第242話 二人の距離 Aパート

文字数 7,229文字


 お父さんたちに改めて私の気持ちを伝えた翌朝、今日は一つの節目となる園芸部再開の日でもあるのだ。
 あれから全く音沙汰の無かった私の携帯。結局昨夜はどうなったのか何も分からない中、肝心の優希君からも連絡が無くて、着替えだけでもと準備を進めていると、

宛元:御国さん
題名:協力させて下さい
本文:昨日頂いたメッセージですけど、優珠ちゃんの言葉は何も気にせんでええんで、二人の
   為に何かしはるんでしたら遠慮なくウチを使ってやってください。
    岡本先輩の性格やったら二人の為を想って行動してくれてはるんでしょうからウチと
   しても反対する理由なんてどこにもありません。ですので今更一人で何かするって言わ
   んと、ウチも混ぜて下さい。
    その為やったら、今日は岡本先輩と二人で登校してもええ思ってますんで、二人が
   来んでもウチはいつもの待ち合わせ場所で待ってます。

 御国さんからのメッセージ。
 しかも私から遠慮したはずなのに、それでも協力したいと改めてその気持ちを教えてくれた御国さん。本当になんて優しくて可愛くて良い後輩なのか。
 それにこのメッセージだと御国さんのところにも何も連絡は行っていないのかもしれない。

宛先:御国さん
題名:ありがとう
本文:じゃあ御国さんと優珠希ちゃんの仲を壊したくないから、二人だけの内緒話って事で
   改めてお願いさせてもらうね。

 よく考えたら、これで自然な形で優珠希ちゃんへのサプライズと言う形を取れそうだ。
 未だ二人から何の連絡もないのが気になるけれど、優希君の気持ちだけは先に確かめてあるから、後は優珠希ちゃんの気持ち一つだけだし、優希君の説得次第では優珠希ちゃんも、もう気持ちを口に出来ているはずなのだ。
 どっちにしても今日中に優珠希ちゃんの口から色々聞かせてもらうと伝えてあるんだから、好きなようにさせてもらうつもりで親がいてくれるとは言え、一度部屋着に着替えて昨日の今日だからと、両親の様子も確認したいからリビングへと顔を出す。


「おはよう愛美」
「二人ともおはよう」
 昨日あれからしっかり話してくれたであろう二人……と言うかお父さん。そのお父さんがお母さんと話をしてくれたのは分かるけれど、見た感じそれでもそれでも元気にまではなり切らなかったお母さん。
「学校の件については、何も今日伝えるわけじゃないし、もう一回お母さんと話した上で考えるから、何も昨日で答えじゃないよ」
 私の気持ちを大切にしてくれているのは伝わっているけれど、両親に心配をかけた事実は変わらないのだから、やっぱり両親には納得して欲しいし、気持ちだけでもしっかり耳を傾けたい。
「ありがとうな愛美――それだったら母さんも安心だろ? 何かあったらいつでも連絡して来て良いから、元気出せとまでは言わないが子どもたちの前で不安そうにするな。何だったら今週も車は置いて行くから、防さん所のご婦人と話をしても良いんじゃないか?」
「……そう、ですね。もし防さんの都合が良ければ……ですけど」
「私は大丈夫だよ。だからもしお母さんがそれで少しでも気が楽になったり元気が出るなら、むしろそうすべきなんじゃないかな」
 それにしても先週くらいからお父さんもどうしたのか。しっかりと私たちの話も聞いてくれるしお母さんへの扱いが凄い。
 こう言う場面で大切にしてくれているのが伝わるから、お父さんの株がウナギ上がりだ。
「お父さんも愛美もありがとう。それじゃ先方さん次第ですけど、お言葉に甘えさせて頂こうかしら」
「だったら残りは私がやるから、お母さんはお父さんと話をしながら待っててよ」
 お母さんを笑顔にするためだったら、私だって乗り遅れる訳にはいかない。私は早々に行動に移す。

