第239話 見え隠れする違和感(前) Aパート

文字数 6,016文字

 今日は10月4日(日曜日)で、今月に入って優希君との初めてのデート。先月はとてもそれどころじゃなかったから、そんな事は意識出来なかっただけで――いや、正直言うと私から誘った初めてのデート。
 毎週日曜日は優希君とのデートだって決まっているのに、私から誘ったってだけでどうしてこうも緊張してしまうのか。
 昨夜も朱先輩への色よいメッセージを送って申し分ない気持ちで布団に入ったはずなのに、どう考えても寝不足な私。
 本当に昨夜は何も無かったはずなのにと、少しだけ昨夜を振り返る。

―――――――――――――★ 違和感の片鱗 ★―――――――――――――――

 昨日はお母さんがしっかりと男二人を言い聞かせてくれたから、男二人がまた何か悪巧みをしそうな雰囲気はあったけれど私自身は気分良く朱先輩にさっきのお母さんの返事を伝えようと、

宛先:朱先輩
題名:家に帰りました
本文:明日は優希君とのデートなのでメッセージで失礼しますけれど、今は家に帰って全部
   済ませて自分の部屋にいます。
    それからブラウスの進捗ですが、正直よく分かりませんでした。でも、蒼ちゃんは
   ものすごく得意気な表情をしてくれていたので直せるんだと思います。
    その蒼ちゃんもメッセージをくれた朱先輩と同じ心配をしてくれたので、絶対仲良く
   なれますよ。
    それから来週の件ですけれど、お母さんは喜んでくれましたので大丈夫です。
    来週折り紙をお渡しする時に伝えますけれど、来週は泊ってもらう事になりそうです。

 メッセージにしては長いけれど、それでも良い話なのにもったいぶるのも何か違うと思って、そのまま全て伝えてしまう。

 それからしばらく机に向かっていた所に
「……優珠希ちゃん?」
 明日のデートの確認じゃなくて、珍しく優珠希ちゃんからの電話。
『もしもし優珠希ちゃん? こんな時間にどうしたの?』
 気に障るような事は何もしていないはずだと思いながら電話を取ると、
『アンタ! 最近わたしたちで遊んでばかりいるけど、あのメス女に携帯の連絡先教えてないでしょうね』

