第238話 心重なるが故、傷つくのは Bパート

文字数 5,402文字



 理解してしまったら、また私の気持ちも変わると同時にもう毒を食らわば皿まで。私も蒼ちゃんと同じだって伝えようと決心する。
「愛ちゃん。話に行くとかそう言う問題じゃないの。私や愛ちゃんが受けた恐怖とかは無かった事にはなってくれないの。それをアノ人は何にも分かってないの。同じ目に遭うしか分かってもらう方法なんて無いの」
「蒼ちゃんだけが汚れているとか、蒼ちゃんが汚れたからとか。私はそんな事想った事も考えた事もないよ……私もね、あのサッカー部の後輩や戸塚に自分の身体を乱暴された感覚が無くならないの。
 ほぼ全部を無理矢理見られた恐怖心、不快感……それに罪悪感が無くなってくれないの。いくらお風呂で洗っても流れて言ってくれないの。消えてくれないの『あの時私が愛ちゃんを――』
――言っとくけれど、あの日の行動を私は全く後悔していないよ」
 たくさんの人に心配と迷惑をかけた反省だけはしっかりしないといけないけれど、お母さんもお父さんも私自身は何も間違ってはいないって言ってくれているんだから、これだけはハッキリ伝えておかないといけない。
「正直優希君が私との“そう言う先の事”『……』を意識して

『!!』楽しみにして

のは伝わっているの。だけれど私にとってはもちろんの事、優希君にだって私との初めてはとっても素敵な思い出にして欲しいの。なのに私の身体には、まだ他の男の人感覚が残っていて消えてくれないの。
 こんな気持ちと身体で真っ新な私として優希君の前に立つなんて出来ないし、優希君のたった一人の彼女として、私の初めてを貰ってもらうのに一点の黒も持ちたくないの」
 だからこそ私は、優希君が他の女の子にデレってしたとしても、これ以上優希君以外の男性に触れたくないのだ。朱先輩が教えてくれたように私にとって初めてって特別なんだって、やっぱり優希君には余すことなく伝えたいから、分かって欲しいから――ああ。
 だから私に対して恋心を抱いているあの男子児童とも、手を繋ぐのをためらったのかもしれない。
「……結局アノ人は、今でも愛ちゃんと空木君の仲を邪魔してるって――」
「――だからって私は、咲夜さんを恨んでいないよ。咲夜さんはもう十分に反省して悔いて。そして行動してくれている。それに優希君だってどんな私でも良い。私らしくいてくれれば良いって言ってくれているの。
 優希君以外の男の人なんてどっちでも良い私からしたら後は、自分の心の中の問題だけなの。咲夜さんに腹いせしてどうにかなるもんでもなければ、さっき蒼ちゃん自身が言ってくれたように一度自分の身体についてしまった感覚が無くなったり、あの日の事件が無くなる訳じゃないの。
 だったらやっぱり私の周りにいる人には知っていて欲しいし、咲夜さんに同じ思いをして欲しいなんて思えないよ」
 だったらやっぱりあの男子児童には、しっかりお断りする方が優しさなのかもしれない。
「……」
 今自分で口にして、優希君以外の男の人にこれ以上触れるのは嫌だって、自分で分かったばかりなんだから、優希君に相談するんじゃなくて、今日の話と私の気持ちを改めて優希君に伝えるのが答えなんじゃないかって思える。
「……愛ちゃんは心も綺麗だから、身体も付いて来ようとしてる。だけど心まで汚れてしまった私の場合は――もうどうしたら良いのか分からないの」
