第239話 見え隠れする違和感(前) Cパート

文字数 5,565文字



 少し離れた場所にあるベンチに不満そうにしている優希君と二人、手を繋いだまま腰掛ける。
「何で? いつもなら愛美さん、可愛いって言ったら喜んでくれるのに今日は何か困る事でもあるの?」
 いや、不満を口にする優希君。
「困るって言うか、他のお客さんもいたし恥ずかしいし、みんな注目していたじゃない」
「注目って……周りにはほとんど女子しかいなかったし、その中でも自分の彼女が一番だって言うのは別におかしな話じゃないと思うけど」
 もちろん優希君から褒めてもらえるのは嬉しい。しかも優希君の期待した格好じゃなくて私らしい格好でそう言ってもらえたのなら尚更嬉しいに決まっている。
 だけれどあれだけ注目されたら、恥ずかしすぎて私ならしばらくはあのお店には行けない。
「おかしくはないのかもしれないけれど、私。とっても恥ずかしかったよ?」
「……じゃあ今日から愛美さんに可愛いって言うの辞める」
「?! 違うの。優希君から言ってもらえる大好きや可愛いが嫌とかそう言う話じゃないの。その言葉自体はとっても嬉しいの。だからそんな悲しい事言わないでよ」
 女の子にとって大好きな人から可愛いと言ってもらえないなんて、私には耐えられないから大慌てで訂正させてもらう。
「……でも、今も愛美さんとのデートも中断してしまってるし、愛美さんに合うアクセサリが見つかった時“可愛い”って伝えられなかったら僕は何て反応したら良い?」
 ……どうしよう。言葉だけ取ったら優希君の言う通りだから、上手い返しもないし実際優希君から可愛いって言ってもらえなくなると思うとそれだけで涙しそうになる。
 恥ずかしい気持ちを分かってもらうだけのことが、こんなにも難しいだなんて。
「……ごめん。さっきのは私が悪かった。私も頑張って恥ずかしがり屋を克服するから『!!』これからも優希君だけには私を可愛いって言って欲しいな」
 どうしても優希君から言ってもらえなくなると思ったら、恥なんて捨ててお願いみたいな形になってしまっていた。
 だから今日も私は素直に謝ったはずなのに、
「ごめん。僕も愛美さんには今のままでいて欲しいから、愛美さんも恥ずかしがり屋を克服するなんて言わずに今まで通りでいて欲しい」
 何でか優希君を謝らせてしまう私。今日は面倒臭い私の見せ方を完全に間違えたのかもしれない。やっぱり大好きな人だからこそ気持ちの伝え方って難しい。
「……じゃあ私をまた可愛いって言ってくれる?」
 だったら私も謝らないといけない。優希君だけに謝らせたら彼女としては良くないのは分かる。
「もちろん! 僕にとって愛美さんは最高に可愛い彼女だよ」
 しかも私のおねだりに対して、臆面もなく嬉しそうに言い切ってくれた優希君が、そのまま私の唇に視線を置いてくれるから私の顔が(あつ)(ねつ)を持ち始める。
「ありがとぉ。そう言ってもらえて嬉しいのは優希君相手だけだからね」
 だけれど恥ずかしがり屋の私のままでも良いって言ってくれたんだから、、こんなたくさんの人前で口付けなんて出来るわけ無いんだから唇を湿らせる事なくベンチから立ち上がると、私の手につられる形で優希君も立ち上がってキ……口付けしたかったのにと、小さく零してくれる優希君。
「でも優希君は今のままの恥ずかしがり屋の私が良いんだよね? 私。こんなにたくさんの人前でなんてとてもじゃないけれど恥ずかしくて出来ないよ」
「じゃあ人がいない二人きりの場所なら……」
「……今日は二人きりのデートなんだから、私の答えなんて一つしかないよ」
 その為に引いたリップでもあるんだし。
「じゃあ早く続きを見に行こう!」
 私からの色よい返事に、少しずつエッチな顔を出し始める優希君が、また先行して、でもさっきとは違うお店に向かって歩き始める。


