第244話 何が辛く何が心を軽くするのか Aパート

文字数 6,508文字


「本当に男の考える事って下衆ですね」
 四人でお弁当を広げながらの説明を終えた、私の横に座っている理沙さんからの一言。ちなみに私の正面に冬美さんで、はす向かいであり、冬美さんの隣に腰掛けているのが彩風さん。
 本当だったら、このお昼休み一番の目的を果たす意味でも、冬美さんに隣に来て欲しかったのだけれど、顔を真っ赤にした理沙さんに、冬美さんばかりではなく理沙さん自身もたまには私の隣が良いからと懇願されたから、今回はこの席配置でのお昼になっている。
「ってちょっと待って?! 理沙さん。もう犯人――誰が話を広めたか――分かったの?」
 だとしたらあの二人の耳に入る前に、今日中のスピード解決が出来るんじゃないのか。
「さすが中条さん! もし分かったら愛先輩の次に頭が良いと思うよ」
「愛先輩の次……えへへ――当たり前じゃないですか。愛先輩と副会長に恨みがあって、こんな下衆な発想しか出来ないって、動機からして一人しかいないじゃないですか」
「……」
 さすがは恋愛上級者の理沙さんだと感心しかけたところで、何の根拠もないのが気になって
「まさかと思うけれど“あの人”なんて言い出さないよね」
 確認を入れると、
「何を仰ってるんですか? 愛先輩の心お優しいお気持ちは分かりますけど、雪野に送ったメッセージと言い、愛先輩に向けた汚らわしい視線と言い、今までの狼藉からして、犯人はDV野郎しかいないじゃないですか」
 案の定と言うか何と言うか。明らかに決めつけてかかった理沙さんがいただけだった。
「さすが中条さん! 実はアタシも倉本先輩が怪しいと思ってたの」
「だろ? 大体ほとんどの人が知らない情報をあのクソ会長が持ってたってだけで、十分クロなんだよ」
 しかも彩風さんまで何理沙さんと一緒になって意気込んでいるのか。
 彩風さんらしいのは分かるけれど、あの人は彩風さんにとって幼馴染だったんじゃないのか。なのに思い込みと決めつけは駄目だって何回も釘も刺したはずなのに。
 真犯人に対する期待も合わせて持っていた分だけ呆れていると、
「霧ちゃんは役員なんですからもう少し落ち着いて考えて下さい『むっ』それから、

の頭の中もどうなってるんですか? ワタシたち二年にはその噂すらも流れてませんのに、どうやって犯人が分かるんですか? お二人が探偵にでもなったならともかく、こんな短期間では警察だって分かりませんよ。勝手な妄想はお辞め下さい」
 頭の固いとっても可愛い後輩が毒を吐く。
「妄想って……雪野。お前なぁ」
「じゃあ冬ちゃんはもう犯人が分かってるの?」
 もちろん二人も食べる手を止めて冬美さんに抗議をするって私も対象か。
「だから。現時点で犯人なんてわかる訳ないじゃないですか。ワタシたちは探偵ではありません。第一流れて来てもいない噂、事実無根の話をどうしてある前提で話を進めてるんです?」
「あのさぁ冬美さん。ひょっとして私にも妄想とか言っているの?『そうです愛先輩! この不遜な雪野にもっと言ってやって下さい』――だったらさぁ。先に言っておいてあげるけれど私。理沙さんの話なんて全く信用していないよ?」
「あ、愛先輩?!」
「そもそもあの人は三年なんだから、噂を耳にしているのは前提の話なの。だから噂を知っているイコール黒だって言うのはいくらなんでも無理がある事くらい分かるよね」
「……」
「……中条さん。ご愁傷様」
 どうしてこんな当たり前の話をしないといけないのか。
「でもどうして先ほどため息を付かれたのですか? 初めから存じ上げてて期待もしてなかったら落胆する理由もないじゃないですか」
 確かに冬美さんの言う事も最もだし、間違ってはいない。だけれど間違ってはいないだけで合っていると言う訳でもないのだ。
「冬美さんがそこまで私に興味を持って見てくれているのは嬉しいけれど『舌が増えてます』――いくら優希君から地頭が良いって褒められているからって、私をバカにすんのは辞めてくれる?
