第30話

文字数 3,195文字

その後、イリュと二人でタワーの探索を進めることになった。ココアは今忙しいようで、来られないとのことである。
「そのあーかいぶってのはどんな見た目のものなの?」
 イリュが体ごと頭を倒しながら聞いてくる。
 ミオ、どうなんだ?
 脳内で問いかける。
『空間子です。目では見えません』
「えーっと。ごめん、俺もよくわかってないんだけど、空間子ってやつだと思う」
「空間子かぁ。あたしは認識できないからな。でも前の話だと上層の方でしょ。ポチ様以外入れないようになってるんだけど、とりあえず上層の入り口まで行ってみよっか」

恐らく目的の場所に到達する。
 扉? のようなものの横に手の平を乗せるような台座がある。
「ものは試し。優真さん、手を乗せてみて」
 イリュがワクワクした表情でこちらをニカッと見てくる。俺は言われた通り台座に手を乗せる。すると、扉の上部が紫色に光るのと同時に扉が開いていった。
「嘘……ホントに開いちゃった。冗談だったのに」
「普通は開かないの?」
「うん。野人様しか開けられないんだよ」
 俺たちは扉の先に進む。非常に狭い小部屋で、扉が閉じたあと上方慣性を感じてこれがエレベーターであることに気付いた。
「えれべーたーって言うんだ。優真さん物知りだね」
「ああ、過去に乗った経験があるんだ」
「でもいいのかな。ここってポチ様しか入っちゃいけないのに」
「まあ入れちゃったんだからいいだろ」
さて、しかし長い。
 エレベーターと言ったら普通は十秒くらいの乗車時間で、どんなに長くても三十秒とかだろう。だが、もう五分以上経っているのに、一向に到着する気配がない。おまけに途中下車しようにもボタンが一切ないのだ。
 どれだけ昇るのだろうか。それとも非常に遅いのか? と思った矢先、ようやく減速の慣性を感じ、扉が開く。そして、外に出て驚愕した。そこは恐らくタワーの最上階なのだろう。一面がガラス張りになっていて、超上空から地上を見下ろすことができる。
「すげぇ、めっちゃ高くまで来たんだ」
 ほとんど宇宙空間である。ここまで高いと逆に足が竦まない。イリュも初めての光景に、非常に興奮しながら外の光景を眺めている。
『優真様、アーカイブにアクセスしました。内容の展開を行いますか?』
脳内でミオが問いかけてくる。ここはイエス以外の選択肢はないだろう。
ああ、頼む。
『アーカイブに接続かん…りょ……う』
どしたミオ?
『わた…しは……』
 急にミオらしくない態度を取る。
ミオ、大丈夫か?
『……すみません。わたしは……、記憶の方が補完されましたので、動揺しておりました。とりあえず、アーカイブナンバー8本体は非常に膨大な情報が入っております。優真様が目的とされているシミュレーション構成子に関する情報もあるようです』
 おお! マジか! 当たりだ!
 それまでどこを調べても手がかりが掴めなかっただけに、俺は気持ちが高ぶっていく。これでようやく話を進めることができそうだし、里奈にも朗報を伝えられそうだ。もちろんシミュ構成子が役立つかはわからないが、期待くらいは持ちたい。
 再びミオの言葉が脳内に響く。
『このアーカイブの責任者からのメッセージと重要事項があります。そこの犬人にも聞かれることとなりますが、再生してもよいでしょうか?』
 重要事項? 取り扱い説明書か何かだろうか?
「イリュ、なんか魔法的なメッセージがあるみたい」
「そうなんだ。あたしには全然わかんないけど」
「今から再生されるみたいだよ」
彼女には適当なことを言いながら、ミオに了承の意を示す。
『それではまずメッセージを再生します』
 ノイズ音とともに、しわがれた男性の声が部屋全体に聞こえてくる。
「……私は本アーカイブの取りまとめ責任者アルベルト・ロジャースだ。このアーカイブは本計画において最も重要度の高いアーカイブとされている。ここには我々の歴史、つまりは生きてきた意味のすべてが記されている。願わくはこれを保存し後世に伝えてくれることを祈る」
