第244話 何が辛く何が心を軽くするのか Bパート

文字数 4,282文字

 お昼休みも半分を超えた辺り、今から冬美さんをがっつり絞るにしても時間がないからと、放課後部活中にでも絞るとして、もう一つの目的があるのだ。
「……何よ冬美さん」
「別に何も申し上げてませんが。ただ愛美さんは中条さんに甘いな『甘いって、雪野。せっかく愛先輩が――』と思いまして」
 何が“何も言ってない”なのか。しっかりと私に理由付きの文句を口にしているじゃないのか。
「言っとくけれど冬美さん。今はそんな涼しそうな表情をしているけれど、放課後部活中にしっかりと絞るつもりはしているから忘れないでね」
 私の一言に、これ見よがしと大きくため息を吐いた冬美さんを横目に、咲夜さんから出る前に預かってきたもう一つの用事をポケットから出すと、
「あ! それって蒼先輩の為の折り紙!」
 一番に反応した理沙さんと、どうしてだか悔しそうな表情を前面に押し出した冬美さん。
「もう紙の準備できたんですね。早く蒼先輩にも会いたいな。倉本先輩との際に一度見てますけど、お元気はお元気なんですよね?」
 あの屋上以来、蒼ちゃんと会いたいと言ってくれている可愛い後輩。
「……それでワタシたちは何羽折れば良いんですか?」
 その冬美さんがさっきまでの雰囲気を消して、すべて織り込んだ上で同じ質問を繰り返して来る。
「二年の後輩のみんなにはそれぞれ15羽ずつお願いしても良い?」
 説明しながらチャック袋に入った折り紙を三人に手渡す。
「ちなみに少しは折り損じても良いように、17枚入っているから安心してね」
「もちろんです! どころか蒼先輩の為ならもっと多くてもかまいません。予備の分も合わせて17羽でも大丈夫ですか?」
 後輩の嬉しい言葉に、1,000羽以上でも良いと言ってくれていた咲夜さんの言葉を思い出した私は、
「もちろん! そうしたら蒼ちゃんも喜んでくれるよ。でもあくまで数じゃなくて、その気持ちが嬉しいって部分は勘違いしないでね」
 快諾する。
「あの……愛先輩。アタシらは折り上がったら愛先輩に渡せば良いんでしょうか」
 ああ。そうだった。
「うん。私に渡してくれてもかまわないし、私たち先輩の教室へ行くのに抵抗がなければ、教室の後ろに千羽鶴専用の段ボール箱が置いてあるから、そこに入れに来てくれても良いよ」
 肝心の話を先にするべきだったと説明を加えたところで
「えっと……冬美さんもそれで良いかな」
 ぱったりと口数を減らした冬美さんに確認すると
「……」
 やっぱり言いたい事はあるみたいだった。
「何だ? やっぱり折るの嫌なのか? だったら雪野の分もあーしが折るから――」
「――また勝手に決めつけるのは辞めて下さい! ワタシは千羽鶴を通して愛美さんのご友人を紹介頂こうと思ってるんです。そしてこの千羽鶴を最後にワタシ自身が罪の意識を捨てると、ワタシは悪くないと言い続けて頂いた愛美さんと約束をしてるんです『――』そうではなくて――後で少しワタシにお時間頂けませんか?」
 ……本当に冬美さんって子は……
「分かった。良いよ。そしたら帰りも二人でだね」
 千羽鶴に込められた想いを知っているし、私たちの教室内の現状も理解してくれているんだろうし。
 それに何より、なんだかんだ言っても私との一番大切な約束、蒼ちゃんにも繋がる冬美さん自身のけじめも覚えていてくれたんだから、私の返事なんて一つしかある訳ない。
「ね? 結局この二人は仲が良いの。だからイチイチ一喜一憂してても仕方がないよ――それじゃアタシ達は一足先に帰りますけど、園芸部の再開、役員として出た方が良いんですよね」
「……あーしだって、愛先輩との約束だったら守るのに」
 それはいくら私を慕ってくれていても少しずつずれる二人。届き切らない想い。それでも二人なりに私を考えてくれているのは伝わるから、
「改めてみんなに連絡するから待っててね」
 それ以上の押しつけはしないし、可愛さの戻りつつある理沙さんの希望だってちゃんと汲み取りはするのだ。


