第240話 見え隠れする違和感(後) Cパート

文字数 4,907文字



 今日は図書館でもないから少しの間くらいベンチを占有していても大丈夫だろうと、優希君に話そうと思っていた私は、
「優希君に聞きたい事があるんだけれど良いかな?」
 一つの隠し事もしたくなかったから結局、例の男子児童の話を優希君に聞いてもらおうと、優珠希ちゃんからの貴重なお弁当に舌鼓を打ちつつ口を開く。
「もちろんだけど、僕に答えられる事?」
 ただ、さっきから自信のない優希君が顔を出しているからか、少し構えられてしまう。
「私は優希君の彼女で『――』優希君の気持ちを教えて欲しいだけだから、そんなに警戒しないでよ優希君。それで私が男の人と手を繋いだら『……』――」
 私の一言で嬉しそうにしてくれたと思ったら、表情を消して機嫌を悪くしてくれる優希君。
 それだけで私の欲しい気持ちをもらえたわけだから、優珠希ちゃんのお弁当も更に味が引き立つ訳だけれど、私は別に優希君を試したいわけじゃない。
 男の子でも男の人には変わりないのだから、同じ男の人である優希君の気持ちが知りたい。それにあの男の子にはどうするのが一番良いのかを教えて欲しいのだ。
「ちなみにその男の人って『優珠の弁当が理由ならそう言うから、せっかくの愛美さんとのデートでそんな話、聞きたくない』――まだ9歳の男の子なんだけれどね」
「……は?」
 初めて見るかもしれない優希君も呆けた表情。明らかに想像していた話と違ったのは想像に難しくない。
 ただ男の人とは言っても、まだまだ年端も行かないんだから、出来るだけ傷付けずに穏便に行きたいのだ。
「だから。まだ小学生の男の子だよ。男の子とは言ってもまだまだ甘えたい盛りの児童。その男の子が私を好きだって『駄目――じゃ無くて嫌。例え小学生だろうと、愛美さんを好きだって男と手を繋ぐのは駄目――じゃなくて自信が無くなる』――じゃあまだまだ甘えたがり屋の男の子は放っておくの? 寂しい想いをさせるの? 優希君の広い心はどこへ行ってしまったの?」
 なのにその節々で、もう取り繕う意味もごまかす意味もないくらいしっかりと独占欲を見せてくれた優希君。だから嬉しくて私もついつい煽りを入れてしまう。
「~~……わ。分かった。小学生までだったら我慢する――」
「――ちなみに。私だったらいくら小学生でも女の子と手を繋いでデレってしていたら、優珠希ちゃんと冬美さんに連絡だからね」
 ただ自信を失って欲しくない、もっと自信を持って欲しい気持ちも混ぜて私の大好きを伝えると
「――」
 何故か不満そうな顔。それはつまり小さな女の子にも鼻の下を伸ばすって事なのか。
 いつもの私なら、一度良いって言ってくれたのをひっくり返すとか面倒臭い私の出番だけれど、今日だけは優希君にも楽しんでもらわないといけないのだから、
「そんなに嫌だって思ってくれるなら、私だって時には束縛だってして欲しいし、優希君に悩んでも欲しくないから、私を好きだって言ってくれている男子児童をどうやって断ったら良いのか、同じ男の子として教えてもらえたら嬉しいな」
 私ごと優希君を守ってもらえるように話を持っていく。
「好かれてるってまさか愛美さん。小学生の男子にまで告白されたの?!」
 不機嫌と言うより、驚きまで加わった優希君の表情。
「までって……まだ小学生だって。だからどうやって傷付けずに断るか考えてくれたら嬉しいけれど――」
「――僕が行く。僕が直接その男子と話を付け――痛っ」
 私は相談に乗って欲しいって言ったのに、どうして優希君が直接出る話になるのか。今の雰囲気のまま男子児童に迫ったら怖いだろうし、朱先輩や男子児童もいるんだから、そんなの駄目に決まっている。
「朱先輩や他の女子児童もたくさんいるのに認めると思う? 朱先輩にデレってして、女子児童に鼻の下なんて伸ばしたら……さすがに分かるよね?」
 だからこそ優希君と考えたかったのだから。
「だけど愛美さんだって男子児童と手を繋いだって事なんだよね」
「繋いでないよ。私の手は優希君と繋ぎたいんだから、男子児童には褒めるつもりで頭の上に手を置いただけだよ」
 もちろんあの男の人に無理矢理手を取を取られた話は……まだ出来ていないし、あの男子児童に抱き付かれた話は、優希君の機嫌もますます悪くなりそうだしもうしないってあの男子児童とも約束をしたんだからナシにしておく。