「おはよ。おかん」
 一通りの準備が整ったところで顔を出す慶。しかも昨日からのお母さんに何か思うところでもあったのか、本当に珍しく一番初めにお母さんに挨拶する。
「って今日はねーちゃんがメシ作ってるのか?」
「はぁ? それがどうしたの? 大体お母さんにはお父さんとゆっくりしてもらっているんだから、お姉ちゃんが作るのは当たり前じゃない。第一慶は、昨日お母さんが作ってくれた昨日の残りがあるんだから、関係ないっての」
 だけれど慶の殊勝な態度はそこまでで、お母さんが働きに出ている間、誰が家事炊事をしていたと思っているのか、私が台所に立つのを、心底不満そうな表情を浮かべた慶に思いっきり言い返してやる。
「んな事聞いてねーし。結局俺だけ昨日の残りもんかよ」
「はぁ? 昨日捨てるのもったいないから今朝食べなって昨日言ったっての。まさか昨日の今日でもう忘れていたの?」
 腹立った私がラップをかけたまま、昨日のお皿を慶の目の前に並べてやると案の定文句を飛ばす慶。
「なんだったら昨日お母さんが作ってくれたご飯、お父さんが『ちょっとお父さん。何で慶を甘やかしてんの? 昨日慶が自分で食べるって言ったんだから、慶に食べさせて』――だそうだ慶久」
 お父さんからしたら、お母さんのを食べてくれるのはポイントも高いし嬉しいけれど、自分が言ったんだから自分で食べさせないといけないんじゃないのか。
「慶久。昨日の残りはお母さんが食べるから――」
「――いい。俺が食うなんて言ってねーけどこれは俺が食う。それよりもおかんも少しは元気になれたのかよ」
 その上、お母さんまで慶に甘くしたのを見てびっくりしている間に、改めて慶からの意思表示。
「慶久も偉いな。慶久も何かあれば父さんに直接連絡くれたら良いからな。父さんがいない間、この家で唯一の男なんだから二人を頼むな」
「分かった。それからおかん。今回だけはおかんが間違ってるなんてとは思ってねーから」
「慶久……」
 しかもお父さんからのお願いに対して即答した慶と、嬉しそうなお母さんの声。
 そんな三人のやり取りを嬉しく思う反面、私自身の考え方がみんなから笑顔を消しているんだなと思うと、それはそれでいたたまれない気持ちになってしまう。
「それじゃ俺はそろそろ行くけど愛美。最終的にはこの家族のみんな愛美の気持ちを尊重するから、自分の気持ちにだけは嘘を付かないようにな」
「うんありがとうお父さん。昨日の言葉と質問。残りの時間を使って最後まで考えてみるよ」
 それでも私を放っておかないお父さんを、
「そしたら二人の分のお弁当だけは先に作ってありますから、駅までお父さんを送りますよ」
 お母さんが送迎する。


 二人がいなくなって、恐らくあの日以来初めてであろう姉弟だけになった、朝のリビング内。
「ねーちゃん。おかんの姿を見てなんかないのか?」
 昨日のお母さんの残りを食べながらの慶。考え方が一緒だからあれだけ邪険にしていたはずのお母さんを気にする。
「もちろん思うところも感じる部分もあるけれど、お姉ちゃんの考えは変わらないよ」
「なんでなんだよ?! おとんもおかんも、それに蒼依さんも知られたくない、言って欲しくないって言ってんのに、何でねーちゃんだけ答えがおかしいんだよっ! それに先週まではねーちゃんも嫌だっつってただろ」
 故に私の返事に口悪く噛みついて来る慶。
「それは他の人を見たり、他の人の話を聞いたりするからだよ」
 この答えは、いつか後輩――理沙さん――にも答えたのと同じような内容で。こんな事件に発展して、大きく意識を変えつつあるクラスメイト。
 逆に中途半端にしか知らされなくて他人事の人。正しく知ればクラスのみんなのように男女ともにもっと意識が変わるかもって信じたいのかもしれない。
「ワケ分かんねぇ。何でねーちゃんの話なのに他人が出て来るんだよ。おとんはああ言ったけど、俺は最後まで反対だからな。そもそもどこの世界に家族を晒しもんにされて、黙ってる奴がいるんだよ」
 だけれど慶なりの気持ちで、家族を大切に想っている弟には通らない。その慶にこそ男の人として周りやクラスの女子、それに力との向き合い方も合わせて考えて欲しいのに、まだ幼いからなのか分かってもらえない。

「……ねーちゃん。そろそろ行く時間だろ? 着替えなくて良いのか?」
 その中で私を気遣ったであろう一言。だけれど今はお母さんのいない二人だけの家の中。今まではこれが普通だったのに、今ではそれだけで走る緊張と怖さ。
「お姉ちゃんは気にしなくて良いから、慶こそ早く学校行きなよ。慶の方が学校遠いんじゃないの?」
 ドアには鍵がかかる。そんな訳ないと思っていても着替えるのにすら抵抗を感じるようになってしまった私の心、気持ち。
「ったく。こんな訳分かんねーねーちゃんなんかに男なんて出来るかっての。んじゃ俺。先に行くから」
 私のぞんざいな言い方に腹を立てたのか、食べ終えた食器もそのままに用意されていたお弁当を少し乱暴に、手にした慶を
「気を付けて行きなよ」
 見送る。
 慶が家の中からいなくなったのを確認してから、慶の分の食器とまとめて洗って、私も着替えリップを引いてから、今日の全校集会の際の原稿を忘れていないかを確かめてから、お弁当を手に御国さんとの待ち合わせ場所へと向かう。


