第243話 勝ち取る信頼の難しさ 終 次回予告

文字数 2,879文字

 クラスにいたたまれなかった優希。もちろんクラスの女子にフラれたなんてもう覚えてすらいない。
 ただこの話が愛美の耳に入っても愛美は全く態度を変えなかったどころか、優希自身の気持ちをしっかりと理解してくれてた。ただそれがいつまで持つのか、今後も変わらないと言い切れないのではないのか。そう言う心配、不安がどうしても教室にいたたまれなくする。
 その愛美からは自分の教室に来れば良いと言っていたけれど、同じ教室にはやっぱり愛美に気がある男子が多いのだ。それは同じ教室で愛美の色々な表情を間近で目にする分、どうしても気持ちが揺られるのは理解してる。
「……それでも今は愛美さんに会いたい」
 こんな弱い自分を見せたら、愛美に幻滅される。そう言う想いもあったがどうしても自分の彼女の顔が見たい。
 それに同じクラスの男子が言った言葉が、今後どう愛美に影響するかも分からないのだ。
「おい空木! 妹のところに行くのか?」
「学校では会わないんだから、岡本さんのところだろ」
 だけど考えるのは後回し。今この教室にいたくなかった優希は無言でそのまま愛美の教室へと向かう。

「お! 空木! よく来てくれたな! 大変だったろ」
 恐る恐る愛美の教室を覗いた優希に気付いた谷川が、一番に声をかける。
「大変だったって……谷川は信じてないのか?」
 いくら愛美から言われてたとしても、あれだけ自分の教室内で晒されたみんなの気持ち。
「信じるも信じないも、どうせ岡本さんにフラれたあのクソ野郎の仕業なんだろ?」
「あんたも岡本さんにフラれたクソ野郎だけどね」
 そこに集まって来る愛美のクラスメイトと、その友達。
「フラれたって……まさか愛美さんに告白したのか?」
 そんな話は全く聞いていなかった優希が狼狽を見せる。
「……いや。してないぞ。正確に言うとしようとしたけど、する前に玉砕したってのが正しいな」
「結芽。その言い方は誤解を招く。愛美に報告対象になる」
「……だったら良いけど。愛美さんの友達でもある夕摘さんもこの噂は?」
「信じてない。信じたら愛美が泣く。それに蒼依も怖い」
「と言うか、今朝岡本さん、空木君からのメッセージで泣いてたよ。何て送ったの?」
 そこに優希の知らなかった愛美の姿を次々と教えてくれる、愛美の友達。そして自分の事で手一杯で忘れてた蒼依への連絡。
「辞めときなよ。そう言うのは二人のやり取りなんだから聞かない方が良いよ。でないとまた愛美さん嫉妬するよ? 愛美さん嫉妬したら怖いよ?」
「……咲夜。愛美の悪印象は蒼依に報告対象……」
「良いよ。愛美さんが嫉妬深いのは僕も自信になるし、嬉しいから蒼依さんへ言うのは辞めて欲しい。それに二人の仲直りは愛美さんの願いでもあるから、そこは愛美さんに協力してあげて欲しい」
 そっちも確かに大問題だったが、このクラスの雰囲気は優希自身が欲しかった空気で、気持ちが求めてしまう分、どうしても蒼依への連絡が頭の片隅へと追いやられてしまう。
「ん。愛美の願いなら聞かない訳にはいかない」
「空木君……実祝さん」
 そんな二人の会話に、声を震わせる咲夜。
「えっと。感動してるところ悪いんだけど、あれ。渡さなくても良いの?」
 そこに遠慮がちに声をかける結芽。
「あ」
「あれ? 愛美さんからの何か預かり物?」
 そして出て来るのは当たり前のように愛美で。
「違うよ。今朝準備が出来たから、千羽鶴計画に参加してくれる人に折り紙を渡してるの――確か空木君は20枚だったよね」
 確認して自分のカバンに取りに行く咲夜。
「出来れば妹の分も欲しいから40枚お願いしたいんだけど」
「駄目。愛美からは20枚、副会長の分だけ渡すように言われてる」
 優珠を見た事のある二人は普通の会話をしていたはずだが、噂を聞いて妹の存在を知りたかった

違う。
「空木! お前妹居るのか?!」
「――っ」
 その瞬間、主に女子と愛美を想う男子を中心に教室内の空気が変わる。
「……妹が何か関係あるのか?」
 そして事一番妹を気にかける優希も言葉と表情を硬くする。
「いやぁ……俺は岡本さんは良いから、もし空木の妹が可愛かったら、俺に空木を“お義兄さん”と呼ばせてくれないか?」
 ただそこから出て来た言葉に、優希どころかクラス全体が別の意味で凍り付く。
「いやだってそうしたら、俺が空木の妹と付き合えば噂も完全否定で、岡本さんに手を出す輩も一人減るわでみんなめでたしじゃないか!」
 それをどう勘違いしたのか、早口に下心を滑らせる男子。
「――男子さいってーー」
「お前……岡本さんに気がないからって、こんな時に何言ってんだ?」
「じゃあお前らは空木の妹が可愛いか可愛くないか気にならないんだな」
 開き直った男子に黙る男子たち。そこにはさっきまでの張りつめた空気は既になくなっていて。
「空木君。こんな男子と喋ってたら頭バカになるから、こっちで一緒に食べようよ。それで岡本さんとはどんなデートをしてるのか参考までに聞かせてよ」
 いち早く我に返ったクラスの女子が、今度は優希を囲み始める。
「副会長。鼻の下伸びてる。愛美に報告」
「そうじゃなくて空木君。はいこれ2

3

枚入ってるからこれでお願いしても良いかな? それから出来上がった鶴は、後ろのロッカーに段ボールを置いてるから、空木君は少し面倒かもしれないけど、あの段ボールまで千羽鶴を入れに来てくれたら愛美さんも喜んでくれるよ」
 今の教室に少しでもいたくない優希からしたら、これ以上ないくらいの話。
「ありがとう月森さん。だったら折り上がったら優珠の分も含めてここまで持って来るよ」
 それがどれだけ優希の心を開けたのか、軽くしたのか。その表情の変化を読み取れない愛美以外のクラスの男女に分かる訳もなく、
「あ! 咲夜ズルい! なんで副会長の笑顔を独り占めしてんの?」
「はん? お前ら女子だって空木を諦めきれてないじゃねぇか」
「は? 何言ってんの? 大体あんな会長なんてみんなノーサンキューなんだから、副会長一択になるに決まってるじゃない。だからあんたらも副会長のデートプランを聞いて、しっかりあたしら女子を喜ばせる事ね」
 その上、奇しくも会長まで当たり前のように否定した愛美のクラスメイト。何となくこの時間優希一人を呼んだ愛美の気持ちを理解する優希。
「なんでお前らみたいな女を喜ばせないとなんだよ。調子乗り過ぎだろ」
「そんな事ばっか言ってるからいつまで経っても彼女が出来ないのよ」
「……」
 優希がどうとかではない、その当たり前の光景に心から愛美に感謝する優希を誰も知らない。
「もし、優希君が折り鶴知らなかったら、うちらも教えられるから、遠慮なく聞いてね」
 そしてどさくさに紛れて、まだ好意を見せてくれる愛美のクラスメイト。
 もちろん愛美一筋の優希。気持ちが揺れるなんて万に一つもないが、それでも晒され続けた中での好意なだけに、気持ちが喜んでいるのが分かる。
「愛美さんに嫉妬して貰えて、泣かせない程度に教えてもらう事にするよ」
 優希が折り紙を得意なのを隠したまま、穏やかな昼休みはまだこれから続く――

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