第243話 勝ち取る信頼の難しさ 終 Aパート

文字数 4,284文字


 私が嫉妬するほどに仲が良い二人。何かあればいつも同じような時間にメッセージが来て、学校以外ではいつも二人でいる印象すらもある息の合った二人。兄妹でお弁当の作り合いはするし、通学に関しても学校近くまではほぼ毎日一緒に登校している二人。
 その上、私を含めて今まで優希君に近づいてきた女の子を、私に対した対応、あの若くて大きいだけの醜悪ハリボテ後輩女に対する一歩間違えたら大問題にまで発展しかねなかったその対応。正直疑問に思う事もまだたくさんあるし、優希君に一度断られてからは“もしかしたら”なんて思う場面も正直あった。
 なのに学校の中ではその姿を全く見ない

。そして二人で姿を現さない

。そして冬美さん事件の際に目にした二人の行動・態度。それに重ねての貞操観。
 更には今朝の登校時も合わせて、酷く言いにくそうにしていた何かの理由。
 特に最近になってからは目に見えて懐いてくれていた優珠希ちゃん。私たちの仲を応援し、私たち二人が喧嘩するだけでも過剰なまでに神経を尖らせていた


 そんな二人を疑うなんてやっぱり考えられない訳で。

――岡本先輩みたいな人はホンマ初めてで――
――ウチらが優しいん言うんは、見せかけだとちごうて――

 だけれど、二人いや、三人の間に私みたいな人間は現れなくて、根も葉もない悪意ある噂を信じてしまう人ばかりで、二人が幾度となく深い傷をその心に負ってしまっているとしたら――
 私は原稿を手にしたまま、優希君からのメッセージを恐らくは正しく理解して、なりふり構わず優希君の教室へと急ぐ。