 私が落胆したのは犯人云々の話じゃなくて、何の証拠も無いのに以前と同じように学習もなく決めつけた人がいたからだよ。それがどういう結果を産むかは冬美さん自身も分かっているんでしょう? なのに私には分からないとでも妄想したの?」
「……愛先輩に気に入ってもらえるのは時間がかかりそうだね」
「愛先輩。あーしは愛先輩のお気持ちはもちろんの事、雪野の心情もちゃんと汲んだつもりだったんですけど、あーし。間違ってましたか?」
 私は冬美さんに聞いたはずなのに、どうして冬美さん以外が反応するのか。
「……愛美さん。これは何の真似ですか?」
 何とか冬美さんに答えさせようと行動したところで、冬美さんからの一言。
「何の真似って、お弁当のおかずを冬美さんに一つ分けようとしただけだけれど。それで、私が何を妄想しようとしたって?」
 だからもう一度繰り返してやると、
「現時点ではまだ二年に噂すらも流れていない中で、二年の中条さんに犯人なんてわかる訳無いのに『……』何を期待されているのかとお伺いしただけです」
 今度は開き直りやがった。
「冬美さん。それは私が一番初めに説明したはずだけれど。私の言葉盗るの辞めてくれる? それに何? あの朝一番の私や優希君に対する反応は。人を小馬鹿にする前に自分の態度はどうよ」
 人を泥棒ネコ扱いしたくせに、何を一時は好きになった人を疑ってかかっているのか。なのにその優希君は冬美さんの言葉で元気になったとか言い出すんだから、これは優珠希ちゃんと三人でじっくり話さないといけない案件なんじゃないのか。
「勝手な言いがかりはお辞め下さい。ワタシは自分の考えを口にしただけです。それから先に申し上げておきますけどワタシが空木先輩を疑うなんてありませんから。ただ会長の前でキッパリ否定して欲しかっただけです。
 大体あれだけ激しい性格の妹さんの上、中条さんと同じか『おい雪野。何であーしを巻き込むんだよ』――それ以上に殿方嫌いなんですから、下世話な噂が本当な訳ないじゃないですか。舌を操るのを覚えるんじゃなくて、少しは頭をお使い下さい」
 かと思ったら次はこれだ。
「分かった。私と喧嘩するって言うんならしっかり買わせてもらうから」
 舌とか頭とか。いくら何でも友達や上級生に使う言葉じゃない気がするんだけれど。
「意味が分かりません。どうしてワタシが怒り出すと手の付けられない愛美さんと喧嘩しないといけないんですか」
 もちろん下級生にだって使う言葉じゃない。
 確かに自分の考えを相手に伝えるのは大切だって言ったけれど、もう少し言い方があるんじゃないのか。
「……なぁ彩風。本当にこの二人仲が良いのか? どう聞いてもこの二人は喧嘩してるようにしか見えないし聞こえないんだけど」
 私たち二人が言葉の応酬をしていたら、理沙さんも何を的外れな事を言い出すのか。
「仲良くなかったら冬ちゃんとおかず交換なんてしないって。それに朝も愛先輩が来るまで冬ちゃん。倉本先輩にすごかったんだから」
「すごかったって何だよ」
 私が冬美さんをどう料理してやろうかと思案していた所に、始まる私の知らない間のあの人と後輩たちのやり取り。
「さっき愛先輩が話してくれた噂の話までは大体一緒なんだけど、その後に
 “結局男なんていくら口ではカッコ付けたって最後は脱ぐ女が良いに決まってるんだから、別に驚くような話じゃないだろ。なのにカッコばっかつけて岡本さんをモノにした空木には今回の話は良い薬になるんじゃないのか”
 って。
 “でなかったらあんな事件なんて起こる訳ないだろ。ヤりたいから女を作る。それだけに『ちょっと霧ちゃん!』――”」
「いくら霧ちゃんでもそれ以上はお辞め下さい。大体目の前にその愛美さん――被害者のご友人――がいらっしゃるのに、何を仰るんですか? 少しは言われる側のお気持ちお考え下さい。それに空木先輩はそんな殿方ではありません。ワタシが服を脱いでも困った顔で戸惑われ、最後には止められ……胸に触れて頂いても喜んで頂けるどころか逃げられた次第なんです。ですから間違っても会長と同じだとはお考えにならないで下さい」