「それで愛美さんに伺いたいのですが、どうして空木先輩がお辛い時に隣で支えて差し上げないんですか? 殿方がお辛い時に支えるのが女性の務めの一つではないんですか? そうでなくてもお互い支え合うのが懸想し合うお二人の理想のお姿じゃないんですか?」
 てっきり千羽鶴に対する文句だと思い込んでいた所に、別の文句。
 ただ私たちの仲が壊れるのを望んでいないのはさすがにもう分かる。
 それにこの質問は教室に出る直前に、実祝さんからも貰っているのだ。だから質問の内容自体はやっぱり間違ってはいない。
 だけれどみんな。特に今、優希君に何が必要なのかを分かっていない。
 だから説明するのをどうしようかと思ったのだけれど、次の恋愛では必ず冬美さんを応援すると決めているのだから、同じ思いをした冬美さん。
「特別に教えてあげるけれど……冬美さんがみんなから色々言われている時に、何が一番心を辛くした? 逆に誰に何をしてもらった時嬉しかった? 力になった?」
 私が体得した経験、感じた想いを全て冬美さんに伝えるつもりで口を開く。
「……ワタシの場合は、空木先輩にワタシ自身の気持ちをご理解いただき、心で繋がれたと感じた事、愛美さんに一貫してワタシ自身は悪くないと仰って頂けたので、辞めずに済みましたし力も貰えました」
 ほんの僅か顔を赤らめた上、私のお気に入りの冬美さんが貴重な笑顔を零してくれる。
 でも、その答えでは満点どころか半分も無いのだ。だから満点にするために質問を切った上で、形も変えてしまう。
「冬美さんは何が一番辛かった? 優希君にとって何が一番辛いと思う?」
 ここに来るまでに散々感じた視線。それは今日に限らなければ二種類。冬美さんは経験しているはずなのだ。
 そう、被加圧者としての視線と、第三者加圧者としての視線の二つを。そして地頭の良い冬美さんなら、
「……ワタシ自身の気持ちを決めつけられた事――ワタシの話を聞いて頂けなかった――相談出来る相手がいなかった……のが、一番辛かったと思います」
 自分の心の中を探るように、つたなく。それでも自分の気持ちを声にしてくれた冬美さん。
「ですがそれも途中までで、途中からは愛美さんがいて下さいましたし、空木先輩には初めから愛美さんがいらっしゃるじゃ――」
 ほんの少し前までなら、私も冬美さんと同じ考えだった可能性が高い。だけれどお母さんを見て。そしてお父さんに懐く慶を見て、何より私が男女の考え方の違いに何度も頭を打って。
「――違うの。冬美さんが感じた想いは冬美さんだけのもので、その気持ちはとっても嬉しいけれど、やっぱりそれだけじゃ駄目なの」
 冬美さんの言葉の途中で大きく頭を横に振って、言葉を止めてしまう。
「そしてもう一つだけ。この後に私なりの考えを伝えるけれど、ここ最近冬美さんにとって、何が一番嬉しかった?」
 最近では私以外とでも良く喋るようになって来た冬美さん。そして、とっても大切な話だったから茶化さなかったけれど、この冬美さんが友達と休日を過ごした変化。これらは全て冬美さんの気持ちを前向きにさせた原動力になっているはずなのだ。
「そんなの愛美さんがワタシの役員続行の交渉をし、あの教頭先生を結果と共に説得頂けた時に決まってるじゃないですか『いやそれは』――大体それは空木先輩をワタシから盗った愛美さんが残酷にも、心と感情の整理すら出来てなかったワタシの心を無視して、お昼に、統括会に、役員室に園芸にと振り回して、その上でワタシの前で空木先輩と見せつけるように仲良くされて。
 そんな中であれだけ性格の激しい妹さんと仲良くなれとか、挙げ句の果てには来年には愛美さんがいらっしゃらないからと何でもかんでもワタシに押し付けようとして。懸想してました殿方を盗られた上、その妹さんと仲良くなれとか、ワタシの気持ちを抉るだけで何も考えて下さらないのに、ワタシが一人孤立してる辛さは空木先輩に続いて的確にご理解いただくだけでなく、
皆さんからの盾となるだけでなく、おせっかいまで焼いて頂いて。
 本当に今ですから申し上げますけど。一時(いっとき)は本当に愛美さんにお会いするのも嫌なくらい、距離を置いて離れたかったんです。ありていに申し上げれば嫌いになりかけてたんです。
 なのにその上、何がどうなってもワタシから離れては頂けませんでしたし、気付けばワタシの近くにも人は集まって来ますし。
 その中で聞かされた会長からの告白に、ワタシは一度全てを諦めたんです。なのに会長の暴力と暴言。それに霧ちゃんの件もありながらそれでもワタシは何も悪くはないと、園芸部再開と共に結果を出して頂けたじゃないですか!
 愛美さんは今、否定されようとしましたけど、この結果。今のワタシ自身どれ程嬉しかったかお判りですか? どれだけワタシの心の中を荒らしたのかお判りですか? ワタシが一番初め“愛美さん”とお呼びした時の恐怖心がお分かりですか? 懸想する殿方を盗られ、一度は本当に嫌いになりかけた愛美さんを“好き”『?!』になるなんて普通ありますか? 明けても暮れても愛美さんばかり考えてるんですよ?! 自分でも信じられませんよ! 
 それくらい役員続行と言う結果を出して頂けた、ワタシは本当に悪くはなかったと示して頂けて嬉しくない訳ないじゃないですか! 
 その上、本来愛美さんのかけがえのないご友人為の千羽鶴のはずなのに、ワタシ自身の罪の意識をお赦し頂ける愛美さんにワタシは、どうやって御恩をお返しすれば良いんですか?! 気持ちを愛美さんにお伝えすれば良いんですか?」
 目を潤ませ、顔を赤く染め上げた冬美さん。食べ終えたお昼もそのままに驚いた……と言うより知らなかった。
 私にとっては以前からお気に入りの後輩だったけれど、たくさんの感情と心を動かしていた冬美さん。それにそこまで私に感謝してくれていたのも。
 それと同時にこんなにもまっすぐで、義理堅くひたむきな冬美さんが輪に入れないのかが分からなくなる。
「本当にありがとう。冬美さん。だったらさ次の選挙でも絶対勝たせるからさ、私がいなくなった後でも統括会を続けて私たちみんなで力を合わせて勝ち取った信頼の証でもある、この園芸部を守ってよ。その上で卒業しても私と友達を続けてよ。私にとってはそれが一番嬉しいご褒美だよ」
 だったら私たちの“和”の中に入ってもらうだけだ。
 そういう気持ちで冬美さんの元まで行って、その頭を抱き寄せる。

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