「優希――っ!」
 駆けた勢いもそのままに目的の教室を覗くと、
「ああ。空木の彼――キープか。岡本さんも空木の噂は聞いたんだろ? いくらなんでも辞めた方が良いって。実の妹となんて酷いにも程があるだろ。それにもし噂だったとしても、火の無いところに煙は立たないとも言うから、それに近い何かはあるんだと思うぜ」
 名前を読んだ私の前に立ちはだかる、やっぱり名前も知らない男子。
「悪いけれど、根も葉もない噂を信じる程、優希君とのお付き合いは浅いものじゃないの。だからそこ、どいてもらっても良い?」
 だけれど、どこかに触れられる訳でもなければあんな人みたいにあからさまな視線を受けるわけでもない。それにこんなにも大勢の男女がいて、目の届く範囲に優希君もいてくれているわけだから、怖いとかはない。
 ただ、男の人の本能で私の色々な部分に視線を感じはするから、優希君以外の男の人は“隙”“粗相”を鉄壁にするつもりで、服装に気を付ければ良いだけの話だ。
「別に俺としては親切のつもりで忠告しただけだけど、それでも空木が良いなんて岡本さんって、実は男にとって都合のいい女だったんだな」
“だったらもったいない事したかな”
 なんて私に対しても失礼極まりない発言を平気でするこの男子。だけれどこんな男子からどう思われても大したもんじゃないからと“隙”も“粗相”していないのなら、今は時々感じる視線を気にしている場合じゃない。
 優希君を一人にしたくなくて、私の気持ちを一刻も早く伝えたくて、やっぱり優希君に役員室まで連れて行って欲しくて……
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例のPTSDの件ね
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 男子のあまりにも失礼すぎる言葉を何とかやり過ごして、教室内に足を踏み入れると同時に
「あたし、空木くんの事好きだったのに、まさか最も身近な妹さんとだなんて最低っ! 不潔っ! 見損なった」
 響くビンタ音と、勝手に誤解しておいて勝手に人の彼氏を好きになっておいて、勝手に見損なった女子が優希君をお断りしている姿が目に入る。
 ただですら何をしでかすか分からないくらい、私の感情は不安定なのに、人の彼氏に衆目の中、何をしでかしてくれているのか。
 つい先日も噂はただの噂でしかない。その怖さと危険はこんなにも大きな事件があって分かっているはずなのに、どうしてこのクラスは男女ともアホばかりなのか。学習能力って言うのがないのか。
「ちょっとそこのアンタ。人の彼氏に勝手に何やって――」
「――愛美さんその目……ありがとう。でも、僕の味方をしたら愛美さんまで変な目で見られ――」
 私はアホな女とサシで話を付けようとしたら、事実無根で根も葉もない噂のはずなのに優希君が私を見ずに止めにかかる。
「変な目って、別に優希君は何もしていないし――」
「――さすがに兄妹で近親なんておかしいって分かってはいるんだな」
 その上、さらに別の男子がジロジロ私を見ながら、噂を丸呑みしていると自ら公言して来る。
「――」
「――優希君。一緒に役員室に行くよ」
 それでも何も言い返す事無く黙って耐える優希君を見ていられなくて、かと言って悪意に満ちたこの教室の中に一人優希君を放っておく訳にもいかず、さっき貰ったメッセージを無視する形で優希君の手を取る。
「でも僕はさっき自分で欠席するって――」
 ただ幸いなことに近くから、遠巻きから私たちを見て来るだけで、それ以上ても口も出して来ない教室内の男女。
「駄目だよ。私をあの人から守ってくれるのは優希君で、私は優希君に守って欲しいの。それに今朝の原稿だって私からなんて渡したくないんだから、優希君にお願いしたいの」
 だからこれ幸いとばかりに、どんな噂が流れようとこんなアホな女子なんかに優希君の何たるかなんてわかる訳が無い。
 いつも通り私は、優希君に大好きを見せるだけだ。
「それとも優希君は、私があんな人に触れられても良いって――」
「――それだけは……でも……」
「――じゃあ、なんだかんだ理由着けてあんな人に私、手を触れられても良いって――」
 言葉の途中であのいつもの雰囲気を出し始めてくれる優希君。だけれどまだ私の顔は一度逸らしたまま見てもらえない。
「嫌だけど……」
 それに訳の分からない、人の彼氏に勝手に期待して勝手に好きなる……までは人の心は強制出来ない以上仕方が無いけれど、お断りしたふざけた女に分からせないといけない。
「私は優希君以外の男の人に触れられるのは怖いし『っ』嫌だよ。それに、さっき訳の分からない女子にビンタされたところも赤くなっているから手当てがしたいの」
 私だけが優希君の彼女だって。何を勝手に勘違いしたのかは理解出来るけれどこれだけの事件があって、何の学習も出来ていないアホ女にしっかり後悔して欲しくて。
 そして一人勝手に勘違いして盛り上がるのは結構だけれどお呼びじゃないんだって。
「僕以外は嫌だって……でも僕に関する噂を耳にしたから、僕の教室まで来たんだよね」
 だけれど、今迄に聞いた事がないほど力のない優希君の声。その表情を見せてもらえないから、今優希君がどんな気持ちなのか分からないのがもどかしい。
「言っておくけれど私のクラス全員は、蒼ちゃんの件で本当にみんな傷ついたばかりだもん『……』今回の噂について誰一人信じていないよ。それどころか、無責任な噂の恐ろしさをもう知っているクラスの何人かは、心を痛めてくれているの」
 後半は私の想像と言うか願望だけれど。それでも“千羽鶴”と言い、クラスのみんななら、気持ちを一つにしてくれると信じて言い切ってしまう。
「それから蒼ちゃんから電話あった?」
 今更噂を信じ切ったこのクラスの人たちは何のつもりなのか私が改めて出した名前に、ざわつく教室内。ひょっとしたら事件が少しでも頭に残っていたからなのか、もしくは新しい女の子の名前――
「ひょっとしてその女子って――」
 それでもまだ私を見てくれない優希君。
「鳴った電話に出てないから分からないけど、さっきのが蒼依さんからなのかな」
 そして優希君の口から出た名前にまた静かになる教室内。こんな教室内で無責任な憶測だけが広がって行くくらいならやっぱり白黒はっきりさせる意味で、学校説明会で全てを明るみにしてもらった方が、どう考えても良い気しかしない。
「だったら後ででも良いし、昼休みにでもかけ直して。それからもう時間がないから早く役員室に行くよ」
 私は自分の出した答えが裏打ちされて行くのを感じながら、これ以上この教室の空気に我慢ならなくなった私は、教室の外に連れ出そうとその腕を掴む。
「でも僕は――」
「――だったら。統括会で男の人があの人しかいない中で、私たちは何をされても良いの? 何をされてもおかしくないのは優希君ももう理解してくれているんだよね」
 私宛てのメッセージで伝えてくれた優希君の想い。だからこそ私だって遠慮なく優希君の男心・独占欲を刺激させてもらって、優希君があのいつも通りの不機嫌さを出してくれる一方で、私たちの会話を聞いていた教室内がまたざわつく。
「あのさぁ岡本さん。さっきから言ってる男の人とか、あの人とかって会長を指してるんだよね。あの会長の告白を断った人を見る目の無い岡本さんが、あの会長を何を知ってそんな言い方をするの?」
 そしてここにもいる、どこにでもいるあんな男の人に夢中になっているアホ女。お前こそあの人の何を知って、そこまで自信満々に啖呵を切れるのか。
「はぁ? だったらそっちがあの人に告白したら良いじゃない。なんでそれをイチイチ私に言うの?」
 本当に時間が無いのにどうして私に絡んで来るのか。
「本当に噂通り岡本さんって性格悪いわね。岡本に言われる前にあたしは告白した。そしたら“岡本さんが好きだから無理だ”って、たった二言で断られたんだけど」
 噂……性格が悪い。そうか。ひょっとしたらあのアホ女改め、究極のアホ女が絡んでいるのか。
「悪いけど僕の事は何て思っても良いけど、愛美さんを悪く言うのだけは辞めてくれ」
 私が今回の噂と言うか、嘘の出処に目星をつけたところで、たくさん傷ついて力を無くしているはずなのにかばってくれる。
「はぁ? 何良い子ぶってんだよ。女だったら誰でも良い空木が今更カッコ付けてんなよ」
 そしてクラスの一言を皮切りに、大小さまざまなガヤが飛び交う教室内。
「大体空木。お前、普段の自分を岡本さんに正直に話してんのかよ」
 その中でも耳に付いた気になる一言。
「……」
 そして再び力を無くしてしまう優希君。ただ、人から聞いた話程あいまいな話もないからと、
「ごめん優希君。時間もないからこのまま行くね」
 そのまま優希君の腕を引いて役員室へと向かう。

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