第32話

文字数 3,250文字

 だいぶ時間が経った。俺は地べたに座りながら、茫然とこの宇宙空間に近い上空から景色を眺めている。イリュも同じように外の眺めをずっと見ているようだ。
 俺はこれからどうすればいいんだろうか……。
 いや、違うな。
俺はこれから、どうしたいんだろうか。
 ミオの言うように異種族をすべて掃討して、人類文明を再興するべきなのだろうか。たぶん……、異種族たちはこれまでに数多くの人類を殺してきたのだろう。仇と言っても過言ではない。何十億人といた人類がすべて殺されていってしまったんだ。なのに、その張本人である数十万人としかいない異種族たちが争うことを俺は止めようとしていたのか。
 笑えないな。
 自分が正しいと信じてやってきたことなのに、正しくないことなのかもしれないと思い始めている。この前自分の中で決めたばかりなのに、また迷う。
情けないな。
 彼らを殺す……。
 そう思った瞬間喉の奥から苦痛の塊が逆流してくる。
 そんなの嫌に決まっている。そもそも人類と異種族たちがどういう経緯でどんな風に争っていたのかを俺は知らない。これが直接自分の家族や友人を殺されたりしていれば、明確に許せなかっただろうが、今のところそう言う情報はない。これまで出会った異種族たちの顔を思い出すと、俺は今後も彼らと付き合いを持ちたいと思っている。
 だが一方で、人類と異種族が共生できるかは微妙なところだとも思っている。異種族たちは数多くの問題を抱えている。仮に人類が見つかって異種族たちに歩み寄ろうとしても、場合によっては争いに発展することもあるだろう。里奈の言葉を借りるなら、優しさだけでは世界は救えない。今後人類が見つかったときに、俺はどちらかを選ばなければならないのだろうか……。
 ポチの言葉が脳裏に蘇る。ポチは俺のことを上位種だと言っていた。そして上位種はいずれかの眷属種や下位種を率いて領土を持つものだと。人類は劣等種だから絶滅してしまったんだ。だが、今のところ俺は異種族に対抗できる十分な強さを持っている。ならば、俺が人類文明を守る抑止力となればよいのではないだろうか。それをしながら互いの融和を図っていく。場合によっては異種族も庇護下に入れて内部で問題が起こらないように見張り続けるのもいい。これならば、うまくできるかもしれない。もちろん、獣人や虫人の種の問題を見るに、そこまで簡単なことではないだろう。でも、挑戦してみる価値はある。
 自分自身の手を見つめる。里奈と戦ったときは、これが血にまみれた手だと思えた。そんな俺でも、人のために役立てるのだろうか。
 ふと、なぜ自分がこんなに頑張ろうとしているのかと疑問に思う。高校生のときのように普通に過ごせばいいじゃないか。普通に生きて、普通の人生を送る……。
 だが、それを思った瞬間、ドロドロとした鉛のようなものが胸の中をのたうち回る。
 わかっている。もうたぶん、その人生は俺には無理だ。高校生をやっていたころは知らなかっただけだったんだ。世界はきっと問題だらけで、その多くが見えないようになっていて、どこかの誰かが何とか踏ん張って支えていたのだろう。そうやって人類文明はできていたんだ。
 じゃあこの時代ではどうだ。こうして異種族たちの問題を目の当たりにして、はいそうですか、私は関係ありません、と素通りできるほど俺の心は廃れていない。
 人類の希望を託された身として、本来であれば人類の方だけを向いているのが正しいのだろう。だが、ここで異種族たちから目を背けるのは人として間違っている。これは誰の問題でもない、俺の人間としての尊厳の問題だ。
 見つめていた手を握りしめる。
 たとえどれだけ血まみれでも諦めたくない。