 ……女の子には秘密があるってね。あ! 優希君に秘密を作るんだとか思わない! お母さんが良い女には秘密の100や200はあるって言ってくれていたからだからね! それと! 私が自分で良い女だって自惚れている訳でもないんだからっ!

「……僕と愛美さんの……! 普通の男子とかならともかく、いくら小学生だとは言っても好意を持たれてるならやっぱり気軽に触れて欲しくない。愛美さんが子供好きなのが分かったのは嬉しかったけど、男子児童とは言っても男には変わりないんだから、普通に喋るだけにして欲しい。でないと結局あの倉本の時の繰り返しになるよ」
 私はどうやってあの男子の気持ちを断ろうって聞いているのに、男の人としての気持ちを教えてくれる優希君。
 ただその中にあった、あの人に二の舞になると言うのは、今まで散々悩まされて来た私からしたら、聞き流せる話じゃない。
「じゃあ私としては、私みたいなおばさんから『愛美さんはおばさんじゃないし、おばさんみたいにはならないよ。愛美さんはずっとキレイで可愛いままだってそれは僕が保証する』――興味をなくすのを待ちたかったけれど、あんなに小さな男の子なのに断って涙させちゃうの?」
 途中すごい事言われた気がするけれど、取り敢えずいったん置いておく。
「おばさんになる訳が無い、ずっとキレイで可愛い愛美さんの代わりに僕が話をしようって思ってたんだけど……ふふっ。さっき船倉さんの名前も出したって事は、一緒に何かをしてるんだよね」
 私は寂しさを感じながら聞いたはずなのに、ちゃっかり朱先輩の存在を確認してまで何か笑っているし。
 しかも私は意識して流したはずのすごい言葉まで、しっかりとくっつけて。これで自信がないとかどう言う事なのか。
「朱先輩とは毎週土曜日に会っているけれど、どこで何をしているのかは絶対言わないからね。相手は優珠希ちゃんじゃないから私。嫉妬深いよ?」
 朱先輩にデレってする優希君なんて絶対見たくない。
「僕は自信がないだけで愛美さんを疑ってる訳じゃないんだから、そこまでは詮索しないよ。ただ僕たちの仲を応援してくれてる船倉さんがいるなら安心かなって」
 確かに疑われていないのは分かるけれど、信用しているのもまた私じゃなくて朱先輩なんじゃないのか。
 どうして彼女である私じゃなくて朱先輩を信用するのか。もちろん朱先輩が誰よりも優しくて信用に足る人物なのは疑う余地は無いけれど、優希君は朱先輩と数回くらいしか面識はないんじゃないのか。
 まさかとは思うけれど朱先輩と会っていたりするのか。いや、あのナオさん一筋の朱先輩からしてそれは絶対ないのか。
「私以外の女の子にデレデレしている優希君なんて、朱先輩が応援するわけ無いんだから」
 せっかくさっきまでは優希君のヤキモチに、お弁当の味もヒトシオだったのに、朱先輩を分かっているような優希君にたちまち不満が溜まる。
「でも、先週も船倉さんのスカートを穿いて僕とデートしてくれたんだよね」
――朱先輩を分かっている優希君。せっかくの優珠希ちゃんの美味しいお弁当の味が少し薄くなる。
「でも今日はスカートじゃないし、朱先輩も私らしい格好で良いって言ってくれたよ」
 だからこそ普段から着慣れた格好、今日は全く“隙”も“粗相”もないはずだけれど。
「さっきも言ったけどその件に関しては何とか今日中に優珠を説得する。だからどうしてもキスだけはしたい」
 口付けだけでもって……口付け以外に何をするつもりなのか。私の唇に置かれた視線も相まって、また体が熱く熱を持ち始める。
「何か前もそんな事言っていたけれど、どうして週明けにこだわるの?」
 そのくらい私との口付けを楽しみにしてくれていると思うと彼女冥利に尽きるけれど……
「明日は愛美さんや後輩たちの活躍のおかげで、優珠の大好きな園芸の再開となるんだから、それに合わせる形で何か一つでも愛美さんに返したいんだ」
 そう言えば明日10月5日(月曜日)からだったっけ。
 復学してから怒涛の二週間程だったから、まだ実感が沸かない。
「ちなみに優珠の話だと佳奈ちゃんも楽しみにしてる。今度こそトラブルは無いようにしたいって気合入れて――そう言えば例の蒼依さんの“千羽鶴”だけど、佳奈ちゃんもぜひ参加したいって言ってくれてたけど大丈夫?」
 そんな中でまさかの御国さんからも申し出。
「もちろん御国さんからも大歓迎だけれど良いの? 蒼ちゃんとの面識もそうだけれど園芸部で忙しくなるんじゃないの?」
 その為の統括会だからそこまで気にしなくても良いのに。
「優珠が言うには、佳奈ちゃんは奥ゆかしくて友達想いの愛美さんを目標にするんだから、色々見習いたい気持ちもあるみたいだよ」
 そう言えば奥ゆかしい私を目標にしたいって言ってくれていたっけ。
「もちろん良いよっ! そしたら御国さんの分も15枚追加して、55枚渡すね。それから私の方も朱先輩が協力してくれることになって、20羽。予定に入ったよ」
 これで朱先輩と御国さんも合わせて35羽追加。
「だったら佳奈ちゃんの分も含めて60枚――各20羽ずつで良いのに」
「何を言っているの? 園芸部の二人には私たちが卒業していなくなった後でも、しっかりと園芸部を盛り上げてもらわないといけないのだから二人とも10羽くらいでも十分なんだよ?」
 なのにまだ数にこだわっている優希君。
「……じゃあ統括会二年の後輩二人は?」
「もちろん15羽ずつだよ? 理沙さんも含めてね」
 私はたった一羽でも心を込めて折ってくれたならそれですごく嬉しいって言ったのに、こう言う男心って言うのはよく分からない。
「分かったよ。そしたら55枚は待ってるから」
 それでも兄妹二人で40枚って言うのは曲げないみたいだ。