 今度優希君が連れて来てくれたのは、どう言うつもりなのかが分かるくらいお客さんの少ないお店。ただ少ないと言っても人気が無いお店って意味じゃなくて、商品やネックレスチェーンなんかが映えるようにするためなのか、店全体が暗めで落ち着いているのだ。
 しかもさっきみたいな華やかな陳列台とも違って、全体的に濃い色で統一されているし、黒い布地の上に置いてあるマネキンに掛けられたネックレスなんかを見ても分かる通り、朱先輩みたいな大人向けのアクセサリ屋さんだ。
「……確かに可愛いし、綺麗だけれど私に合うかな?」
 朱先輩みたいに大人びていたら、あるいは蒼ちゃんみたいなきれい系なら合うかもしれないけれど、私にはどうなんだろう。
 さすがに場違いみたいな気がして、今度は優希君の腕を引きながら、それぞれ小さなハート形のシンボルにチェーンを引いたネックレスやなんだかよく分からない知恵の輪のようなリングをあしらったネックレスなどを見て回る。
「……仮に今似合わなかったとしても、近い将来似合う、それ以上の女性に愛美さんは絶対なるよ」
 つまり現時点では似合わないって事なのかと、面倒臭い私が少し複雑な気持ちで優希君を振り返ると、
「……」
 どうしてだか自信を持った表情を浮かべているし。こんな優希君の表情を見てしまうと面倒臭い私と共に毒気を抜かれてしまう。
「……じゃあ優希君だったらどんなのが私に似合うと思う?」
 だったらせっかくなんだし仕切り直し。今度こそ優希君の意見を聞いてみたい。
「……」
 私の質問に、真剣な表情で暫く無言で色々なショウケースや陳列棚の商品と、私の胸元と交互に視線を送り始める優希君。
 今の雰囲気からしてエッチな優希君がいないのは分かるんだけれど、それでも首元や胸元に視線を送られるのもまた恥ずかしい。
 そして再びいたたまれなくなった私は、少しくらい自分自身でも見て回ろうと、お客さんの少ない落ち着いた雰囲気のお店の中、少しだけ照明の押さえられたお店の奥の方へと足を踏み入れる。

 店員さんの方も無暗に声をかけて来ない、それでもこっちが呼べばすぐに反応してもらえそうな中、ショウケースと言うかバストアップのマネキンにかけられたネックレスが目に飛び込んで来る。
「……」
 しかもそこに並んでいたのは、さっきまでの可愛いファンシーな飾りとかじゃなくて、星形の飾りや音符の形の飾りが付いていてやっぱりどう考えても朱先輩の方が似合いそうな装飾品ではあった。
「……」
 当然これだけ大人綺麗なのだから、そのまま“ゼロ”の数も一つ多いし。
「……お客様。もしよろしければお手に取ってご覧になられますか?」
 色々な意味で視線を釘付けにしていると、さっきの店員さんが柔らかな声で近寄って来てくれるけれど……
「あ。いえ。可愛いなって見ていたんですけれど……」
 こんなところで値段の話なんてするもんじゃないだろうと、言葉を濁すと
「ご一緒に来店された男性は、彼氏さんですか?」
 一瞬咲夜さんかと錯覚するくらい、私たちをよく見ていたこの店員さん。直接優希君に声をかけてデレってさせた訳じゃないから嫉妬とかは無いけれど、入店するところでも見られていたのかと気恥ずかしくなって無言で首を縦に振ると
「お手に取って試着されるくらいならただで出来ますよ。彼氏さんにいつもと違うご自分を見て頂きませんか?」
 確かにただなんだろうけれど、試着までしてしまうと中々に断り辛くなってしまう気がするんだけれど。
 ただそれ以上に朱先輩ならともかく、私にも似合うのかと言われればそれもまた足踏みしてしまう理由にはなる。
「……こちらのスターペンダントですね。それではお出ししますね」
「あ?! いや、私は――」
 そう言えば優希君って星も大好きだったなと早合点してしまった店員さんが、鍵付きのガラスケースの中から、スターペンダントと言われたネックレスを取り出して私に手渡してくれる。
「……一見にしかず。手にとって初めて気づいたけれど、星の装飾部分にごくわずか何か光っているのに気付く。
「さすがはお客様。そのペンダントトップの中心部分にはほんの僅か、欠片程度の大きさですがお客様自身の誕生石をはめ込む事も可能ですよ」
 そっか。この真ん中の部分は“ペンダントトップ”って言うのか。それは知らなかった。
 それにしても誕生石……か。この店員さんがものすごく親切で言ってくれているのは分かるけれど、誕生石のペンダントは私の幸せを願って、お母さんがくれたネックレスがあるのだ。
 鎖の部分もとっても細かくて着け心地もものすごく良さそうだとは思ったけれど、これは辞めておこうと店員さんにお返ししたところで、
「愛美さん。気に入ったのあった?」
 私の元へ優希君が来てくれる。
「彼氏さんですね。こちらの商品。どう思われますか? 中に彼女さんの幸せを願って誕生石を入れる事も出来るんですよ」
 そしてそのまま優希君に話を持って行ってしまう店員さん。ひょっとしなくても店員さんがそのペンダントを気に入っているのかもしれない。
「……愛美さん自身が可愛いので、愛美さんを引き立てるためにもっとシンプルな方が良いと思うんですが、そう言うのってありますか?」
 だけれどさすが優希君。お母さんから貰ったペンダントにはめ込まれた誕生石をしっかり覚えてくれていたみたいだ。
 しかも今はこの店員さんしかいないから、さっきみたいな恥ずかしさは襲って来ない。
「……それではこちらはいかがでしょう」
 店員さんの方も私たちのやり取り離れているのか、そこまで表情を変える事無く優希君から返してもらったペンダントを手に、レジを横目に別の一角、お店の一番奥の方へと案内される。
「こちらでしたら余計な装飾は付いておりませんし、ペンダントトップもモチーフのものだけになります」
 そこには先ほどよりも更にシンプルに。それでも際立つ存在感を放つ飾り――ペンダントトップが目に入る。
 暗幕の上に平置きされた三日月の上に星が乗っているもの、矢の刺さったハート形のもの、二つの指輪が絡まったようなペンダントトップなど様々なものを順に目にして初めて私の心が動く。
「ありがとうございます。多分この中から一つ選ぶと思いますので決めたら声をかけますね」
 そして再び私の心の動きを分かってくれた優希君が、一度店員さんを離してくれる。

