第238話 心重なるが故、傷つくのは Cパート

文字数 5,549文字


「例の学校での話をしてたの?」
 帰りの車の中でのお母さんとの会話。
「うん。蒼ちゃん所は昨日初めて知ったって言っていたから、ただですら少ない時間だから二人で話をしていたの」
 本来なら誰にも相談しないで、じっくり考えて欲しいとは言われていたけれど、あまりにも短い時間の中で考えるも何もないから、私は相談に乗らせてもらったのだ。
「別にお母さんは愛美を注意する気なんて無いわよ。ただ愛美の中で何らかの形では答えが出たのかしらって思っただけよ」
 お母さんと話せば話す程、どうして自信が持てないのか分からなくなってくる。
「確かに出かかってはいるけれど、あと少しだけ心の整理がしたいの。だから明日、もう一回話しても良い?」
 蒼ちゃんの気持ちにも触れて、私たちの身体を襲っているあの感覚を共有して。もう一度自分自身の気持ちを確かめたいのだ。
「もちろんよ。愛美の気持ちが一番なんだから、そんな事で気を遣わないでちょうだいね。逆にお母さんやお父さんで聞ける話があるならいつでも聞くから遠慮は駄目よ」
「ありがとうお母さん」
 心の広さ、温かさに。
「それじゃ学校の話は一旦おしまいね」

「そう言えばお母さんも蒼ちゃんのおばさんと何か喋っていたよね」
 だから私も話題を変えたつもりだったんだけれど、
「あら? その話はもう終わったんじゃなかったの?」
 言葉の割にはお母さんの楽しそうな声。
「私だってお母さんの考えを知りたいよ」
 こんなにも私を大切に思ってくれているんだから。
「じゃあお母さんはもっと優希君を知りたいわね」
 私はお母さんみたいなお母さんになりたかったから、教えて欲しかっただけなのに。
「どうしてそうなるの? 優希君。今の話に何の関係も無いよね?」
 なのにお母さんってば優希君の事ばっかり……ここでお父さんの名前を出せば以前と同じように返り討ちに遭うのは分かっているから避けたはずなのに
「愛美をお母さんにするのは優希君なんだから、愛美のお母さんとして優希君が愛美の旦那さん、お父さんとしてふさわしいかどうか気になるじゃない」
 よく聞くと、私の彼氏は吟味すると言っていたお父さんと同じ内容だし。そもそも何でどさくさに紛れて私の旦那様が優希君に決まっているのか。
 もちろん優希君以外の男の人は全く考えていないのだから、間違ってはいないのだろうけれど今は、蒼ちゃんのおばさんとの話を聞いていたはずなのだ。
「お母さんは今でもお父さんが大好きなんでしょ? なのに他の男の人を考えても大丈夫なの? お父さんにお母さんの大好きが中々伝わらないんじゃないの?」
 こんな状態で万一優希君がお母さんに鼻の下なんて伸ばしたら、考えられるだけ面倒臭い女の子になってやるんだからっ。
「何を言ってるのよ。愛美だって大切に決まってるんだから、どっちかなんてある訳ないじゃない。だから何も気にせずに未来の旦那様の話を聞かせてちょうだいな」
 何が“何も気にせずに”なのか。
 お父さんの良い所は例え娘の私にも言わない、知られたくないって言っていたお母さんに何で口を軽くすると思っているのか。
「だったらお母さんも、お父さんの良い所をたくさん教えてね」
 こっちだって一言くらいい返したって罰は当たらないはずだ。
「あらあら。結局優希君のお嫁さんになるのも、優希君のお母さんになるのも、優希君を旦那様にするのもすべて否定しないのね。本当に愛美の頭の中は優希君で一杯なのね」
「ちょっとお母さん?!」
 なのにいつも追い込まれるのは私の方ばかり。
「はいはい。愛美がお母さんに勝とうなんてあと少し……五年くらいかしら。優希君と結婚するまでは早いわね」
 優希君とけ……結婚とか――
「?!」
 でも五年後って言えば、私たち二人共が進学先を卒業する年くらいで……つまり私と優希君は卒業と同時に――
「……」
 お母さんの前でこれはマズい。自分で自分の顔が熱を持つのが分かる。もちろん口付けも何回もして日課になっていて。
 “その先の事”も意識しているんだから、最終的にはそうなるんだろうけれど、いくら何でも気が早すぎるのだ。
「あら?! 結婚まで否定しないのは驚いたわね。ひょっとして愛美の中ではもう優希君との子供まで想像してるのかしら?」
「もう知らないっ!」
 自分から散々煽っておいてなんて事を言うのか。確かにお母さんは心に決めた人となら何をしても良いとは言ってもらっているけれど、そう言うのは優希君と二人でゆっくり話し合って行くって決めているのだ。
 結局お母さんをつついたら、私も多分に漏れずお父さんと同じ目に遭うと分かっただけだった。

