第14話

文字数 2,834文字

 蜘蛛人が去ってしまい、開幕一番にココアに怒鳴られる。
「優真! ふざけるな! なぜ逃がしたんだ! 蜘蛛人を狩れるチャンスだったんだぞ!」
 胸倉を掴まれるというおまけつきだ。
「すまない……。どうしても、殺したくなかったんだ」
「なぜだ! 蜘蛛人は虫人の眷属種の中でもトップクラスに強い。だが繁殖にいろいろと制約があるんだ! だから一匹でも狩れるのは大きいんだぞ!」
 俺がこれに無言を返したものだから、ココアはさらに怒る。
「おい! なんとか答えろ!」
 ココアが殴ろうとしたところでイリュが止めに入る。
「ココアやめて。蜘蛛人はほとんど優真さんが倒していた。生殺与奪権は彼にあると思う」
「だがこいつは!」
「優真さんが何の理由もなく蜘蛛人を逃がすと思う?」
 ココアが大きく舌打ちをする。
「この件はポチ様に報告するからな!」
 そう言って、スタスタと歩いて行ってしまう。
「優真さん。一旦前哨地まで戻ろう。全員負傷しているから一度治療した方がいい」
 俺はこれに無言で頷いた。
 俺の選択は……正しかったんだろうか。ココアの言う通り殺した方がよかったのだろうか。あの蜘蛛人はきっと今後も獣人を殺すだろう。俺が逃がしたことでより多くの人が死んでしまうのかもしれない。でも、あの二人は姉妹だった。妹さんの目の前で姉が殺されるなんて、あってはならないことだと思えた。
 ふっ、と息を吐く。
 異世界に来てから俺は迷ってばかりだ。もっと脳死プレイができるのかと思っていた。
 でも、俺の心は不思議と悪くないと思い始めている。
「今までが何も考えてなさ過ぎだったんだ……」
「え? 何か言った?」
 独り言のつもりがイリュに聞こえていたようだ。
「すまん、なんでもない」

 前哨基地は負傷兵でごった返しており、至る所で血の匂いとうめき声が聞こえていた。
「優真さんも傷が酷いでしょ。手当するから座って」
 気付いていなかったが、ココアも背中から大量に出血している。
 すでに別の狼人が彼の治療を行っている。
「ああ。すまない。ありがとう」
 イリュは手際よく俺の傷を手当てしていく。俺はかなり深くまで斬られたが大丈夫なのだろうか。不思議と痛みはまだ小さい。アドレナリンが出っぱなしなのかもしれない。
「さっきの蜘蛛人、もう一匹から離れようとしなかったね」
「……お姉さん、だったそうだ」
 俺の言葉にイリュは一瞬治療の手を止める。
「……やっぱり。優真さん、さっき蜘蛛人語を喋ってたんだ。聞き間違いかと思った」
「イリュたちには違う言語に聞こえたんだな?」
「うん。あたしたちが喋っているのは獣人語。蜘蛛人は虫人語を喋る。優真さんは両方喋れるんだね」
 そう言えば、この言語のことに関して答えを持っていそうな人物に心当たりがある。いつも俺のすぐそばにいて、聞かなければ決して何も答えてくれないやつだ。
 ミオ、俺ってなんで獣人の言葉も虫人の言葉も喋れるの?
『優真様は言語モジュールに接続しておりますので異種族とも違和感なく会話できます』
 ……そういうことは早く教えて欲しかった。
『聞かれなかったので教えようがありません』
「はぁ……」
 ミオはいつも通りだ。俺がどんな心境であっても変わらない。
「優真さんは、蜘蛛人のお姉さんを傷つけるのが嫌だったの?」
 イリュは普段天真爛漫な感じなのに、こういう時は神妙な顔で聞いてくる。やはり、彼女もココア同様怒っているのだろうか。
「……ああ。妹の目の前で姉を殺すのは嫌だったんだ」
「殺すことが嫌なの?」
「イリュは……嫌じゃないのか?」
 俺の包帯を巻き終えて、今度は自分の腕を治療するようだ。俺は手伝いに入る。とは言っても治療の勝手があまりわかっていないので大したことはできていないが。
「無為に殺すのは嫌だけど、それ以外なら嫌じゃないかな」
「戦争……だからか?」
「違うよ」
 予想とは異なる答えに、俺は彼女の顔を見る。
「あたしたちはただ生存競争をしているだけ。生き物なら普通のことだよ。殺す殺されるなんてよくあることだって。殺されるのは確かに嫌だよ。だから負けそうになったら逃げる。勝てそうならちゃんと相手を殺し切る。生物ってそういうものだと思う」
「でも、知性があるんだ。もっとやり方があるだろう? 争わなくてもいい方法が」
「……人間は争わないの?」
「人間は――」
 俺は答えに窮する。争っていたからだ。でも、争わないための努力もいっぱいしていた。けど、種族も同じなのに争っていた。
「あたしは生き物って元来そういうものだと思う。知性があるとかないとかってのは関係ない。無為に争うのは間違っていると思うけど、そうじゃない争いは起こるものだよ。あたしだって父さんは虫人に殺されている。最初は確かに悲しかったし怒ったけど、もう別に恨んでなんていない」
「どうしてなんだ?」
「疲れるから。今を生きられなくなる。それに、あたしたちはみんな神々の創造物。そもそも欠陥だらけなのは生まれた時からなんだよ。それに抗うのってすごく疲れると思う。なら、いっそ受け入れちゃった方があたしはいいと思う。優真さんは受け入れられない?」
「神の存在を信じているのか?」
「うん。信じているよ。あんまり好きな神様じゃないけどね」
 これがこの世界の普通……ということなのだろう。たしかに、これだけたくさんの種族がいて、日常的に殺し合いをしている世界ならばそれが普通なのかもしれない。だが、俺にはそんな簡単に受け入れられない。
「よし、もう一回いくぞ」
 ココアが治療を終え、こちらへやってくる。獣人たちは多少の怪我であれば自己治癒力ですぐに治ってしまうらしい。まだ戦闘は続いており、再び戦場へ戻るべきなのだろう。だが、俺は戦闘開始時につけられていた踏ん切りが再びつけられずにいる。
「待って。優真さんはちょっと休んだ方がいいと思う」
 イリュがココアを少し強めに見る。
「……そうか」
 そう言い残して、ココアとイリュは行ってしまった。二人ともしっかりしている。
 この気遣いは嬉しい気持ちもありつつ、どっちつかずにいる自分が情けなくもあった。異世界を謳歌すんじゃなかったのか。割り切ったんじゃなかったのか。なのに、こうして目の前にするとまた迷う。
「うじうじしている主人公なんて、今時売れないのにな」
 自分の言葉に空笑いしながら、自分が何をしたいのかぼんやりと考える。
 せっかく異世界にきたのに、俺、何やってんだろう……。全然カッコよくないよな。全然主人公をできていないよな。考えも薄っぺらいし、行動に一貫性がない。
 たくさんの命を奪っておいて言えた口ではないが、やはり命が失われることに対して抵抗感が強い。ならばどうすればそうしないで済むのか。
 きっとそれが俺のやりたいことだ。まだ迷いはある。行動方針もブレまくっている。でも、何もしないで何事からも一歩距離を取ってきた高校生には、もう戻りたくない。
 足に力を籠める。
 命が失われないためにすべきこと。それは――。
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