 あの人は朝から後輩たちの前でなんて会話をするのか。後輩たちだって立派な女の子なのに、あまりにも配慮どころか人として何かが足りていないんじゃないのか。
 いつも向けられる視線からどういうつもりなのかは分かっていたけれど、どう考えても彩風さんをお任せしなくて良かった。
 頭の回転は速いのに、それ程までに自分に自信があるのかつくづく学習をしない人。
 それに止める立場にある人間なのに、生徒同士のいさかいを止める立場の私たちが、噂に乗って挙げ句煽ってどうするのか。
 それに蒼ちゃんは私にとって本当に大切な親友なのに、勝手に引き合いに出すのも、蒼ちゃんの意思とは全く違う逆だったのにこれ以上どう言えば良いのか分からない。
 確かに私から的は離れたかもしれないけれど、優希君の印象を落とすために蒼ちゃんの名前まで使って、最後まで私どころか本当に周りの人間を誰一人大切にしてくれなかったあの人。
「ね? こんな風に会長に反論してくれてたの。何だかんだ言っても冬ちゃんは愛先輩と喧嘩する気なんて無いんだよ」
 そこにあの人へと言い返してくれた冬美さんの言葉。
「でも男がヤるだけのサル。ヤリチンだって――」
「――理沙さん。いい加減にしないと怒るよ」
「――中条さんはいつまで続けるおつもりですか? 空木先輩はそんな殿方ではありません!」
 なのに事もあろうか、あんな人の言葉に納得しかけた、やっと最近可愛くなったはずの理沙さんに、声が低くなるのは仕方がないと思うんだけれど、
「――ね。何だかんだ言いながらこの二人の考え方は近いの。だからどうあっても喧嘩にはならないし、中条さんがこの二人の間に入るのは相当時間がかかるよ――それよりも副会長を悪く言ったり、愛先輩から副会長への気持ちをほんの僅かでも否定すると愛先輩怖いから……怒らせた愛先輩が怖いのはもう中条さんは理解してるよね?」
 さすがしっかりと可愛さの戻った彩風さん。私の優希君への想いの強さも良く分かってくれていると、一度彩風さんに微笑んでから
「あ?! 彩風! お前まであーしをハメた――」
「――ちょっと理沙さん。私の可愛い後輩が理沙さんをハメたってどういう事? それから理沙さん。どうして優希君があんな人と一緒になってんの?」
 食べる手を止めてお箸もおいて、横に座る理沙さんに向き直る。
「で! でも愛先輩! 男って言うのは所詮女の身体にしか興味が無いんです! それは愛先輩自身、あのクソ野郎から受けた被害で十分分かって頂けるはずじゃ――」
 しどろもどろになってまで理沙さんは一体何を言っているのか。本来この時間はしっかりとのんびりと優雅そうにお昼を摂っている冬美さんを絞り切るはずだったのに、何で理沙さんと向き合っているのか。
「理沙さん。怒るね」
「中条さん! 早く愛先輩に謝った方が良いって!」
「怒るって、あーしは愛先輩が泣かなくても済むように言ってるのに」
 冬美さんと言い、理沙さんと言い。どうして私や可愛さの戻った彩風さんみたいに素直になれないのか。
「分かった。それじゃ次回からは彩風さんと理沙さんの席配置は逆ね――理沙さんは優希君の前で、優希君だけは他の男の人、特にあんな人とは別件で考えるって『あ?!』言ってくれたんじゃなったの? まさかと思うけれど、優希君との約束を理沙さんが破るって言うなら
流石に私だって考えるよ? それとも優希君の前だからって口から出まかせを言ったの?」
 本当に忘れていたのか、私の一言に気まずそうな表情に変える理沙さん。
「だから謝った方が良いってアタシは言ったのに……」
「分かってたんなら先に言ってくれよ」
「だから謝った方が言って言ったじゃない。大体愛先輩はカッコ良くて頭も良いんだから、何か考えがあるって事くらいしか分かる訳ないじゃない」
 しかも話の途中なのに、私を放って後輩同志で喋り始めるし。