 いつもの待ち合わせ場所へと向かった私。本当に二人からのメッセージが何もなかったから、今日は御国さんと二人での登校も考えていたのだけれど、
「おはようございます岡本先輩」
 いつも通り私を“奥ゆかしい”と慕ってくれる後輩と、
「……」
 昨日はそんなにもじっくりと話してくれたのか、目を赤くさせた明らかに寝不足と分かる二人が私を迎えてくれる。
「しっかり話し合ってくれたんだよね。ありがとう」
 ただ寝不足の為か、その充血した目と相まって私に不満をありありと浮かべたその表情が、やっぱりと言うか予想通りと言うか。今日はしっかりと頭の真上辺りに着けられた、何かの花の髪飾りが浮いてしまう程、凶悪なまでに表情を怖くさせる。
「優珠ちゃん。岡本先輩に挨拶もあらへんのか? 岡本先輩のおかげで今日から園芸部も再開なんとちゃうんか?」
「何が園芸部再開よ! 誰のせいで被害を被って、園芸部再開である今日寝不足になったと思ってるのよ」
 あくびを噛み殺しながらの優珠希ちゃんの応答。だからその表情とは違い、声には力がないままだったから私は標的――挨拶を変えて
「おはよう優希君。昨日優珠希ちゃんに気持ちを伝え――痛っ」
 しただけなのに、蹴りだけはしっかりと正確に貰うし。
「ちょっと優珠ちゃん! 今、岡本先輩に何したんや?!」
 ただ今日に限っては御国さんの目が厳しい。
「うん。時間はかかったけど、ちゃんと優珠に僕の気持ちは伝わったと思う。愛美さんの言う通り僕の気持ちを伝えて良かったよ。ありがとう」
「優希君の気持ちがちゃんと伝わったって事は、優珠希ちゃんも何らかの返事はしてくれたって『ちょっとアンタ!』――期待しても良いの?」
 私の確認と同時に、舌打ちと同時に声を上げたとっても分かり易い優珠希ちゃん。やっぱりお兄ちゃん相手だと、その気持ちも警戒心も相当緩くなるんだなって言うのはよく分かる。
「うん。僕もびっくりしたんだけど、実は優珠も僕と『ちょっとおにいちゃ~ん』――『

』――一緒に学校でも歩きたいって、仲良くしたいって思ってくれてたんだ」
 これも寝不足の効果なのか……なんか普段の優珠希ちゃんからは考えられないような声を聴いたんだけれど。
 しかも何だから優希君も嬉しそうだし。これはしっかりとチェックをしておかないといけない。
「ほら見てみぃや。やっぱり優珠ちゃんも同じ気持ちやったんやんか」
 優珠希ちゃんの返事に対して得意気になる御国さん。
「何が“同じ気持ち”なのよ。どう考えても“被害”じゃない」
 そして優珠希ちゃんの言葉は御国さんに。でも射殺さんとばかりの視線は私に。
「何が被害や。岡本先輩とお兄さんがおらなんだら、優珠ちゃんの素直な気持ちは外に出えへんかったんと違うんか?」
 それでも優珠希ちゃんに説教する御国さん。
「それをゆえない難しさなのは、佳奈も分かってるはずじゃない!」
「せやけど、ウチは岡本先輩はもう完全に信用しとるさかいな」
 優珠希ちゃんの反論を一つずつ潰していく御国さんを目にして、改めて信頼の形を目にする。
 ただ私としては、二人の本音を聞き出せたことにより、今回は改めての御国さんからの協力の申し出でもあるのだから、私からは何の遠慮もなくお願い出来そうだ。
 そしてもう一つ。私が意図していない形ではあったけれど、しっかりと罠にかかってくれた優珠希ちゃん。ここで優希君をデレってさせた優珠希ちゃんに仕掛けさせてもらう。
 私以外の女の子にデレってした優希君なんて、認める訳が無い。特に私の