 それから家に帰ったら、何故か男二人がもう汗を流したからと、私にも汗を流すように言ってきた後の食事時。
 お父さんがどう話をしてくれたのかは分からないけれど、車の中では聞きそびれたお母さんと慶の関係も、普通にしていたのは印象的だった。ただいつもよりお父さんの口数が多い所を見ると、お母さんもお父さんにお任せするのが良いって思ってくれたのかなと、安心する。
「! そう言えば朱先輩が、お母さんからのお誘いに喜んでくれていたよ」
 その中で最後の一つ。朱先輩の話だ。来てもらって一日泊まってもらう時には全部分かる事なのだからと、みんなの前で口にしたら
「な?! あのやべー……お姉さん。来んのかよ?!」
「……ほう。愛美の友達で慶久がやばい奴って言うんなら、お父さんも気合入れないと――」
 お母さんに言ったはずなのに、真っ先に反応する男二人。
「言っとくけれど朱先輩は女の人で――」
「――お父さん。それに慶久も。愛美の友達、いつもお世話になってる客人に対してその反応は何ですか?」
 これがあるから迷っていた私に、いつの間にか完全にお怒りモードのお母さんが静かに一言。
「でも慶久がやばいって言うくらいなんだから、どんな人か分からないじゃないか」
「オヤジは分かってくれるのか? あのやべー奴はどんなに秘密にしようとしても、必ず暴いて来るんだ。だからオヤジにも何か秘密があるんなら、用心するに越した事は無いぜ」
「……」
 なのに、何を勝手な印象でもって話をしているのか。しかもあのお父さんの反応。まさかお父さんにも他人に言えないような秘密があるって事なのか。
「――!!」
「お父さん。私は船倉さんとは喋った事があります。とても優しくて温厚そうな声をしてらっしゃいましたよ。それでも愛美の客人に文句がお有りでしたら――来週は帰って来なくて結構ですから『そんなっ?!』二週間。私たちのためにお仕事頑張って下さい」
 手に持っていたお椀とお箸を置いたお母さんからの静かな一言。
「すみませんでした。来週も帰って来て良いでしょうか」
「まさかとは思いますが、まだまだお若いであろう愛美の客人に、気合の入ったお父さんを見てもらうためですか?」
 言葉をかぶせて来たから、てっきり聞こえていないのかと思っていたのだけれど……
「……オヤジ?」
 何でお父さんもそこで黙り込むのか。結局男の人って女の子だって見たらデレってするのか。
「――慶久も。そこまで言うって事は、船倉さんは慶久の何かを知ってるって事なのね。だったら船倉さんからしっかり聞かせてもらうわね」
 だったらそんな狩猟本能なんて一切認めないんだからっ。
「ありがとうお母さん。そしたら来週、朱先輩には私の部屋に泊まってもらうように言っておくね。それからお父さん。朱先輩は私の恩人でもあるんだから、失礼な事をしたら大喧嘩は避けられないからね。
 そして慶も。あれだけ散々朱先輩を貶して来たんだから、全部朱先輩に話した上で慶の秘密を聞かせてもらうか『悪かった。この通り謝るからそれだけは本当に赦してくれ。今日からちゃんとお姉さんって呼ぶのを約束する』――これで何回目?」
 そして朱先輩の名前を出してやっぱり大人しくなる慶。
「……おい。慶久?」
「――これで最後にする」
 そして二人共が同じように情けない反応をする、やっぱり我が家の男二人。
「お父さんも慶久も。今の話はしっかり聞きましたからね。その上で来週は泊って頂きますので、くれぐれも粗相・失礼の無いようにお願いしますね――愛美もそれで良いわよね」
 そしていつも通り、お母さんの思い通りに進んで行く我が家。
「もちろん! ありがとうお母さん! そしたら私。自分の部屋に戻って早速朱先輩に伝えるね」
 もちろん私はお母さん側なんだから、乗っかるだけだ。
「慶久。今日もお父さんと話をしないか?」
「もちろん良いぜ!」
 それ以上余計な事は言わずに、私は自分の部屋へと戻る。