「理沙さん。私を放って誰と何を喋っているの? 私の話はまだ終わっていなんだけれど」
 理沙さんが男の人でどんな目に遭って来たのかはなんとなく分かるし、私も身を持って経験してしまったけれどやっぱり男の人全員が全員ってわけでは無いのだ。
「大体中条さんには殿方を見る目が無いんです。もうこの学校には一人もいませんが、空木先輩のように真摯であられる殿方だっておられるんです。そう言った方が少ないんですから、失礼で不快な思いをさせられるのは必然じゃないですか。少しは頭をお使い下さい」
「冬ちゃんも。流石に言い過ぎだって」
 確かに私の気持ちと重なる部分は多いけれど、理沙さんにも今まで色々あって今みたいな考え方になったんだろうから、男の人を見る目が無いと言うのはさすがに言い過ぎなんじゃないのか。
「何を仰ってるんです? 愛美さんが本気で怒ったらこんなものじゃ済みませんよ」
「確かにそうだけど……」
 私の彩風さんと同意見だったはずなのに、何を冬美さんの印象に納得しているのか。私程優しくて情に厚い女の子も少ないと思うんだけれど。
「……あーしに男を見る目が無いのは認める。でもな、今。雪野自身が言ったように男なんてサルばかりだろ。そんな男共らからあーしは愛先輩をお守りしたいんだ」
 ……このまま聞いていたら私。理沙さんに言いたい事全部言えなくなりそうなんだけれど。
「ですからその殿方の中に、空木先輩を入れない下さいと言うお話です。そんな事よりも週末にも申し上げましたが、こんな公衆の場での下品な言動。どうにかならないんですか? 一緒に歩くの恥ずかしいのでお辞め頂きたいのですけど」
 それもどういう風の吹き回しか、私には恥ずかしくてとてもじゃないけれど口に出来そうにない私の想いを、ズケズケと順に注意してくれる冬美さん。
「公衆って、土曜日は確かに人は多かったけど、今はあーしら四人しかいないんだから別に良いだろ。それよりもさっきから一体何なんだ? 何であーしにばっかり突っかかって来るんだよ」
 だけれど、元々はあまり合わない二人。気の短い理沙さんが冬美さんに対してあからさまに喧嘩腰になり始める。
「中条さん押さえて押さえて。確かに冬ちゃんの言い方もアレだけど、あんま変な言葉使うと隣に愛先輩がいるんだから、また蒼先輩の耳に入ったらまた説教だよ?」
「確かにそうだけど、何であーしばっかり……」
 ただ仲の良い彩風さんが宥めてくれたから喧嘩にはならなかったけれど、彩風さんと言うクッションがなければ、この二人はいつでもどこでもけんかを始めるんじゃないのか。
「でしたらワタシたちの前では諦めますから、せめて愛美さんの前でくらいは普通に婦人として振る舞って下さい。でないと愛美さんに何かあったらあの性格の激しい妹さんもそうですし、空木先輩の機嫌もものすごく悪くなるんです」
 どうも優珠希ちゃんへの印象は気になるけれど、理沙さんを宥める冬美さんと言う構図を初めて目にする。
「ちなみに愛先輩になんかあった時の蒼先輩も相当怖いから気を付けた方が良いよ」
「……そうだった」
 しかも、彩風さんまで蒼ちゃんの印象がおかしくなっている気がするし。
「はいはい。理沙さんなりに私を心配してくれたのは伝わったからこれで辞めておくけれど、優希君との約束だけは決して破らないでね。それから犯人捜しよりもまずは、今一番傷ついている優珠希ちゃんと、優希君を大切にしてあげてね。間違っても二人の前でさっきみたいな発言をしたらその時は本気で怒るよ」
 言いながら最後の一個。お弁当のおかずを理沙さんのお弁当の蓋の上に置くと、
「?! 愛先輩っ!! 分かりました! この身に変えてもその約束守らせて頂きます!」
「愛先輩が優しくて良かったね中条さん」
 顔を赤らめながら目を潤ませた理沙さんが私の手を取ってかなり大げさに返事をしてくれる。

―――――――――――――――――Bパートへ―――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み