一通送ったところで

宛元:優珠希ちゃん
題名:結局わたし
本文:アンタ! お兄ちゃんだけに留まらず佳奈にまで何を吹き込んだのよ! せっかく今日は
   佳奈と明日からの打ち合わせをしようとしてたのに何でアンタの話ばっかりなのよ!
    しかも佳奈まであんたにゆえゆえの一点張りだし。アンタに何かの協力までするとか
   ゆい出してるじゃない!
    わたしの考える時間までどっかやって、佳奈にまでけしかけたあんたが奥ゆかしい
   とか佳奈の目まで腐らせるのは辞めてちょうだい。
    アンタはお兄ちゃんの彼女なんだから、その腹黒さはお兄ちゃんにだけ見せておけば
   良いの。良いアンタ。家にいたら一日中お兄ちゃんからアンタにゆえゆえゆわれ続けて、
   佳奈のところに避難したら佳奈にもゆえゆえゆわれて、これでノイローゼになったら
   全部アンタのせいだから

 なんか初めから最後まで文句の嵐のメッセージが届いたんだけれど。何でお兄ちゃんの前ではその対象が私だったとしてもあんなにいじらしいのに、誰も見ていない状況下の二人きりの直接だとこんなにも憎たらしいのか。
 大体私たちを見かねて協力を申し出てくれたのは御国さんからなのに、こんなにも奥ゆかしい私が何を吹き込むのか。
 優珠希ちゃんがこんなだから、私が黙って大人しくしていたら小姑に良いようにされるだけじゃないのか。
 腹黒もハレンチも貧相な私も。何度言っても一向に治る気配のない優珠希ちゃん。

宛元:優珠希ちゃん
題名:優珠希ちゃんの気持ち
本文:優珠希ちゃんの気持ちに中々気づけなくてごめんね。何だかんだ言いながら五日は待って
   いたつもりだったけれど、待っても待たなくても一緒だったみたいだね。だったら優希君
   や御国さんから言われ続けてとっても可愛い優珠希ちゃんが本当にノイローゼになったら
   大変だから、明日で終わらせるためにも優珠希ちゃんの言うように腹黒らしく、絶対
   喋ってもらって終わりにするからそのつもりをしておいてね。
    もちろん優希君が他の女の子にデレってしたら、優珠希ちゃんと二人で絞るし……
   万一優希君がデレってしていたのを優珠希ちゃんが隠していたら……私がどのくらい
   嫉妬深いのか冬美さんか優希君からしっかり聞いておいてね。
    それからもう優希君とのデートは終えているから、家に帰ればお兄ちゃんが待ってるよ

 少しだけ私の怖さを見せておく。
 ただし、私を本気にさせたんだから、明日中には何が何でも優珠希ちゃんから喋るように仕向けてやる。そろそろ本気になった私の方が上だって事を小姑――優珠希ちゃんには分かってもらわないといけない。
 私は思い切りの皮肉と標的を絞った旨のメッセージを送ってから、部屋を明るくしてもうひと踏ん張り。机に向かう。

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