なら尚更だ。
「優珠希ちゃ~ん『?!』――昨日送った私からのメッセージは読んでもらっているんだよね?」
 まずは少しだけ、優希君に宛てた優珠希ちゃんのさっきの喋り方を真似て意識してもらう。
「ふんっ! お生憎様。わたしだってメッセージを送ったはずだけど覚えてないの? わたしはもうアンタには何も喋らないって決めたの。
 だからアンタがいくら腹黒く何かをしようとしても、もう事実を知る機会は無くなったの。わたしに頭を下げて謝っておけば良かったものを……本当に残念ね」
 せっかく私が意識をしてもらってから確認をしてあげたのに、ふてぶてしく返事をする優珠希ちゃん。
「優珠希ちゃんちょっと待ち。昨日ウチと話して約束した答えと全く違うんやけど、どういう事なんや? 奥ゆかしい岡本先輩『……』の計らいでお兄さんにもやっと素直になれたのに、また何をぐずってんねや?」
 私も色々仕掛けをしているからまだまだ余裕はあったのだけれど、こういう時の材料やカードは一枚でも多い方が良いに決まっているのだ。
「御国さん。昨日はお休みでお店も忙しかったはずなのに、何かの話でもしてくれていたの?」
 だからこっちのカードは温存させてもらって、御国さんの話に便乗させてもらう。
「ちょっとアンタ! どうしてアンタはそう他人の話に入り込んで来る――」
「――はい。岡本先輩は優珠ちゃんに何か言われて一人で何かをしようとしてくれてはるんでしょうけど、ウチかてお兄さんの願いでもあり優珠ちゃんの為になるんやったら、ひと肌でもふた肌でも脱ぐつもりしてるんです。
 せやさかい昨日は一日かけて“岡本先輩は信用出来る”言うたところで他の人みたいに『ちょっと佳奈?!』――『他の人って?』――なる訳ないし、もっと自分の気持ちにも正直にならんとあかん言うて説得しとったんです。
 他の人言うんは、改めて優珠ちゃんの口から聞いて下さい」
 本当に御国さんって子は……どうしてもこんなにも良い子が私たちと一緒に校門をくぐらないのか。
「本当にありがとう御国さん。でもね御国さんももう分っている通り、二人共が校内でも仲良くしたいって優珠希ちゃんはお兄ちゃんに伝えてくれたし、優希君の気持ちも直接私は聞いているの。だから優珠希ちゃんはちゃんと御国さんとの約束を守って、優希君に素直な気持ちは伝えているんだよ。そう言う意味も込めてのお礼だからね」
 そして統括会に参加していて、どうして優珠希ちゃんと仲良くなるまでって言うか、存在を認識するまで気付けなかったんだろう。
「岡本先輩こそ、そこまで奥ゆかしぃならんで下さい。むしろウチの方がこんな難儀な優珠ちゃんの性格を分かってもろうて嬉しいんです」
 心の底から喜んでいるであろう御国さんの表情を見て、彼女である私が思い浮かぶにしてはおかしい一つの疑問が沸いて来る。
「えっと……これは本当に今、純粋に思っただけだから別に無理に答える必要はないんだけれど『……』御国さんって二人の事情を大体分かってはいるんだよね? その上で穏やかで人の話もしっかり聞ける御国さんは、優希君からしても理想の女の子だと思うんだけれど――」
「――岡本先輩の言いたい事は分かりましたけど、ウチはお兄さんに恋愛感情なんて持ってません『……』そもそもウチは同級生言うんもあって、優珠ちゃんと先に出会ってますけど、なんせ岡本先輩がお二人と仲ようなってもらえるまでは二人ともがずっとこないな調子やったんで、お兄さんを知ったんはだいぶ後になってからなんですよ。
 その辺りは岡本先輩がお兄さんを知ってから、優珠ちゃんいう妹の存在を知った逆や思うてもろうたら分かり易いと思います。せやから優珠ちゃんとしっかり仲ようなってからお兄さんと会ったさかい、当時のウチも今よりもずっと塞ぎ込んどった言うんも手伝って、優珠ちゃんのお兄さんであって、男性としては見れへんかったんです」【当物語開始以前~当話まで】
 ……面白半分で聞くような話題ではないから、何があったかは聞くべきではないけれど、校門前になったら決まって姿を消す二人にはやっぱり理由はある訳で。
「ウチに関しては今更大丈夫ですけど、優珠ちゃんとお兄さんは不満そうですよ」
 考え込んだ私の反対側を、笑いながら指さす御国さん。
「僕は愛美さんだけって言ってるのに……それに佳奈ちゃんは優珠の大切な友達だから、女性として見るのは難しいよ」
「……確かにお兄ちゃんの彼女が佳奈だったらわたしも願ったり叶ったりだけど、お生憎様。佳奈はアンタみたいな腹黒や、狡猾女みたいなふざけた性格をしてないから、お兄ちゃん目当てでわたしに近づいたりはしないの。良いわね」
 その二人からそれぞれ文句と言うか何かが言葉として出て来るけれど、
「……その割には今、息を呑んだよね」
 何が腹黒なのか。どうしてこう優珠希ちゃんは御国さんみたいに、可愛く素直になれないのか。
 大体優希君もいつもは女の子と見たら見境なくデレってするくせに、どうして今日だけはそんなに不満顔なのか。

―――――――――――――――――Bパートへ―――――――――――――――――
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み