「あ!」
 手を繋ぎながらしばらく周りを見ていて目についたペンダントトップに、思わず声を上げてしまう。
「――ああ。確かにこう言うの愛美さんらしくて良いね」
 私の視線の先――視線を重ね合わせた先にあったペンダントトップで――雨水をモチーフとしたであろう、これ以上ないくらいシンプルなペンダントトップに釘付けになる。
 しかもチェーンの部分も目立たない銀色。こう言うのだったら私でも着けやすい。
「何でこれが私らしいって思ってくれたの?」
 だったら次はやっぱり優希君の意見だ。
「――……愛美さんって水色や涼しい色。それにあの時撮った写真のリクエストもそうだったけど、空や雲が好きみたいだからそのまま連想出来ただけだよ」
 なのに出て来たのは、いかに私をしっかり見てくれているのかを教えてくれた優希君だった。   
 なんかそこまでしっかり私を見てくれているのが分かって、このペンダント以上に嬉しいんだけれど。
「いつも私を見てくれていてありがとう。私これに――っ?!」
 私が気に入って、優希君とも気持ちが通じ合っていて、それで色々な対策になるんだったらと決めかけたその時、忘れていた値段を見てびっくりする。
 もちろんそれだけの物だろうし、対価としてもおかしくないとは思うけれど、こんなにも良い物を買うつもりが無かったのもあって、お母さんから貰ったお小遣いと合わせても少し足りないのだ。
「はい――こちらの“涙”のペンダントですね」
 そうか。これは“涙”なのか。でも、涙と一口で言っても嬉し涙から悲し涙まで色々あるのだから、今更気持ちは変わらないけれど――
「それじゃこちらで準備しますけど、チェーンの長さは、チョーカー、プリンセス、マチネーと出来ますがどうされますか?」
――どうして話が進んでいるのか。
「愛美さん。首回りまでの長さか、鎖骨辺りまでの長さか、胸元までの長さか、どれがいい?」
「あの。私そんなにたくさん――」
 さすがにこれは空気を読んでいる場合じゃない。持ち合わせがないと伝えないと取り返しがつかない事になりそうだ。
「――……足りない分は僕が出すよ」
 背に腹は代えられないと、正直に打ち明けようとしたらまさかの返事。
「……でもそんなつもりじゃなかったし、いつも貰ってばっかりは――」
「――僕が愛美さんの前で格好つけたいだけなんだから、気にしないで早く決めてよ」
 しかも店員さんも我が意を得たりと笑顔だし。さっきの星形のペンダントを推していたんじゃなかったのか。
 どっちにしても上手く誘導されたのは間違いなさそうだった。
「……じゃあ首元までの長さで――」
「――承りました。プリンセスですね。それでは今からチェーンの長さを調整しますので、一時間後以降に今からお渡しする引換券をお持ちください。お代金は後からでも大丈夫ですよ」
 なんでわざわざ言い換えたのか。普通に首元までの長さで分かるならそれで良いんじゃないのか。
 しかも私の記憶の限りだと優珠希ちゃんは一度もネックレスは付けていなかったはずなのに、優希君もなんでそこまで長さを知っているのか。
 私が心の中で色々不満を零していると、手早く引換券だけを渡される。
「それじゃ少し違うお店でも見て回ろうか」
「それよりも私。少し優希君とお話がしたいな」
 無論。今のやり取りを少し腰を落ち着けて、小休止的な意味合いも込めて話すために、再び近くのベンチへと移動を開始する。

―――――――――――――――――次回予告へ―――――――――――――――――
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