 ああ。冬美さんと仲良くしてとか、もし優希君が他の女の子にデレってしていたらすぐに優珠希ちゃんにも連絡するようにって言ったのを気にしているって所かな。
『言っていないよ? 二人にはしっかり仲良くなってもらわないといけないんだから、そう言うのは私から言うんじゃなくて、お互いが顔を突き合わせた上で交換し合った方が仲も深まるでしょ?』
『何が“仲も深る”――よ。あんなメス女と仲良くなる気なんて無いわよ。いくらアンタが腹黒だからって、そこだけは何があっても譲らないから』
 優珠希ちゃんがものすごく気を張っているのは分かるから、申し訳なく思う気持ちもあるけれど、二人の仲を良くする算段は付きつつあるのだ。ただ現時点で私が思い描いている方法だと全く面白くないだけで。
『駄目だよ。来年には私も優希君もいなくなるし、優珠希ちゃんだって、あの理想に一番近い教頭先生と“一歩勇気を出してみる”って約束したでしょ? その為に冬美さんをしっかり絞ったし、優珠希ちゃんにより安心してもらえるようにって、協力まで取り付けたんだよ』
 あの時の冬美さんにも私は好き勝手言われたけれど。
『……あの変態中年教師が理想の先生って――っ! 違うっ! 今日はアンタの腹黒に飲み込まれてる場合じゃないの。明日はアンタから誘ったって、お兄ちゃんが喜んでたけど間違いないのね』
 あんなにもいい先生を、中年教師って……優珠希ちゃんの口の悪さも今後を考えたら直さないといけないのかもしれない。
――小姑を教育するお嫁さん――
 ……あんまり聞いた事無いけれど。
 ただそれも大切なのかもしれないけれど、何の脈略もなく明日のデートを気にする優珠希ちゃん。さっきの言葉からしてそれが本題なんだろうけれど……
 二人の仲が良いのはとっても良い事だし、優珠希ちゃんは私にとってはとっても大切な友達でもあり、後輩でもあるのだから大切にしてくれるのは嬉しいけれど
『悪いけれど明日の優希君とのデートは、私と優希君二人だけの恋人同士の時間だから「っ!」どこで何をするのかまでは言えないよ』
 優希君と二人きりの時間はどうしても欲しい。特に明日は“隙”対策のアクセサリを買いに行くのだから、どうしても男の人の視点・意見が聞きたかったりするし、最近他の女の子にデレってしっぱなしなんだから、明日はエッチな優希君への罰としてスカートはナシだけれど、たまには
私だけを見て欲しいって伝えたいし分かって欲しい。
『……ふんっ! あんたもお兄ちゃんを楽しませるためにハレンチな事をするってゆうんなら、こっちから詮索はしないけど……お兄ちゃんの話にもしっかり耳を傾けられるあんたなら大丈夫だとは思うけど、お兄ちゃんのエスコートだけは絶対よ! それだけは約束してちょうだい』
 何だか私と優希君の仲を気にしてくれているようにも聞こえるんだけれど……優珠希ちゃんからそんな調子で来られたらいつもみたいに優珠希ちゃんで遊べ――私の気持ちを伝えられない。
『……男の人がエスコートするんじゃなくて、私がエスコートするの?』
 ただ良く聞いてみると何かがかみ合っていないような気がしたから確認すると
『! あんたが誘ったんだから、たまにはあんたからもお兄ちゃんを楽しませなさいってゆう事よ。ただそれだけなんだから変な勘繰りは辞めてちょうだい。
 お兄ちゃんは本当に嬉しかったみたいだから、明日のデートは成功させなさいってゆうだけ』
 私から誘ったのを心から優希君が喜んでくれたのは伝わったけれど、何かをまた隠されているのか、小さく息を呑んだ後まくし立ててくる優珠希ちゃん。
 秘密にされていると言えば、
『そう言えばお兄ちゃんとちゃんと話。出来てる? 御国さんとも仲良くしてくれている?』
 校内で二人で会うのが、話をするのがどうして優希君の迷惑になるのか。
『とにかく明日はお兄ちゃんを大切にして。お兄ちゃんの話に耳を傾けて――』
『――待って優珠希ちゃん。私との約束は? 優希君としっかり話をするって言うのは守ってもらえないの?』
 一つ気になってしまえば、その違和感は全て繋がっているような気がして。
『話してるってゆうか、毎日毎日呪文みたいにアンタに話して欲しい、愛美先輩なら大丈夫だってゆい続けられてるわよ……特に昨夜辺りからは、例えデートの途中でも良いから、日曜日中最低でも月曜日の朝までにはゆえって。
 わたしが考える時間も何もかもをなくした上でね』
 それでも何とか私に当てつけようとした優珠希ちゃん。何がデートの途中でも良いなんだか。私にエッチな期待を持つのは良いけれど二人だけの時間に誰を連れてこようとしているのか。
 一方それでも私には話したくない何か。話す勇気を持てない何か。だったら優珠希ちゃんの心を大切にする意味でもここはまっすぐ私自身の気持ちを伝えるべきだと判断して、
『私は今も悩み迷っている優珠希ちゃんを見て知っている。それに優希君も私を信用しようとしてくれているのも伝わっている。
 それに二人の人となりを他の人よりも見てきたつもり。だから今更どんな話が出て来たって何かが変わるなんて思わないし「……」第一優珠希ちゃんをよく知っている御国さんは二人の秘密を全部知った上でいつも一緒に入る上、木曜日の朝も私の元へと駆け寄って来てくれたんだよね。
 その上で私はどうすると思う? 二人のお話を聞かせてもらって、私の態度がどう変わるのかを考えてもらえると嬉しいな』
 本当に辛い事が多かったのか、それともそこまで渋る程私には嫌われたくないと思ってくれているのか。
『……それが分からないから困ってるんじゃない。とにかく明日はお兄ちゃんをエスコートして。それも一つの材料にはなるから明日だけはお兄ちゃんと喧嘩しないで』
 何かを考えてはくれたみたいだけれど、返事まではやっぱりもらえない。
『優珠希ちゃんが私をハレンチだとか腹黒だとか言っても、私は優希君を諦めるつもりなんて無いし、先輩に対して大概な言葉を使う優珠希ちゃんと疎遠になろうだなんて思ってもないし。たとえこれから先、優希君が浮気したとしても私と優珠希ちゃん。
 それに冬美さんの三人で優希君をしっかりと絞るんだから、やっぱり別れようだなんて思わないよ』
『……あんたはどうなのよ。あんたが他のサルや性犯罪者から告白とか、万一あんたに他の好きな犯罪者予備軍が出来たら――』
 サルとか性犯罪者とか……そんな可能性なんて無いのに。
『――無いよ。そんなのあり得ない。だって私は中学期の初っ端に、一番の親友と一緒に酷い目に遭って、同じチームであるはずのあの人からも酷い目、嫌な想いも散々させられて来たの。
 だから正直優希君以外の男の人が怖いの。それは優希君も理解してくれている。だからこそ私から他の男の人へなんて、万が一にもないよ』
 あの町美化活動の男の人然り、メガ――島崎君然り。
『そう……だったわね。ごめんなさい。今のはわたしが無神経だった』
『謝らなくても大丈夫だよ。それくらい色々考えてくれているんだよね。だからあと少し、私の気持ちを分かってもらえたらそれで十分だから』
 やっぱりいくら兄妹とは言っても、同性でないと分からない事もあるから、私がしっかりと優珠希ちゃんと話した方が良かったのかもしれない。
『……わたしなりに考えてみるけど――っ! お兄ちゃん上がるから切るわよ』
 と思っていた所に、優希君がお風呂の間にかけて来てくれたんだ……つまりこの電話も女二人だけの話ってね。
 私は通話を終えた後、あと少し机に向かう前に、