 優珠希ちゃんお手製のお弁当も済ませて、私としては目的も達した今、特に用事は無かったりする。もちろん優希君といられれば私としてはどこでも良いのだけれど、デートを誘った身からしたら、相手を一日楽しませると言うのが意外と難しい事に気付く。
 そう思うと今までの毎週日曜日、私を楽しませ続けてくれていた優希君ってすごいなって改めて気づけたって話なんだけれど……
「そう言えばあれから蒼依さんは元気してる? 検査結果とか経過とかどう?」
 それでも私との穏やか時間を楽しもうとしてくれる優希君。
「親子喧嘩をするくらいには元気だし、ちょうど昨日も蒼ちゃんの顔を見て部屋にも上がらせてもらったよ」
 もちろん私にとって一番大切な親友もしっかり気にかけてくれた上で。
「それだったら良いけど、少しでも早く学校に出て来てくれると良いのに」
 だからって一番のプライベートでもある妊娠の話なんてしないし、たくさんの人の想いが長い時をえて複雑に絡み合ったブラウスの話だってしない。流石にこう言う女の子ならではの話は、いくら優希君とは言っても男の人の前では出来ない。
「色々な人と喋った方が直りも早いって、今はもうリハビリも兼ねて週末の料理学校には行っているから、蒼ちゃんだってそのつもりはしているよ」
 いくら蒼ちゃんが中間テスト前での復学を目指しているとは言っても、その日が一日でも早く来て欲しいと願っての、快癒願いなのだから。
「それなら良かった……後は倉本は大丈夫? 金曜日もかなり酷かったけど、あれから連絡とかは?」
「そっちも大丈夫だよ。それに個人的なやり取りは一切しないって言ったんだから、万一かかって来ても電話を取るなんてあり得ないよ」
 と言うか電話帳からも消してしまおうかと思っているくらいなのに。この統括会が無ければ絶対消していたけれど。

――――――――――――――――次回予告へ―――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み