「待って蒼ちゃん! こんなにも私や優希君。それに実祝さんを考えてくれる蒼ちゃんが汚れているなんて絶対ないよ! それに身体だって少しずつ治って来ているし、妊娠だってしていなかった。
 私も相当時間がかかるのは覚悟しているし、その間ずっと優希君に待ってもらう事になると思う。それでもこの不快感も罪悪感もいつかは消えるって信じてるよって言うか、信じないと私自身、優希君との未来なんて築けなくなってしまうよ……」
 蒼ちゃんには言葉を包んでしまったけれど、実際はこうでも思わないとこっちがおかしくなってしまいそうなのだ。
「……さっき愛ちゃんが話してくれた好きでもない男の人の感覚って、おばさんには話してるの? その上で学校説明会の話出来てるの?」
「話してはいないけれど、理解しはしてくれているよ。その上でお母さんは“私たちの話なんて何もしなくて良いんじゃないのかって。どうしたら今私を襲っている感覚が消えるのか、代われるのか”って涙してくれていたよ」
 ただこの辺りの詳細をお母さんに話した訳じゃない。
 私の気持ちをしっかりと分かってくれているお母さんだから、通じ合っただけの話だ。
「……それなのに学校説明会、迷うの? おばさんや慶久君の言う通り何も言う必要なんてないんじゃないの? あのキモチ悪い感覚があるのにアノ人を赦せるの? ねぇ。何で? どうして? やっぱり私が優しくないから? 私が汚れてるから? 私には分かんないよ……」
 だけれど、私よりも弄ばれ続けた蒼ちゃんの傷は深い蒼ちゃんが涙声に変えてしまう。例え目に見えている傷が治ったとしても葛藤や迷い、不快感は消える事なく続き、苦しむことになる。
「……それが蒼ちゃんの気持ちだったら、その気持ちを大切にして学校側に伝えたら良いと思うよ。
 ただし、蒼ちゃんのおばさん達は本当に心配してくれているのは間違いないから、一度で良いから家族みんなで話し合った上で、蒼ちゃんの自信の気持ちをみんなに話して欲しい。それだけでも蒼ちゃんの気持ちは二人に伝わるだろうし、尊重してくれると思うよ」
「愛ちゃんは? 愛ちゃんは違うの?」
「私はさっきも言ったけれど、詳細に知られるのは絶対イヤだけれど、何があったのか概要だけはしっかり話して、何があっても無かった事にはして欲しくない。その上で、いつ自分の身に降りかかるか分からないんだと、女子にも警戒心を持って欲しいし、男子にはそれで取り返しのつかない事になるって理解して欲しい」
 それでもこんな酷い非日常が学校の中で行われるなんて、耐えがたいから。
「……やっぱり愛ちゃんは愛ちゃんなんだね。一度私もお母さんたちと話してみるけど――」
「――もちろん二人が蒼ちゃんの気持ちを蔑ろにするって言うんなら私も戦うし、私の家ならいつでも家出だって大歓迎だよ」
 私の想いはどうしても蒼ちゃんとはずれてしまうけれど、蒼ちゃん自身の気持ちは分かるし、同じ気持ちを抱えている部分もある。
 それに何より引っ込み思案の蒼ちゃんが、自分の想いを口にすると言うなら相手が誰であれ、私は蒼ちゃんの応援をするだけだ。
「じゃあ何かあったらまた愛ちゃんに連絡させてもらっても良い?」
「何か無くても私たちは断金の友達なんだから、連絡待っているって。変な遠慮なんてしないでよ」
「ありがとう愛ちゃん。それで今日はもう遅いし、外も暗いけどどうするの? 私の家に泊って行く?」
 ここまで話して今日初めて、蒼ちゃんに笑顔が浮かぶ。
「ううん。今日は遅くなるから――ちょっとだけごめんね」