宛先:優希君
題名:明日
本文:二人で楽しもうね

 優希君に私の気持ちを改めて伝える。

―――――――――――――★ 違和感の片鱗 完 ★――――――――――――――

 そうだ。あの後も二人の話が色々気になって、結局寝付くのが遅くなったんだった。ただ、細かい事は色々抜きにしても私から初めて誘った優希君とのデートなんだから、優希君にも私とお付き合いして良かったと思ってもらえるように、私が優希君を楽しませるのは何もおかしな話じゃない。
 私は気合を入れて眠気を追い払って、先にリビングへと降りる。

「おはようお母さん。昨日はありがとう。朱先輩には早速メッセージで伝えたよ」
 リビング内。どうせ男二人の事だから、昨夜も遅くまで何かの悪巧みを考えて遅くなっているとかだろうけれど、一人だったお母さんに声をかけると、
「愛美は当然今日も出かけるのよね。まだ部屋着って事は今日は外出用の服になるのかしら?」
 どうしてだか会話がかみ合っていないような気がするんだけれど。
「……えっと。朱先輩の話だよね?」
「今日の優希君とのデートの話よ?」
「?! ちょっとお母さん?!」
 何もつっついていないはずの朝から、何で優希君の話になっているのか分からない。お願いだからリビングで開けっ広げに優希君の名前を出すのは辞めて欲しいんだけれど。
「愛美こそ。そんな大きな声を出したらお父さんが飛び起きるわよ」
 なのに何で私が注意されないといけないのか。こういう時のお母さんに勝てないって言うのは分かっているけれど、どうにも腑に落ちない。
 とにかくこのままだとどう考えても分が悪いので、一度仕切り直すためにも、今回もやっと終わったから洗面台で身だしなみだけを整える。

「それで今日は図書館じゃなくて、別の場所でデートするのかしら?」
 今日は少しだけ朝のんびり出来るから、ゆったりした中でお母さんと二人朝ご飯を頂いていたはずなのにむせ込んでしまう。
「……別の場所って……いつも通りだって」
 だけれど、私にだってお母さんが優希君を理解するのに面白くないと思う部分もあるのだ。
「そう言う無駄な抵抗をする愛美も可愛いわねぇ」
 ましてや男二人がそろそろ起きてもおかしくない時間で、バレたら大騒ぎになるのは必至なんだから、この話を早く終わらせたいのに何でそんなに不穏なのか。
 私が努めて無反応で通そうとしていると、
「……いつもの図書館なら少なくともお弁当は作ろうとするのに、今日は作ろうともしないのね」
 無反応、無反応……
「あらかた、料理も出来る優希君に食べてもらえるかどうかが不安って所かしら」
 朝のこの時間くらいはゆっくりするって決めているのだ。
「そして今日は服が汚れたら困るから、直前までは部屋着なのよね」
 いつも私を理解してくれたり見てくれているのはすごく嬉しいけれど、いくら何でも細かく見過ぎなんじゃないのか。
 でなければそんな嬉しそうな顔で言い切れる訳が無いと思うんだけれど。
「そんな事ないって。そもそも誰と会おうが服が汚れていたら恥ずかしいんだから、時間がない時以外はこうだって」
 これ以上は何かボロを出してしまいそうだからと、心持ち食べる速度を速める。
「……お買い物に行くなら『――ゲホッゲホッ』――だったらお小遣いあげるから二人で納得いくもの買ってきなさいな――お揃いのものとかね」
 のがアダとなってしまう。
「良いって。今でも十分お小遣いをもらっているんだから大丈夫だって」
 しかも慶が聞いたら卒倒しそうな事を平気で口にするお母さん。
「駄目よ。ここで断られたら、二人がどんなデートをして来て何を買ったのか教えてもらえないじゃない。優希君の趣味を知る意味でもお母さん。気になるに決まってるじゃない」
 いくらなんでも優希君に興味を持ち過ぎなんじゃないのか。本当に反射で手を出さなくて良かった。
「大体何を買うのかも決まっていないし、気に入るものが無かったら買わない選択だってあるんだから、教える教えないの話じゃないんだって」
「それでも日ごろから愛美にはお世話になりっぱなしなんだから、たまにはこう言う形で感謝もさせてちょうだいな」
 言い切ったお母さんが、私の遠慮を押し切って手にした自分のカバンから“福沢さん”を一人、テーブルに置いてくれる。
「って! こんな大金受け取れないよ!」
 毎月のやりくり分の他にお小遣いもちゃんともらっているのに。
「何を言ってるのよ。受験生が羽を伸ばすんだから良いのよ。それにお昼かお茶かくらいはするんでしょ? 早くしないとお父さんが見たらまたうるさいわよ」
 それでも煽ってくるお母さん。
「分かったよ。ありがとうお母さん。大切に使わせてもらうね。それじゃお父さんたちが起きて来る前に身支度整えて来るよ」
 結局お母さんの気持ちを無碍に出来なかった私は、そのまま受け取って一度自分の部屋へと戻る。
 やっぱり受験生の子供にお小遣いまで渡して遊びに行けと言うのは、私のお母さんくらいだろうと思いながら。

―――――――――――――――――Bパートへ――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み