「何これ……。なんだか随分仰々しいメッセージだね」
 イリュがつぶやく。ちょうど同じことを思っていた。
「まあ、こういう能書きってこだわりたくなっちゃうものだからな」
 ゲームにありそうなベタなセリフだ。俺は頭の中で、この世界がバグでチュートリアルに接続できなくなっていただけと言う可能性について思いを巡らせる。こういう仰々しい世界観の書き出しは、ままありそうな内容と言える。本当は異世界に来た最初にミオがこういうことを説明してくれるはずだったのではなかろうか。できればそんなことよりもシミュ構成子の使い方に関する情報が知りたい。
『次に重要事項を再生します』
 また、しわがれた男性の声が聞こえてくる。
『……ここからは人類再生計画「プロジェクトノア」の修正事項について説明する。知っての通り、西暦二〇六二年二月十八日、野人と精霊が中国西部とアメリカのテキサスに出現した。人類はこの脅威に対して、初めて種が一丸となって対抗した。君たちが『知恵の林檎』に封入されて以降も、人類は抵抗を続けたが、劣等種である我々に勝機はなかった。結局十年で領土の七割と人口の八割を失い、人類文明は崩壊した。だが、本計画にある通り、神人である風子様の支援がある限り我々は種の存続の可能性を残している。修正事項として、人類を理人という種族へ進化させる提案を神人のアイハナ様より頂いた。すでにリソースを使い果たしていた我々はこの提案を受けることにした。二〇九六年現在、我々は日本に集結させている人類文明を拡大させる計画を立てている。この計画がどこまでうまく行くかはわからないが、もし君たちが目覚めた際に、理人が生存しているようであれば彼らに加担して欲しい。また、理人が生存していた場合にも「アダムとイブ計画」は続行となる。神人同士の配合は我々の切り札になると風子様より承っている。その点だけは注意してくれ。変更は以上だ。どうか人類を立て直してくれ。我々はもう死んでいるであろうが、君たちにすべての望みを託す。どうか……。魂から願う……。どうか』
 しばらく沈黙が流れた。
 頭が真っ白になった。
「えーっと、これって……なんのお話?」
 イリュが何か言っているが、頭に内容が入ってこない。
 すべての時が止まってしまったかのような錯覚にとらわれる。思考をしようとするが、脳がそれを受け付けてくれない。今聞こえてきた音声の咀嚼をすることができず、そこでシナプス活動が停止してしまっているかのようだ。
薄々違和感はあったのだ。異世界と言えば魔法を使ったり、様々な種族が闊歩していたりする。この世界でもそうだった。だが、なぜ「魔法」という呼び方が通称なんだ。本名はLシステムだ。ミオが説明してくれる内容はあまりファンタジックなものではなかった。異世界なら合理性なんてなくてもいいじゃないか。辻褄が合っていなくたって、「異世界だから」ですべてを片付ければいいじゃないか。それに、異種族たちの生活や出来事はどれもこれもリアルなものばかり。それが心に響いて苦しいものだらけだった。
 再びミオの声が聞こえてくる。
『優真様、何度も言うようですが、異種族を全滅させてください。彼らは人類の敵です。私たちは彼らに苦しめられ、悲しめられ、それまで築いてきたすべてを破壊されました。家族を失い、友を失い、子どもを失い、文明を失い、それでもと残した希望があなたなのです。あなたは選ばれし勇者なのです。どうか私たち人類の希望を叶えて下さい』
ミオの言葉が脳内に突き刺さる。

俺は……もう、主人公、だったんだ。

だが、違う。俺が今やっていることは……。それにこの世界は……。
先入観かもしれないけど、俺が勝手にそうだと思いたかっただけなんだ。これまでの情報を統合するに、きっとそういうことなのだろう。

 ……ここは……未来の現実だ。
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