宛元:朱先輩
題名:喧嘩してない?
本文:親友さんと喧嘩してない? 夜道なったらとっても危ないんだから無事に家に帰れて
   たらメッセージだけでも良いから連絡が欲しいんだよ

 と、ここでまさかの朱先輩からのメッセージ。
「……」
 しかも蒼ちゃんからの気遣いとほとんど同じ内容だから、自然に笑みが浮かんでしまう。

宛先:朱先輩
題名:今は蒼ちゃんの家です
本文:帰りはお母さんに迎えに来てもらうので大丈夫ですよ。心配して頂いてありがとう
   ございます。帰ったらメッセージを送りますね

 朱先輩からのメッセージにクスリとして返信を済ませて。そのついでにお母さんに迎えに来て貰うお願いをした後、
「……今のメッセージってブラウスの人?」
 気が付けば蒼ちゃんが不機嫌になってしまっている気がするんだけれど。
「ははっ! それもあるけれど別に蒼ちゃんを悪く言っても書いてもいないからね」
 さっきまでの空気は何だったと思わなくも無いけれど、さっきまでの涙声に比べたらはるかにマシだし、さっき蒼ちゃんがメッセージをくれた時の反応と瓜二つだったから、思わず笑ってしまう。
「……私の力にはなってくれる。お母さんたちと話してくれたら良いって言ってくれてたのに、ブラウスの人の家には何度も泊まって私の部屋には泊まってくれないんだ。なのに愛ちゃんは笑って。私は真剣に悩んでるのに何がそんなに面白いのか分かんない」
 本当に久しぶりに見た、蒼ちゃんのムッとした表情。
「そんなに目くじら立てるような話じゃないよ。ただ蒼ちゃんと朱先輩って絶対仲良くなれるんだろうなって確信出来たから、つい嬉しくなって笑いが零れたんだよ」
「ブラウスの人と仲良くなんて――」
 私はそのまま蒼ちゃんに朱先輩からのメッセージを見せて、
「――蒼ちゃんがさっき、何て言って私を心配してくれたか覚えてる?」
 そのまま質問させてもらう。
「……本当に愛ちゃんっていっつもそう。どうせ私のブラウスの人に対する印象も気持ちも全部知った上で、ブラウスの人と友達になって欲しいとか、今みたいなメッセージを見せて、すぐに私の気持ちを解して来て。本当に愛ちゃんってズルいよね」
「そうだよ。蒼ちゃんだけはやっぱり分かってくれるよね。私ってズルイの。決して完璧なんかじゃないし、天城を今、目の前に連れて来られたら、どうするのか分からない位には心が綺麗って訳でもない『愛ちゃん……』それは例え拗ねて、拗ねたら口数が減る優希君だってそうだし、完璧な人間なんていない。
 だから蒼ちゃんの心が汚れているだなんてやっぱり思えないし、むしろそれだけ私を大切に思ってくれている裏返しだと思えばむしろ純粋でものすごく友達想いなんだなって分かるよ。だからこそ一番初めに優珠希ちゃんにビンタした、私以外に妙にキツイ朱先輩とお友達になって貰えるって確信できたの」
 今の空気を壊したくなくて、やっぱり蒼ちゃんが大好きでもう一回抱きしめる。
 優珠希ちゃんに厳しかった朱先輩。咲夜さんにやたら当たりのキツイ蒼ちゃん。もちろんそれぞれ理由もあるし、納得出来る部分も納得出来ない部分もある。どっちかなんて割り切れない。だからこそ似通った部分もあると分かる二人。友達になれると私は、確信できるのだ。

「……本当に愛ちゃんって人は……本当なら今日しようと思ってた説教が出来ないじゃない――それにもうすぐおばさんも迎えに来てくれるだろうから最後にブラウスの進捗を見せるね」
 蒼ちゃんの身体から漂う、甘いお菓子の匂いに名残惜しく想いながら蒼ちゃんを離して、何の説教かは分からないけれど
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先生と携帯:理っちゃんのヤリチン発言は聞かないように! 今後理っちゃんと二人で会うのは禁止ね(笑)
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朱先輩のブラウスだって事もあって飛びつかせてもらう。
「ってこれ。進んでいるの?」
 その蒼ちゃんの後ろ背中を眺めた後、机の上を覗き込んだ私の一言。
「これでも結構進んだって思うけど、愛ちゃんからしたらご不満?」
 机の上に置かれたいびつな形の布が何枚か。裁縫なんて全く出来ない私だけれど針と糸は使わないのか。以前机の上に鎮座していた裁縫箱すらも見当たらないんだけれど。
しかも蒼ちゃんの楽しそうな笑顔を見れるのは嬉しいけれど……どうにも納得しがたいんだけれど。
「不満も何も裁縫は全然分からないけれど、この布は? 針と糸は使わないの?」
「針と糸って……もちろん使うけど、ほとんど手縫いはしないよ」
 私は当たり前を聞いたはずなのに、蒼ちゃんからはくすぐったそうな得意そうな表情のまま答えをはぐらかすし。
「ありがとう。蒼ちゃんを信じているから私は、大人しく完成を楽しみにしているね」
 ただ、得意な蒼ちゃんからしても本当に直してしまいそうだって期待は嫌がおうにも上がるから、それだけでも朱先輩への手土産としては十分だ。

「大丈夫だよ。このブラウスは私が絶対着れる状態に仕上げるよ」

 その上で、朱先輩に警戒、敵視しているにもかかわらず、この力強くも嬉しい一言。私と優希君を心から応援してくれているだけに留まらず、私と蒼ちゃんの共通の友達にまで、笑顔にしようと奮闘してくれる蒼ちゃんの心が汚れているだなんていったい誰が言えるのか。
「本当にありがとう蒼ちゃん。蒼ちゃんがいてくれたから私も朱先輩も心が救われたんだよ。そんな蒼ちゃんの心が汚れているなんて絶対ない! それは私も朱先輩も何があっても保証するから、変な風に考えないでね」
「ブラウスの人もって……まだ会った事も声を聞いた事もないよ――」
 万一蒼ちゃんにそんな事言う人物がいるなら――
「――ううん。私の方こそありがとう。愛ちゃんがいてくれなければ今尚どうなっていたのか、想像するのも怖いよ」
 私を抱き返してくれた蒼ちゃんの身体・腕が震える。
「大丈夫だから。もうあの悪夢はやって来ないから。もう全ては終わった話だよ」
 お母さんが迎えに来てくれるまでの残り時間、お互いの温もりを確かめ合うように蒼ちゃんと抱き合っていた。

――――――――――――――――Cパート・次回予告へ―――――――――――――――――
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