――――――――――――――――――次回予告―――――――――――――――――――

「あーあ。結局今日も帰しちゃった」
 一番大切な友達を見送った後、一人になった独特の虚無感を感じながらの独り言。
「本当だったら先生の連絡先もきっちり確認して、注意しないといけなかったし理っちゃんの下品な言葉も注意しないといけなかったのに」
 部屋に残った蒼依は一人布団に女の子座りをする。
「大体アノ人を赦すって何考えてるんだろう」
 あれだけの傷を負って。自分の彼氏に色目も使われて。それでも赦すと言う感覚がどうしても蒼依には分からない。
「……」
 それでもあの愛美と言うかけがえのない親友は、一度こうと決めたらどうあっても貫き通すし、あの手この手を使って
蒼依自身の心の内まで理解しきった上で、納得させようとしてくる。それがもどかしくも愛美らしくて、何に対しての感覚なのか髪をかきむしる。
「それに愛ちゃんまで私と同じような感覚に苛まれてたなんて」
 あの今でも触られてる感覚。時々飛び起きてしまうふいに訪れる恐怖心。そして何より……未だに抜けないあの貫かれた瞬間の感覚。
 だけどここだけは愛美は体験してない。しなくて済んだ。だからこそ大好きな人に一生で一回、初めてを自分が思う人にあげられる喜びを残した愛美、親友に対する隠しきれない羨望。
 だったはずなのに、触れられた感覚が抜けないと自分と同じ感覚を持ってた親友。ただ蒼依の場合は――
「――それでも私は汚れてしまってるんだよ。どれだけ掻き出しても中に出された感覚は抜けないし、妊娠自体の不安は無くなったって言っても、好きでもなかった男子に股を開けたのには変わりなんだよ」

――どうしたって消えない事実が重くのしかかる。
    この感覚を親友に体験させる訳には断じていかないけど、けしかけたアノ人なら――

    ――立派に女の子してくれている私の友達『っ』あまりにも酷いよっ!――

「――っ」
 なのに愛美の言葉を思い出して、息をのむ蒼依。
「どうして? どうして私がこんな目に遭わないといけなかったの? 誰でも良いから納得する訳を話してよぉ」
 今はいなくても、もし自分にも好きな人が出来た時、相手に打ち明ける勇気なんて無い。それで駄目になってしまったらまたこの絶望感に囚われてしまうんじゃないか。そんな気持ちばかりが蒼依を襲う。
 なのに自分だけは好きなようにして、警戒心も無くて……挙げ句友達を売ろうとしたアノ人。どれだけ心が汚れようがどうしても納得出来ない蒼依の心が、
「やっぱりアノ人にも同じ目に遭って分かってもらわないと納得なんて出来ないっ!」
 軋みを上げ、どす黒く染まり始める。

   ――蒼ちゃんがいてくれたから私も朱先輩も心が救われたんだよ! 
                そんな蒼ちゃんの心が汚れているなんて絶対ない!―― 

        ――それは私も朱先輩も何があっても保証するから――

 そして思い出すのは、やっぱり太陽のようにまっすぐできれいな親友の一言と、いつでも温かな心とあの温もり。
 また自分の心が分からなくなる。学校説明会も何もかもが混ざり色も形も失くす。
「それでも愛ちゃんを救ったのは私じゃなくて、空ちゃんや空木君だよ」
 それでもどうしても消えてくれない、体の中にまだ精液が残っているような感覚。

   ――私以外に妙にキツイ朱先輩とお友達になって貰えるって確信できたの――

「そんな私でも、友達くらいは出来るのかな?」
 どうしても赦せそうにないアノ人。もしかしたら愛ちゃんを取られてしまうかもしれないと、未だ警戒心を取れないブラウスの人。
 それでもどこまでも純粋でまっすぐで。でもズルイ性格をした愛ちゃんがそう言ってくれるのなら――

 大切な親友が帰ってからも尚、一人部屋で振り回される続ける蒼依。
「……そう言えばお母さんなりの想いもあるって言ってくれてたっけ」
 母が愛美のおばさんに相談してた事すらも知らなかった蒼依。
「やっぱり。一回くらいはちゃんと自分の気持ちを言葉にした方が良いのかな?」
 それすらも知らなかった蒼依は、突然の話を聞かされて以来、両親とまともに顔すらも合わせてない。
       ――私の家ならいつでも家出だって大歓迎だよ――
 それでも一歩間違えれば不謹慎ともなる言葉ですらも、ためらいなく口にしてくれた愛美に、心がまた揺れる。
「……うん。愛ちゃんは私の味方をしてくれる。愛ちゃんだけは何があっても信じたいし、信じられない要素も理由もないもんね」
 あの日身体を張って助けてくれた愛美。お母さんの盾となるように立ちはだかって、場所と時間を提供してくれた愛美。
 そして何とかして私を一人にしないように知恵と時間を使ってくれてる――断金へと至った親友。
「よし。週末で二人ともいてくれてるから、気が変わらないうちに少しだけでも話してみよう」
 ようやく小さな一歩を踏み出す蒼依。
 二人が体と心に負った傷はとても深く、すぐに解決とは言えない中、小さな行動が時として大きく結果を変える――
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