 クーティカさんの妹さん……。初めてこの時代で出会った異種族。彼女の「助けて」という言葉に俺は応えることができなかった。
 
 今度こそ。応えてみせる。

 考えがまとまってきたところで、具体的なことを考え始める。
 ミオ、シミュ構成子の使い方ってわかるか?
『概念の理解が難しく時間がかかるかもしれませんが、可能です』
 よし。それともう一つ。今お前は脳内にいると思うけど、なんとか姿をこちらに出すことはできないか?
『そちらについてはお話しようと思っておりました。アーカイブを一つ獲得したことで身体機能の一部を獲得できました。実体を得ることができます。展開しますか?』
 いや、少し待ってくれ。
 彼女の紹介はみんながいるところでしたい。俺の経歴と今後の話をするためにはミオの存在をどうしても説明しなければならなくなる。
「よし」
 俺は敢えて声を出すことで自分を奮い立たせて、ゆっくりと立ち上がる。俺が動いたことでイリュもこちらを見てくる。
「イリュ……その、さっきはありがとう。落ち着くことができた」
「そっか」
 イリュがニッコリと笑いかけてくる。
「考えはまとまった?」
「ああ。やりたいことも明確になってきた」
「……優真さんって、いっつも悩んでるよね」
「そうかな?」
後ろ手に歩きながらイリュが頷く。
「悩んで悩んで、悩みあぐねて出した答えにまた悩む」
 そんな風に見えていたのか。なんだか、情けないな。
「人が悩むのってなんでだと思う?」
「……。問題が起こったり、解決したいと思うから、とか?」
 考えたこともなかったので、あまりよくわからない。
「あたしはね、人が過去や未来を見ているからだと思う。過去に後悔があるから悩む。未来が不安だから悩む。思考に時間軸を持つから、今を生きているはずの私たちが悩む」
 反論したい点もあるけど、何となく納得はできる。
「……もっと、俺が今を生きれるようになった方がいいって言いたいの?」
「違うよ。優真さんの頭の中では、どんな未来が描かれている? 今を生きるあなたはそこにどんな願いを込めている? ……あたしたちは不完全だからさ、願うことをしなくなっていった。願っても、不完全さゆえに叶わないことの方が多い。獣人に今を生きる人が多いのはそれが理由だと思う。種の違う優真さんは何に悩んでいる?」
 ……。平易な言葉で表してしまうと命の大切さとか平和と言った言葉が今悩んでいることになるが、そんな単純な話じゃない。
「あたしたちはいっぱい諦めてきたんだ。優真さん、あたしがなんで戦うか知ってる?」
 わからないため無言しか返すことができない。
「あたしはね、犬人の産祝を減らすために戦っているの」
「産祝を……減らす?」
 イリュが頷く。
「犬人が産祝になるのは種として戦える者が少ないから。でもあたしは戦える。あたしが戦って戦果をあげられるほど、種の貢献を認められて産祝の分配を逃れることができるの」
「……でも、それは」
「そうだよ」
 イリュが見たこともないような、儚い笑顔を見せてくる。
「他の獣人に産祝を押し付けているだけ。あたしの悩みは犬人止まりなんだ。それ以上に悩みの輪を広げることはできない。願ったって、どうせ叶わないから」
後ろを向いて、彼女は表情を見せてくれない。
「だから……悩まないのか……?」
「悩むことを諦めたの」
 命に関わる悩みなのに諦める。そんなの、間違っている。けれども、間違ったことを反論できない……。それが自分たちを不完全だという理由なのか。
……俺はどうなのだろうか。俺たち人間は……。
釈然としない想いを持ちながら、自分が何に悩んでいるかを考える。俺はどんな未来像に悩んでいるのか。どんな過去の何に悩んでいるのか。その答えが今自分のやっていることや、やろうとしていることと果たして整合しているのか……。関連はしている。けれども、今正しいと信じられるだけで、次の瞬間も正しいと思えるかはわからない。この時代に来てから何度もそういう後悔をしてきた。でも、後悔することを恐れて前に進めなくなるのも違う気がする。今は自分が信じたことを彼らに話すことしかできない。
「イリュ、そのことで話があるんだ。けど、この話は他のメンバーも交えて行いたい」
 イリュは静かに頷いてくれた。
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